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    アンバードール第5話・百年人形(1/2)

    # PART.1 #

    その老人は仕立てのよいスーツを着ていて品があった。
    背筋をぴんと伸ばして座った姿は、70才を超えているようには見えない。

    「これです」

    老人は高さ30センチほどの褐色の筐体を出してテーブルに置いた。
    それはクリスタルガラスではなく本物の琥珀だった。
    その中に山吹色の着物を纏った黒髪の少女がたたずんでいる。

    「これは年代物のアンバードールですね」
    「およそ100年前のものと思われます」
    「すばらしい。どこで入手されたのですか?」
    「これは父の遺品です。亡くなって20年になりますが」
    「なるほど。・・おや、この左手は?」

    ドールの袖から覗く左手は白木で作られていた。
    それは精巧に彫られていたが、塗装されない木の風合いのままなので違和感がある。

    「肘から先が木で継がれているようです。どうしてこうなったのか分かりません」
    「お父上から何もお聞きにならなかったのですか?」
    「父も詳しくは知らないし、知っていてもあまり話したくないようでした。・・ただ、」
    「ただ?」
    「この人形は自分の母親であると言われました。つまり、私の祖母だから、大切に守って欲しいと」

    私は目の前のドールを見直した。
    物憂げに半目を開いてやや斜め下を見つめる少女は14~5才くらいと思われた。
    こんなに若い女の子が、この老人のおばあさん?

    「・・では、ご依頼の内容は」
    「この人形の由来を明らかにして欲しいのです」

    依頼主であるその老人、上元康彦氏は言った。
    私は個人で探偵事務所を開いている。
    アンバードールの調査は、私の得意とする仕事だ。

    アンバードールのDNA管理が義務化されたのは、ほんの15年ほど前のことである。
    それ以前に製作されたドールはDNAで追跡することはできないし、今もなおDNA登録されない非合法ドールが作られているのも実情だ。
    そういったドールは、最初の所有者の手を離れ、複数の愛好家の間を転々とするうちに、由来があいまいになる。
    あらぬ逸話や素材になった少女のでたらめな出自が付加されて、ドールの美術的価値とは関係のないところで売買価格が高められたりもする。
    作者や製作時期の詐称などは日常茶飯事と言っていい。

    そういったドールを鑑定する専門家もいる。
    彼らは持ち込まれたドールの価値を鑑定し、可能であれば作者を推定する。
    しかし、極端に古いドールや無名のドール作家の作品である場合、一般の鑑定士では手に余ることが多い。
    そういった状況になると、私のような探偵の出番なのだ。

    「念のためにお聞きしますが、どこかの鑑定機関で調べてもらいましたか?」
    「はい。しかし何も分かりませんでした。それで貴方を紹介されて来たのです」
    「事情は分かりました。調査の目処がついたらご連絡します」

    ・・

    上元氏の父親は80才で死亡したという。
    このドールの少女が上元氏の父親を産んだのなら、彼女がドールになったのは大正時代の初めということになる。

    誰がこの少女をアンバードールにしたのか?
    ドールの作品としての出来は悪くはなかった。
    初期のドールによく発生する縮小部位のばらつきは見られないし、顔面や指先の仕上げも丁寧だった。
    木に彫られた左手が惜しいが、それでもオークションに出せばいい値段がつくだろうと思われた。

    私は次にドールの眼球をチェックする。
    網膜まで精巧に再現された現在のアンバードールの眼球とは違って、この時代のドールの眼はただのガラス玉に着色したものである。
    眼球の背後に、作者の号が刻まれていることが多いのだ。
    顕微鏡で調べると、そこには『弥』の字が見えた。
    名の知れた作家でそんな号を使った人はいない。

    アンバードールの縮小技術がドイツで誕生したのは1901年、つまり明治34年である。
    その技術が日本に伝わった年代は諸説あるが、大正時代はアンバードールが日本でも本格的に製作されるようになった時期だ。
    有名無名のドール作家たちが競ってオリジナルのアンバードールを作り、それを富豪層が購入した。
    このドールは、おそらくそんな作家の一人によって作られたのだろう。

    上元氏が依頼した鑑定士もここまで調べて諦めたと思われる。
    しかし私の仕事はここからである。
    まずは、上元氏の父親の経歴を辿ること、そして『弥』の号の作者を見つけること。
    ほんの100年前の出来事だ。
    日本のどこかに、きっとその痕跡が残っている。

    ・・

    3ヶ月後。私は依頼人に調査結果を報告した。
    「このアンバードールは原田弥助という人が作りました。ドイツでドール職人として働いた人です」
    「ドイツで修行した人ですか」
    「はい。ローテンブルクという古い町の工房に記録がありました。この時代のドール作家はヨーロッパで技術を身につけて戻った人がほとんどなのです」

    私は手帳を見ながら説明を続ける。
    「弥助は帰国してからS県に工房を開き、1913年から16年、つまり大正2年から5年にかけて10数体のドールを製作しました」
    「この人形はその一つですか」
    「ええ。どうやらこの人は、貧困農家から口減らしに身売りされた娘を女衒(ぜげん)から買い取って、ドールの材料に使っていたようです」
    「・・」
    「これは彼に限ったことではありません。今のように献体制度もない時代ですから、どんな作家の作品であっても望まずにドールにされた娘がいるとお考え下さい」
    「わかりました」
    「そうして弥助に囲われた娘の一人が男の子を産みました。父親が誰かは分かりません。女衒の一人か、弥助自身なのか」
    「その男の子が私の父という訳ですね」
    「はい。男の子はしばらく弥助の元にいましたが、近くに住む小学校の元校長先生に引き取られました。とても聡明な男の子で、帝国大学まで上がりました」
    「そこから先は知っています。中山飛行機製作所で戦闘機のエンジンを設計しました。それから上元家に養子に入って、私が生まれました」
    「そうです」
    「母親は、どうなりましたか?」
    「男の子を産んでから、ドールの材料になりました」
    「そうですか」
    「ただ、無理やりドールにされたのかどうか、分からないのです」
    「と、いいますと?」
    「あなたの父上を引き取った校長先生が日記を残しているのです。工房にいた娘たちは皆とても明るかった、そして琥珀人形になることを誰も嫌がっていなかったと」


    # PART.2 #

    1.
    大正3年3月、東京。
    狭い食堂のテーブルに連れてこられた娘は、痩せていて、片方の腕を体格のいい男に掴まれていた。
    先に来て座っていた男性が娘の顔を黙って見た。
    40才くらい。背広にネクタイ姿、頭にはハンチング帽をかぶったままである。

    「歳は?」
    「13でさぁ。一番の美人ですぜ、旦那」
    「ふむ。この子を買おう」
    男性は胸元から皮の財布を出し、札を数えた。

    「800円? 約束は千円ですぜ?」
    「お前、この子を殴っただろう? 乱暴は加えず綺麗な身体の娘、が条件だったはずだ。それにお前たちには800円でも大儲けではないのか?」

    娘の腕を掴む男は短く考えた。
    目の前の客に娘を売る値段、それとも娘を娼妓として売りに出す手間。
    男は欲望に負けて娘に手をつけてしまっていた。
    遊郭で検査を受けて生娘でないと分かったら、次からは買ってもらえない。

    「850円でさぁ」
    「強欲な奴だ」
    男性は金を払うと娘を連れて食堂を出た。
    街は、つい先週から大きな博覧会が開かれているためか、人と馬と車でにぎわっていた。
    この国もまもなく第一次世界大戦に巻き込まれる運命にあったが、そんなことは誰も知らずに大正の春を楽しんでいるようだった。

    「怖い思いをしたようだね。名前は何というの?」
    しばらく歩くと男性は振り返って娘に話しかけた。
    先ほどとは打って変わって優しい声だった。

    「はい。あたしは、"みよ" といいます」
    「そんな薄着じゃ寒いだろう」
    男性は鞄から子供用のコートを出して、みよに着せた。
    見たこともない高級なコートだった。内側に毛皮が張られていてとても暖かかった。

    「あ、これは・・」
    「向こうに着くまでそれを着てなさい。そうそう、私は原田弥助という。弥助さんとでも呼んでくれればいい」

    弥助さんというのか。
    みよは思った。きっと、ものすごいお金持ちだ。
    850円なんて、うちじゃ一生見ることもない金額があたしのために払われた。
    そういえば、お父っさんが人買いから受け取ったお金は200円だった。
    その差はいったい何なんだろう。

    2.
    長い時間汽車に揺られて、ひなびた村の駅で降りた。
    みよの故郷と変わらない田舎だった。

    村からさらに残雪の残る山道を2時間歩いて、小さな家に着いた。
    山中にぽつんと建つ古びた一軒家だった。
    みよは、弥助のことをお金持ちだと思っていたので、その家のみすぼらしさにかえって驚いた。

    「お帰りなさい! 弥助さま」
    娘が三人出てきて頭を下げた。
    弥助の子供だろうか?
    畑仕事でもしていたのか皆の手と顔に土がまみれていたが、よく見るとどの娘も綺麗な顔だちをしていた。

    「あんた、新しい子だね。名前は?」一番年嵩の娘が聞いた。
    「みよです」
    「みよちゃんか。あたいは、"かのこ" だよ」
    「おらは、"ともの"」「うちは、"はつ"。よろしくね」
    「あ、あたしこそ、よろしくお願いします!」

    慌てて頭を下げるみよの隣で弥助が言った。
    「この子はまだ何も知らないから、いろいろ教えてくれるか」
    「はい!」
    娘たちは一斉に返事をした。

    「よかったっ。次の子が早く来て」
    「これでまた四人やね」
    「うん、せんちゃんが減って寂しかっただ」
    三人は、弥助とみよの前でも遠慮なくおしゃべりをしていた。
    とても仲がいいみたいだけど、それぞれ話し言葉が違う。姉妹ではないのか。
    それに、せんちゃんって誰?

    3.
    その夜。弥助と四人の娘が囲炉裏を囲んで座った。
    16才のかのこを筆頭に、14才のはつ、ともの、そして13才のみよである。
    皆、実の親から人買いに売られ、それを弥助が金を払って引き受けた娘たちだった。

    彼女たちは、弥助の家で共同生活を送っていた。
    弥助に妻はいなかったが、決して娘たちに手を出さず、また家の中に閉じ込めることもなく、彼女たちが自由に過ごせるようにしていた。
    娘たちもそんな弥助を敬っていることが、みよにも分かった。

    「今夜は、みよちゃんを迎えるお祝い」はつが言った。
    「いっぱい食べてね」とものが言った。
    「ありがとうございます」
    囲炉裏を囲むお膳には、暖かい食事が並んでいた。

    「みよちゃんはまず栄養をとらないといけないね」リーダー格のかのこが言った。
    「そうだな。みよは、もう少し太って、肌に艶をつけることが必要だ」弥助も言った。
    みよは痩せていて、故郷で農作業と水仕事のためにずいぶん荒れた肌をしていた。
    それにしても、どうして弥助さまは自分のために高いお金を出してくれたのだろうか?
    自分はこれといって取り柄もない、ただの田舎娘なのに。

    「あの、あたしはどうして、弥助さまに買われたのでしょうか?」
    みよは質問した。
    三人の娘たちが互いに視線を交わして意味ありげに微笑んだ。
    「"ハンナ" を持ってきてもいいですか?」かのこが弥助に聞いた。
    「うむ。見せてあげなさい」弥助が応えた。

    かのこは木の箱を両手に抱えて運んできた。
    箱を開け、中から高さ一尺(約30センチ)ばかりの琥珀の直方体を出した。
    ・・うわあっ!
    みよは、それを見て歓声を上げる。
    琥珀の中には、白いドレスを着た西洋人形が浮かんでいた。

    「これは琥珀人形っていうんだ。弥助さまが作っただよ」
    「弥助さまが?」
    「弥助さまは人形師なんや。これは独逸(ドイツ)で修行したときに作ったって」
    「ほら、近くでよく見な。めんこいだろ?」

    みよは顔を近づけて琥珀を覗き込む。
    囲炉裏の炎に照らされて、人形の金髪が輝いた。
    青い目、透き通るような肌。そしてフリルがたくさんついた豪奢なドレス。

    「綺麗です。まるで生きているみたい」
    「そうだろ? これは人形だけど、人形じゃないんだ」
    「?」
    「これはね、本モンの人間の女子(おなご)を小そうして琥珀の中に埋めたものなんやで」
    「ええっ?」

    みよが驚いていると、弥助が説明した。
    「独逸で発明された技術だ。無水セイロ溶液の中で人体を縮小させる。時間をかければ、五尺の娘も一尺まで小さくなる」
    「じゃあ、この人形は本当に人なんですか?」
    「うむ、これは独逸人の娘だ。歳は確か17だったか」

    信じられなかった。
    人間をこんなに小さくできるなんて。

    「弥助さまはね、この人形に、ハンナって名前をつけて大事になさっているんだ」かのこが言った。
    「元の女子の名前なんですよね」はつが言う。
    「まあ、そうだ」弥助が照れくさそうに笑って答えた。

    みよは、ハンナ、と呼ばれる琥珀人形を見つめていた。
    じっと動かない白人の美少女が微笑んだような気がした。
    とても美しくて寂しい微笑みだと思った。

    「独逸に行くと、こんなめんこい娘っ子を人形にして売ってるんだって」とものが言った。
    「弥助さまはね、この国でも琥珀人形を作って広めようとしてるんだ。日本の女子を使った日本の琥珀人形をね」かのこが言う。
    「弥助さまは、どんな女子も綺麗な琥珀人形にしてくれるんやで」はつも言った。

    「・・じゃあ、皆、ここにいるのは」
    「そうだよ」三人が揃って頷いた。
    「人形になるんだ。みよちゃん、あんたもね」
    そうか。みよは理解した。
    自分が高額で買われた理由を。

    「心配しないで。あたいらもびっくりしたけどね。今は綺麗な人形になれるって喜んでる」
    「大丈夫。ちっとも苦しないから」
    「何十年も、何百年も、めんこいままで残るんだ」

    黙ったままのみよに弥助が言った。
    「怖くなったのかい? どうしても嫌というのなら、返してやってもいいが」
    「いいえ」みよは答えた。
    「怖いかどうか、自分でも分からないです。でも、あの人買いのところには帰りたくありません。それに、あたし、弥助さまに助けてもらった身ですから、人形になります」
    「よくわきまえた娘だな、みよは」

    4.
    翌朝、みよが起きると、弥助は出かけていなくなっていた。
    弥助は外出が多く、不在の間は娘たちだけで家を守っているのだった。

    先輩の娘たち三人が、みよを裏の離れに連れて行った。
    ここに琥珀人形を作る作業場があるという。
    中に入ると、そこは土間になっていて、中央に四角い棺桶のような箱があった。

    「ここには今、せんちゃんがいるんだ」
    「人形になる途中やで」
    え、せんちゃんって、昨日名前を聞いた子だ。
    この中にいるの?

    はつととものが、箱の蓋を開けた。
    箱の中は、緑色の液体が一杯に入っていた。
    そして、その中に、ぶよぶよになった茶色い物体が沈んでいた。
    きゃ。
    みよは、悲鳴を上げて隣のかのこにしがみついた。
    三人の娘たちが一斉に笑った。

    「まぁ、驚くよね。初めて見たら」
    「さ、埃が入るから、さっさと済まそ」
    「うん」

    三人は竹の棒で緑色の液体を攪拌した。
    こぽこぽと泡が浮かび上がり、茶色の物体が揺れた。
    それは、少女の身体だった。
    長い髪が広がってまとわりつき、眼球のあるはずの場所は黒い空洞が開いているが、確かに人間の娘の身体だった。
    ただし、その背丈は二尺(約60センチ)ほどしかなかった。
    娘たちは緑色の液体を丁寧に混ぜ終わると、再び箱に蓋をした。

    「これを毎日二回やるんだ。みよちゃんも当番に入ってもらうからね」かのこが言った。
    「混ぜ合わせをどんだけ丁寧にするかで、出来が違うんだ」とものが言った。
    「せんちゃんを綺麗なお人形にするためや。手え抜いたらあかんよ」はつも言う。

    "せん" はみよが来る前に、この家にいた15才の娘だった。
    今は琥珀人形になるために縮小液槽の中にいる。
    これからまだ何週間もかけて、身の丈一尺まで小さくなるという。

    縮小が済んだら、校正、仕上げの工程を経て人形になる。
    娘たちは弥助の仕事を手伝っている。
    それは、縮小槽の世話だけではなく、縮小前の外科的作業から、衣装の縫製、琥珀の流し込みなど人形製作の全般に及んでいる。
    完成した人形が売れれば、すぐに次の人形の製作が始まり、娘の一人が使われる。
    そしてまた新しい娘が買われてきて、仕事を引き継いで覚えて行くのである。

    「みよちゃんにも、人形作りの仕事を覚えてもらうよ」かのこがみよに向かって言った。
    「次の子に教えられるようにね」
    「あの、次に人形になる人はどうやって決めるんですか?」
    「簡単さ。古い娘から順番だ」
    「なら・・」
    「うん。次はあたいの番だ」かのこはさらりと言った。

    続き




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