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    アンバードール第5話・百年人形(2/2)

    5.
    縮小液槽の世話。琥珀人形に着せる衣装の製作。
    そして生活のための、畑仕事、炊事、洗濯。
    この新しい生活に、みよはすぐに慣れた。

    せんの衣装は、赤い振袖と決まっていた。
    小さな布片と装飾を組み合わせて着物を縫い上げて行く。
    みよは手先が器用で、指導するかのこも驚く程丁寧で速い仕事をした。
    「あたいの着物もみよちゃんに頼むよ」かのこはそう言って笑った。
    みよは故郷で自分に裁縫を教えてくれた、もう会うことも適わない母親に感謝した。

    琥珀人形の製作にはおよそ三ヶ月。セイロ液による縮小はその半分の期間を要する。
    せんを液槽に入れて六週間が過ぎた。
    弥助は縮小状態を確認し、一尺以下まで縮んだせんの身体を引き上げた。

    続く校正作業は、縮小した人体を観賞用に補正する作業である。
    髪を括って形を作る。爪や歯のゆがみを修正する。
    お腹の中は縮小前に内臓を抜き出してあるが、そこへ綿を詰めて体形を整える。

    作業はできるだけ迅速に進める必要があった。
    校正を進める間にせんの身体は空気に触れて乾燥し、次第に柔らかさが失せて行くのだ。
    弥助は徹夜で仕事を続け、娘たちがそれを交代で手伝った。
    校正が済めば、数日間か陰干しにして、最終仕上げの段階に進むのである。

    ある日、みよは吐き気に襲われ、激しい嘔吐を繰り返した。
    食欲がなくなって、代わりに梅干ばかり欲しがるようになった。
    かのこが、みよに対して、もう初潮を迎えていたこと、そして女衒に乱暴されたことを確認し、みよの妊娠が判明した。
    みよはお腹の子供を堕胎することを拒んだ。そんなことは考えられなかった。
    みよは人形になる前に子供を産むことを望み、弥助はそれを認めた。

    6.
    せんの琥珀人形が完成した。
    きらきら輝くガラスの眼球に赤い口紅。赤い振袖を来て琥珀の中に浮かぶ姿を見て、みよは心から美しいと思った。
    弥助は娘たちと一緒に簡単なお祝いをすると、人形を桐の箱に入れて顧客の富豪に売り払った。
    人形師として弥助の腕は評判がよく、人形が出来上がったらすぐに買いたいという客が何人も待っているのである。
    その売値は一万五千円と聞いてみよは驚いた。
    一万円なんて家が建つお金だ。
    弥助さまが千円で買ってきた娘が、お人形になって一万円以上で売れる。
    故郷では一円二円のお金で苦労していたのに、何という違いだろう。

    7.
    弥助は新しい琥珀人形の製作に取り掛かった。
    次の素材は、かのこだった。
    かのこは、冷水を浴びて身体を清め、そして仲間に別れを告げた。
    弥助が用意したモルヒネを服用し、眠るようにして逝った。
    みよは、かのこのために少しだけ泣いた。

    弥助はかのこの身体から内臓と眼球を取り出し、離れにある作業場の縮小液槽に入れた。
    再び、娘たちが交代で縮小槽を世話する日々が巡ってきた。
    少しずつ小さくなるかのこを見ながら、みよは心をこめて液槽を攪拌するのだった。
    そしてまもなく、かのこが抜けた後を次ぐ娘、まつこが弥助に買われてやってきた。
    彼女は15才で、あの独逸人の琥珀人形に負けぬほど肌の白い美人だった。
    まつこは皆とすぐに打ち解け、新しい仲間になった。

    すっかり夏になっていた。
    かのこの背丈は十分に小さくなり、弥助と娘たちの手で琥珀人形に仕上げられた。
    その衣装はこの頃人気を集めていた仏蘭西(フランス)カンカンの踊り子の衣装だった。
    みよたちは、この衣装をかのこが生きているときから相談して決めていたのである。

    かのこの琥珀人形が売れた後、次にはつが別れを次げて、縮小液槽に入った。
    みよはもう泣かずに、はつが綺麗な琥珀人形になれるよう祈った。
    新しい娘、しげが仲間になった。
    娘たちは、三ヶ月毎に一人ずつ人形に変えられて行く。
    そして新たな娘が一人加わり、技術と意志が受け継がれる。
    この家にいる限り、それが当前のことなのだ。

    この頃になるとみよのお腹は膨らんで安定期に入り、誰の目にも子供がいると分かるようになった。

    8.
    「字を覚えたい?」弥助が聞いた。
    「はい。村に出かけても字が読めないと難しいので」
    みよは娘たちの中で最も年下だったが、物覚えがよく利発だったので、日常の雑務に加え生活費の管理なども任されていた。
    村まで出かけて買物や郵便物の受け渡しまでするようになっていたのである。
    そんなときに困ったのが文字を読めないことだった。
    弥助に買われた娘たちは、ほとんど学校に行ったこともない娘ばかりだった。

    「いいだろう。字を習いたいと言った娘は、お前が初めてだよ」
    弥助は娘たちのために週1回の家庭教師を依頼してくれた。どこか面白がっているようだった。
    家庭教師として来たのは、引退した尋常小学校の元校長先生だった。
    この人は余計なことは口外しないという約束で来たが、自分が教える娘たちが琥珀人形の材料であることに驚いた。
    そして娘たちが、その運命をごく自然に受け入れていることにも驚いた。
    それでも親身になって文字を教えてくれ、娘たちも楽しく勉強を続けたのだった。

    9.
    はつの琥珀人形が完成し、次にとものが命を捧げて縮小液槽に入った。
    そして新しい娘、たきが買われてきたときには、もう年の暮に差し掛かっていた。
    みよの臨月が近づいていた。
    娘たちは、産婆を呼ばず自分たちだけでみよを出産させることにしていた。
    生まれる子供は、もし女の子なら弥助に迷惑をかけずに自分たちで育てて、年頃になったら琥珀人形に使ってもらおうと相談した。

    「男だったら、どうするの?」「武者姿の人形とか、どうけ? 尾上柳之助みたいな」
    尾上柳之助とは、当時評判の活動写真俳優である。
    「え、しげちゃん、活動見たことあるの?」「うん、一回だけ」「いいなぁ~!」
    「素敵よねぇ~、柳之助さまあっ」
    娘たちはころころ笑いながら語り合った。

    もちろん皆が理解している。琥珀人形に使えるのは女だけである。
    女だとしても、人形になれまで無事に育てられるかどうか、誰にも分からない。
    男の子でも女の子でも、生まれる子供の将来を知っているのは神様だけだ。

    ・・本当に、あたしの産む子は、どうなるんだろうか。
    ときどき、みよは不安になった。
    ・・あたしが人形になった後、幸せに育ってくれるかしら。
    不安ではあるが、幸せ不幸せは本人の感じ方で決まることだ。
    実際、みよは自分のことを不幸だと思っていない。
    この子はこの子なりに、運命が決めた道を歩むはずだ。
    そう思えば、少しだけ気が楽になった。

    10.
    大正4年1月。みよは男の子を産んだ。安産だった。
    娘たちはもちろん、弥助も喜んでくれた。

    生まれた子供の世話に大わらわになっている最中、とものの琥珀人形が完成して売られていった。
    次に人形になったのは、まつこだった。
    本来の順序であれば人形になるのはみよであるが、赤ちゃんにはお乳を与える母親が要るでしょ、と言って代わってくれたのである。
    みよは、まつこを抱きしめて感謝した。他の娘もまつこを抱きしめ、そしてまつこは送られていった。

    人形製作と育児の日々が続いた。
    しげも、たきも、みよより先に人形になって旅立っていった。
    結局、みよは男の子が数えで二つ(満1才)になるまで育て、それからすべての人に感謝して、15才で琥珀人形になった。


    # PART.3 #

    「この人形の左手は、どのような事情でこうなったのでしょうか?」
    依頼人の上元氏が質問した。
    琥珀の中に浮かぶドールの左手は、白木に彫られた作り物だった。

    「詳しくは分からないのですが、原田弥助があなたのおばあさんを加工する際に、左手を折ってしまったようなのです」
    「何か事故があったのでしょうか」
    「弥助は確かな腕を持っていたので考えにくいことではありますが、当時はすべて手作業でしたから、そのようなトラブルもないとはいえません」
    「・・あの、このようなことは考えられませんか?」
    「はい?」

    上元氏は遠くを見るような目をして、ゆっくり話した。

    「当時、弥助が囲っていた娘たちは人形の製作を手伝っていた。無理やり手伝わされたのではなく、積極的に参加していたと言った方がいいかもしれません」
    「・・」
    「そして、その一人が不慣れだったために、何かの作業で失敗したのだ、と」
    「さすがに、それは。娘たちは、アンバードールの材料として集められたのですよ」
    「それは確かにそうですね」

    私は息をついて説明を続けた。
    「弥助は止むを得ずドールの左手を代用品で作りました。しかし、これは売れなかった。片腕のドールを買う客はいなかったのです」
    「それで、私の父の元に」
    「はい。お父上を引き取った元校長先生に託されました」
    「その後、弥助はどうなりましたか?」
    「大正5年以降は作品も途絶え、消息も不明です。弥助の工房があった場所にも行ってみましたが、すっかり開けた町になって何も残っていませんでした」
    「分かりました。それで十分です」

    上元氏は、アンバードールを丁寧に布で包んで箱にしまった。

    「詳しく調査いただき、ありがとうございました」
    「いえ、お役に立てたなら幸いです」

    氏は事務所を出て行きかけて立ち止まり、そして振り返った。

    「最後に、ひとつ」
    「何でしょう?」
    「この子、私の祖母の名前は、もしかして、みよ、でしょうか?」
    「ああ、それは残念ながら、校長先生の日記でも分かりませんでした」
    「そうですか」
    「どうして、その名前をお考えになったのですか?」
    「信じてもらえないかもしれませんが」

    上元氏は、ドールの入った箱をゆっくり撫でた。

    「彼女が教えてくれました」
    「彼女とは?」
    「この、琥珀人形自身です」
    「・・」
    「長年、私は彼女を見つめていました。彼女の美しさに心を奪われ、自分の祖母なのにまるで恋人のように思ってきました」
    「ドールに恋をするのはよくある話ですよ」
    「それである日、私は彼女と話せるようになりました」
    「え」
    「彼女は100年前のことを語ってくれました。私はそれが真実なのか、それとも琥珀人形に囚われた老人の妄想なのか知りたくなったのです」
    「それで、結果はどうでしたか?」
    「満足のいくものでした」

    ・・

    依頼人が帰った後、私は事務所の椅子に座って考えた。
    アンバードールへの愛情が深くなると、そのドールと会話できるようになると言われている。
    私はそれを否定しないが、あくまでそれはドールに接する人間の思い込みによるものだ。
    ドールに固有の意志や記憶など、あるはずがない。
    もし本当にドールが自分の記憶を語り出したら、私はおまんまの食い上げではないか。
    まあ、いい。この仕事はこれでクローズだ。

    私は金庫から古いアンバードールを出してデスクに置いた。
    100年以上昔の作品だ。
    白いドレスを着た、金髪の少女が琥珀の中に立っていた。年齢は17才くらいか。
    琥珀の底には、『HANNAH』 と刻まれている。
    これはドイツ人の名前だ。この少女はハンナというのだろうか。

    探偵を始めてまだ駆け出し頃、私はこのドールに惹かれて購入した。
    たしかS県の小さな古物商だった。
    どのような由来のドールなのか知らないが、私はわざわざそれを調べようとは思わない。
    アンバードール調査を請け負う私が、正体の分からないアンバードールを持っていてもよいではないか。
    依頼された仕事を一つ終えたとき、私は彼女を前にしてしばらく時間を過ごすのが楽しみだった。

    じっと動かない美少女が微笑んでくれたような気がした。
    とても美しくて寂しい微笑みだと思った。



    ~登場人物紹介~
    私(探偵): 100年前に作られたアンバードールの調査を請け負う。
    上元康彦: 71才。調査の依頼人。
    前田弥助: 40才くらい。大正時代のアンバードール作家。
    みよ: 13才。アンバードールの素材になった少女。依頼主の祖母。
    かのこ、はつ、ともの、せん、まつこ、しげ、たき: 弥助の元にいたアンバードール素材の娘たち。

    新年おめでとうございます。
    アンバードール世界の設定では、日本で女性の身体を縮小して作るドールが広まり始めたのはおよそ100年前です。
    この頃は献体の制度もないので、いろいろな手段で集められた少女がドールの材料になりました。
    本話では身売りされた娘たちが使われています。
    こういう運命の女の子がドールになるお話は萌えます。彼女たちへの思い入れが深くなりすぎないようにお話をまとめるのが大変でした。
    念のために書きますと、現実にあった身売りは、一律に無法な人身売買ではなく10年とかの年期がついた身売りだったようです。
    もちろんそうでないケースもあったでしょうし、年期があけるまでに命を失うことも珍しくない時代でしたから、悲惨であることに変わりはありませんけどね。

    本話では大正初めの金銭価値は現代の1000倍としました。
    つまり、当時の200円は今の20万円、1万円は1千万円と換算して下さい。
    また、"みよ" の名前は、彼女の誕生年が明治34年になることからつけています。
    これはお遊びではなく、この時代にはそんな理由で命名された人が実際にいたためです。
    最後に今回、挿絵イラストは力不足で省略しました。ご容赦下さい。

    さて私は来週からしばらく寒い国と暑い国へ出張します。
    ネット接続は可能なはずですが、個人PCは鞄に入らないので、またもや慣れないタブレットで次のお話を書くつもりです。
    例によってぎりぎりの更新となるでしょうが、のんびりお待ち下さい。

    ありがとうございました。




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    No title

    あけましておめでとうございます。新年初コメント投稿です。今回の話はドールの由来についての話ですね。今回の話で思ったことは、死後の扱いや、生きた証などが現実の世界よりいいと思いました。現実の世界では死ねば記憶に残るか、その人が生きていたときの記録しか残されません。ドールが当たり前の世界では、紀元前からその人自体の保存が可能で、尚且つ本人がドール化していますから、写真や書物などの比じゃないインパクトがあるでしょうね。合法、非合法関わらず死んで、墓やその辺埋められるよりは、ドール化して記憶に残るほうが実態がある分いいと思います。この世界でもそう考えている人達が多いのでは?アンバードールシリーズ読む度にそう思うことが多々あります。

    寒い国と暑い国へ出張とは大変ですね・・・温度差で体を崩さないようお気をつけください。
    今年は新シリーズを書く予定とかあるんですか?イリュージョン物だったら嬉しい限りです。

    Re: No title

    ◎とうめいさん
    今年もよろしくお願いします。
    イリュージョンでも緊縛でもない異質なストーリーなのに、内容に踏み込んだご感想をいただき大変嬉しいです。ありがとうございます。

    過去の女性が、まるで生きているかのように保存されるのは確かに写真や映像とは違うインパクトがあるでしょうね。
    ただし、アンバードールはあくまで美術品で、鑑賞用に加工されたものですから、必ずしも元の少女と瓜二つとは限りません。第3話のようにオリジナルと同じを売りにしたクローンもありますけどね。
    お金持ちの家なら、若くして死んだ美貌の令嬢をドールにして保存していたりして。
    あ、これお話のネタになるかも^^)。

    出張のお気遣いもありがとうございます。
    (只今、某K国首都の近郊にいます)
    新シリーズはまだ何も決まっていません。
    とうめいさんはじめイリュージョンご希望の方がいらっしゃることは分かっているんですけどねぇ。しばらくはネタの神様の光臨待ちです。
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