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    イリュージョン八景 第八景(1/2)・二重人格のエスケープ

    1.
    待ち合わせの喫茶店に現れた二人は思っていたよりずいぶん若かった。
    「野母崎茂(のもざきしげる)です。こちらは妹の美由紀・・」
    若い男性の横で、小柄な少女がぎこちなくお辞儀をした。この子がそうなのか?
    男性は薄汚れた作業服。少女はデニムのショートパンツに無地のTシャツを着ている。
    よく見れば美男美女の兄妹であり、特に美由紀と紹介された妹はかなりの美少女だった。
    しかしこの少女はどこかおどおどしている。
    私を見る目も心を許していない様子で、あまりいい印象ではなかった。
    「道々テレビの浪岡です。まず、君達の年齢を聞いてもいいかな?」
    「僕は24才です」
    「妹さんは?」
    「17です」
    「高校生かい?」
    「はい」
    私は立ち上がった。「悪いが、高校生を使ってできる企画じゃないんだ。君らとの話はなかったことに」
    「浪岡さん、せめて話だけでも」
    「駄目だ」
    「じゃ、実演します」
    「何?」
    「今から美由紀がエスケープをやって見せます」
    「準備してきたのか」
    「大層な準備じゃないですけれど、もしかしたら相手にしてもらえないかと思いまして」
    「・・む」
    私はもう少しだけ彼らの相手をすることにした。

    2.
    兄の茂の運転する車に乗せられ5分ほどで貨物埠頭に着いた。
    「ここなら、人目につきませんから」
    そこは港に面した倉庫の立ち並ぶ一角で、確かに誰かに見られる恐れは少なそうだ。
    茂は自動車のトランクから大きなボストンバッグを持ち出した。
    「この鞄はバーゲンで4800円。浪岡さんへのプロモーションに投資するなら安いものです」
    茂はバッグを開けて、中からガムテープを出す。
    「美由紀、おいで」
    妹の美由紀は車の反対側に立ちつくして、両手を自分の口の前で合わせたまま、動かなかった。
    「美由紀、来なさい」
    「や・・」
    「ほら。浪岡さんがお待ちだろう」
    「怖いよ。・・やだ」
    「しかたないなぁ」
    茂は美由紀に近づくと、その腕をつかんで強引に引き寄せた。
    美由紀の手首を背中で組ませて、ガムテープを巻きつけた。
    「いやぁ!!」
    そのまま地面に押し倒し、足首を合わせてガムテープを巻く。
    仰向けに転がして、膝を胸元に引き寄せ、太ももと胴体にガムテープを巻いて連結した。
    「きゃぁっ! やだぁ!!」
    美由紀の目から涙がこぼれている。
    「おい、野母崎くん」
    「大丈夫です」
    「妹さん、本気で嫌がっているように見えるが」
    「ええ、嫌がってますよ。・・でも、妹じゃないと駄目なんです」
    美由紀は体育座りで胸を膝につけた状態で固定され、動けなくなっていた。
    「お願い、許して。もう、怖いのはイヤ・・」
    自由に動く頭だけをこちらに向けて、許しを乞うている。
    「すみませんけど、妹を運ぶんで手伝ってもらえますか」
    「わかった」
    「あ~ん! ダメっ。やぁ!!」
    私は茂と一緒に美由紀を持ち上げて運び、茂に言われるままに美由紀をボストンバッグの中に座らせた。
    「お願い! あたし、こんなの無理だからぁ。できないよぉ!!」
    バッグの中で美由紀が叫ぶ。
    「やだやだやだやだぁ!!!」
    茂は美由紀の口の上からガムテープを貼り、剥がれないように耳の後ろまで貼って押さえつけた。
    「ん~っ、んん~!!」
    美由紀は涙をぼろぼろ流しながら首を激しく左右に振っている。
    茂はその背中に膝を乗せて無理矢理ボストンバッグの中に押し込むと、そのままジッパーを閉めた。
    ぱんぱんに膨らんだボストンバッグの表面が激しく揺れて、中で美由紀がもがいているのが分かる。
    「最後に、南京錠。予算の都合で100円均一の安物ですけど、ないよりはいいでしょう」
    ジッパーのつまみに南京錠を通して、ボストンバッグを開けられないようにした。
    「鍵は、このポケットに」
    南京錠の鍵をボストンバッグの外側のポケットに入れた。
    「じゃあ、これで脱出しますから、見ていて下さい」

    エスケープ!?

    何なんだ、いったい。
    私は理解できなかった。このままじっとボストンバッグを見ていろというのか。
    あんなに泣き叫んでいた少女が、どうやってバッグの中から出てくるというのだ。
    「よいしょ!」
    茂はボストンバッグのベルトを両手で持って持ち上げ、それを自分の肩にかけた。
    「妹は体重が軽いから、助かります」
    そのまま歩いて、岸壁まで進んだ。
    なに!?
    私は彼を止めようとしたが間に合わなかった。
    茂はハンマー投げのようにボストンバッグを振り回し、そのまま海へ投げたのだ。
    派手な水音がした。
    「野母崎くんっ。妹さんを殺す気か!!」
    慌てて岸壁に走り寄って海を見た。
    海面に茶色いボストンバッグが見えた。バッグはすぐに水の中に沈み、そして見えなくなった。
    「浪岡さん、警察か消防に電話をするのなら、あと10分待ってからにして下さい」
    茂は私を見て言った。
    「どのみち、普通の人間だったらもう助かりませんし」
    そのとき、私はおそらく青い顔をしていただろう。
    企画中の特番『ザ・エスケープ!!(仮題)』のテスト中に死亡事故。
    何ということだ。

    3.
    放心状態で海を見ていると、白いモノが浮かび上がってきた。
    よく見ると、それは白いTシャツを着た人間だった。
    「ミユです」
    「脱出したのか!」
    彼女は水面に頭を出すと、こちらに向かって手を振った。
    茂はいつの間にかロープの束を持って構えていて、それを水面に向かって投げた。
    ロープは何メートルも離れた場所に落ちたので、一旦それを引き上げて、もう一度投げた。
    よし、ロープを掴んだ。
    私は茂と協力して彼女を引き上げた。
    「バッキャロ!! もちっとちゃんとロープを投げろ!」
    少女は岸壁に上がってくると、ずぶ濡れのまま茂に文句を言った。
    「こっちは命賭けで脱出してるんだ。最後の最後でお前がしゃきっとしないでどーすんだ。ああ?」
    「悪かった。次から気をつけるから」
    茂は妹に謝ると、私に向かって言った。
    「妹のミユです」
    「ああ、分かっている。美由紀ちゃん、大したもんだ」
    「美由紀じゃねーよっ。ミユだ! 間違うなクソ親父」
    17才の少女から発せられた口汚い言葉に驚く。
    「え、ミユ、ちゃん?」
    「おい、茂。このおっさん、分かってねぇじゃないか」
    ミユは溜息をついて、濡れたTシャツを脱いだ。
    彼女はシャツの下にブラをつけていなかったが、男性二人の前でそれを気にするふうもなく、脱いだTシャツを両手で絞った。
    スレンダーな身体に案外大きなバストが揺れた。
    続いてショートパンツに両手をかけると、私を見て言った。
    「言っとくけど、ショーツは履いてるからな。妙な期待をするんじゃねぇぜ」
    そのままショートパンツを脱ごうとしたミユを茂が止めた。
    「それくらいで止めるんだ。浪岡さんが驚いてる」
    「へへへっ」
    ミユは鼻の下を指でこすって笑った。

    4.
    車に戻って説明を聞いた。
    茂の説明によると、ミユは美由紀が恐怖で意識をなくしたときに現れる別人格だという。
    初めてミユが現れたのは、美由紀が14才のときである。
    停電で一人閉じ込められたエレベータから脱出して、途中階の扉をこじ開けて出てきたのがミユだった。
    ミユは、美由紀に物心がついたときから美由紀の中で覚醒していて、すべてを見てきたという。
    「一心同体だから、しょうがないけどな。俺は美由紀の小心さにはいつもイライラさせられてるんだぜ」
    「じゃあ、美由紀ちゃんは、今、どうなってるんだい?」
    私が質問すると、ミユは再びへへへっと笑って鼻の下をこすった。
    「あいつは今、眠ってるぜ。俺が寝たら目を覚ますが、眠ってた間のことは知らないのさ」
    「つまり、美由紀はミユのことは何も知らないんです」
    茂が補足した。
    なるほど。それでさっきの美由紀の怖がりようも理解できた。
    美由紀は自分に代わってミユがエスケープしていることを知らない。
    恐怖の中で偶然エスケープできていると思っているのだ。
    ミユは美由紀の別人格ではあるが、特に超能力者という訳ではない。
    持ち前の冷静さと豪胆さでパニックにならずに落ち着いて拘束を解いているだけである。
    「どうですか、波岡さん」茂が聞いた。
    「ミユも美由紀も僕の妹です。ただ、同時には出てこれないというだけで。今度の企画に使ってもらえますか?」
    「事情があって、茂はちょっと金に困っているんだ。美由紀と俺でエスケープをさせてくれねぇかな」ミユにも頼まれた。
    私は、美由紀とミユの出演を承諾した。

    5.
    野母崎美由紀のエスケープショーは、その2週間後に収録された。
    美由紀は茂に付き添われ、赤いレーシングスーツを着て登場した。
    自分がジュラルミンケースに閉じ込められてロードローラーで圧砕されると聞くと、その表情はみるみる恐怖に変わった。
    暴れる美由紀を茂とスタッフが押さえつけ、拘束服を着せた。
    「無理ですっ。そんなこと、できません!」
    美由紀の訴えを無視して、拘束衣のベルトを締め上げる。
    「やだぁ!! 絶対無理ぃ~!!」
    恐怖の表情で叫んでいる美由紀の顔がモニターにアップで映る。
    私は撮影スタッフに美由紀の様子をできるだけ克明に撮るように指示していた。
    今までのエスケープ挑戦者とはまったく違う、なりふり構わずに泣き叫んで怖がる情けなさ。
    それこそが美由紀の真骨頂なのだ。
    「やぁ~!! 動けないよぉ~っ。ホントに死んじゃう! 助けてぇ!!」
    ぼろぼろ涙を流しながら首を振っているのを3人がかりで担ぎ上げる。
    そのままジュラルミンケースに押し込み蓋を閉じて鍵を掛けた。
    銀色のジュラルミンケースはさらに木箱に収め、隙間におがくずをぎっしり詰めてから蓋をして釘を打って固定した。

    準備が整うと、50メートル離れて止まっていた巨大なロードローラーがゆっくり動き出した。
    木箱が押しつぶされるまでは100秒。
    その100秒以内に脱出できなければ、美由紀は木箱もろともぺちゃんこである。
    木箱には小型カメラが取り付けられていて、モニタ画面には迫って来る巨大なローラーが大写しになった。
    ロードローラーが半分の距離まで近づくと、残りの距離がテロップで表示される。
    あと20メートル。まだ何も変化はない。
    あと15メートル。木箱が揺れているように見えた。
    あと10メートル。箱の蓋が内部から突き破られて、真っ赤なレーシングスーツの腕が伸びた。
    美由紀、いやミユの上半身が蓋から現れた。
    ミユはローラーに目をやりながら外に出ようとする。
    しかし何かに引っかかっているのか、腰が抜けない。
    「危ない!!」誰かが叫んだ。
    ロードローラーはもう寸前である。
    止めさせろ! 私も叫ぼうとしたが声が出なかった。
    モニタ画面はローラーの表面を数センチの近さまで映し、そしてぷつりと消えた。
    木箱がローラーの下敷きになるのと、ミユが転がり出たのはほとんど同時だった。
    木箱はみしみしと押し潰され、おがくずが舞い、ジュラルミンケースの銀色の破片が飛び出した。
    ロードローラーが通り過ぎたあとにはミユが地面に倒れていた。
    皆が駆け寄る。
    茂がミユに肩を貸して立ち上がらせた。
    ミユは私に気付くと、鼻の下をこすってにやりと笑った。
    ・・こいつ、わざとギリギリのタイミングを狙ったな。
    私は企画が成功したことを確信した。

    6.
    放送された特番はその日ゴールデンタイムの視聴率トップを取った。
    様々なバラエティ番組や週刊誌で『泣き叫びながら拘束されるエスケープの美少女』が話題になり、ネットの動画サイトにアップされたエスケープシーンは3日間で100万回再生された。
    こうなると続編の企画が出てくるのは当然である。
    私は茂にあと3回のエスケープを依頼し、二つ返事で承諾を得た。

    7.
    2回目のエスケープは、全身を縛られ、ビルの屋上から燃えさかるロープで逆さ吊りにされた状態からの脱出である。
    もう少し色気が欲しいというスポンサーの要望により、美由紀はきわどいハイレグのレオタードを着せられた。
    「あたし、縄抜けなんてできません!」
    そう言って嫌がっていた彼女は、皆が目を離した隙に現場から脱走した。
    美由紀はレオタードのままで繁華街の雑踏の中を走って逃げ、それを迷彩服を着たスタッフの一団が追跡した。
    そして美由紀は空き地に追い込まれ、最後は何と警察が凶悪犯を確保するときに使う投げ網で捕獲されたのである。
    網の中で泣き叫ぶ美由紀は、そのままレッカー車のフックに吊るし見世物になりながら回収された。
    美由紀の逃走と捕獲の様子は一部始終を撮影されて、エスケープ本編に先立って放映された。
    もちろんこれは仕掛けられた演出である。
    知らないのは美由紀だけ。私は茂にも了解を得て、わざと美由紀が逃げ出すように仕組んだのだ。

    脱走が失敗して打ちのめされた美由紀はそれ以上の抵抗をすることもなく、ただぽろぽろ涙を流しながら、荒縄でがんじがらめに縛られた。
    そして頭から麻の袋を被せられ、地上50メートルのビルから逆さに吊られた。
    顔を隠したのは美由紀がミユに変身する様子を見せないためである。
    ロープに火を放った時点では、美由紀は意味なくむやみに暴れてもがくばかりだった。
    しかしある瞬間から別人のように動きが変わり、落ち着いて拘束を解くとロープが燃え落ちる寸前に隣のロープに飛び移って無事に脱出したのだった。

    続き




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    イリュージョン八景 第八景(2/2)・二重人格のエスケープ

    8.
    3回目は、コンクリートの錘をつけて湖に投げ込まれるエスケープだった。
    扇情的な紐ビキニをつけた美由紀をスタッフが拘束する。
    両手には指のないグローブと皮手錠。足首にも皮の足錠を取り付け、さらにコンクリートのブロックを長さ2メートルの鎖で繋いだ。
    そのまま船に乗って湖の中央に出る。
    甲板から木の板を突き出し、その先端に美由紀を立たせた。
    コンクリートブロックが船べりに置かれる。
    美由紀は振り返ってその様子をちらりと見たが、慌てた様子はなくどこか醒めた雰囲気だった。今までのように泣き叫んで暴れない。
    ん? 何か違う。
    一瞬、私は不審に思ったが、収録をストップさせる余裕がないまま、コンクリートブロックが3人がかりで水面に投げ込まれた。
    しぶきをあげてコンクリートブロックが沈み、続いて美由紀が鎖に引かれて板から落ちた。
    私が身を乗り出して見たとき、もう美由紀の姿は消えて、水面には泡が浮かんでいるだけだった。
    ミユが水面に現れたのは5分ほど後だった。
    脱出するまでの時間が長かったので、テレビを見ている視聴者だけでなく私やスタッフまで心配して肝を冷やした。
    水中で何があったのか、ミユはビキニの水着がなくなって全裸になっていた。
    そのまま船の上に上がってきて両手を振ろうとしたので、スタッフが慌ててバスタオルで前を隠した。

    収録後にミユが語ったことは、私や茂が恐れていたことだった。
    美由紀はエスケープを強要させられることに慣れてきて、恐怖感がマヒしつつあるという。
    どうやら自分の知らないうちに特別な力が働いて助かっている、と感じているらしい。
    このエスケープは美由紀が恐怖で気絶し、代わってミユが美由紀の身体をコントールして脱出することで成り立っている。
    もし美由紀がいつまでも意識を保ったままであるとミユが出てくることができず、つまり脱出もできないことになる。
    このままでは、次のエスケープは失敗する可能性が高い。
    私は再び手を打つことにした。今度は茂にも秘密である。

    9.
    最後のエスケープは、広大な無人の埋立地が舞台である。
    美由紀は皮の袋に詰められて、地面に掘った穴の中に生き埋めになる。
    時間内に脱出できなければ、一緒に埋めたダイナマイトが爆発し、美由紀は木っ端微塵になってしまうのだ。
    現場に引き立てられてきた美由紀は、セーラー服の制服姿だった。
    「こんどは、たぶん、ぜったいに、たすからないと、おもいます。あたし、しんじゃったら、ちまみれになって、ばけて、でます」
    美由紀は棒読みでインタビューに答えている。誰だ、こんな台本をこの子に渡したのは。
    スタッフが美由紀に後ろ手錠を掛け、それから首から下を皮の袋に入れた。
    袋の口を鎖で縛り、南京錠で封印した。
    さらに袋の周囲にも鎖を巻きつけ、大量の南京錠で固定した。
    最後に袋から出ている美由紀の頭に、フルフェイスのヘルメットが被せられた。
    地面には深さ3メートルの穴が掘られている。
    その穴の底に、美由紀の入った皮袋をクレーンで下ろして横たわらせた。
    美由紀の周囲に遠隔起爆のダイナマイトが6個並べられた。
    埋葬の準備が完了すると、重機で土砂を投入して、さらに表面をローラーで均した。
    いよいよタイマーのスタートである。
    ダイナマイト爆発までの時間は10分。

    10.
    私が、美由紀にも茂にも知られずに施した仕掛けは二つある。
    まず美由紀と一緒に埋めたダイナマイトは爆発しない。
    その代わり、地表からわずか20センチの深さに別の爆薬を仕掛けている。
    これを使えば、地上では派手な爆発に見えるが、地下3メートルに埋められた美由紀には危害をおよぼさないのだ。
    そしてもう一つの仕掛けは、吹き替えの女性によるエスケープである。
    実は、爆発の影響の及ばないぎりぎり近くの地面の中に、あらかじめ、美由紀と背格好の似た女性スタントを潜ませているのだ。
    この女性は美由紀と同じ制服を着てヘルメットを被り、茂と美由紀が現場入りする前から埋められている。
    ミユが出てこれないと判断したとき、無線インターカムで指示すれば、ミユの代わりに這い出てくる寸法である。
    ヘルメットで顔を隠し、その上泥だらけの姿だ。視聴者には別人だとは分からないだろう。
    地下3メートルにいる美由紀は、撮影が終了してからゆっくり掘り出してやればよい。

    11.
    「・・あと1分です」
    「うむ」
    私達は300メートル離れた地点から双眼鏡で観察していた。
    そこは美由紀を埋めた位置を示す三角旗が風にはためいているだけである。
    「10秒前」
    私は、ミユのエスケープを信じていない。
    もはや美由紀は失神することはなく、ミユと再び会うこともないだろう。
    「・・3、2、1、ゼロ!」
    土煙が立ち上った。1秒近く遅れて大きな爆発音が伝わってきた。
    三角旗は吹き飛んで煙の中に見えなくなった。
    「まだ、近づくなっ。・・このまま10分待機して、変化がなければ救助に向かう!」
    監督がハンドマイクで叫んでいる。
    私はインターカムのケーブルを握り締める。吹き替えを登場させるのは、その10分経過のぎりぎり直前である。
    ようやく土煙が風に流されて視界がクリアになり、現場の状況が分かるようになった。
    平らに均されていた地面は、爆発のために穴だらけになり、一部が野球のマウンドのように盛り上がっていた。
    あの下に美由紀が、ミユが埋まっているのか。
    「・・まもなく、10分。カメラが先頭で進むから前に出ないように!」
    そろそろだな。私はインターカムを口に近づけた。
    「ご苦労さん。出てきてくれ。・・ん? ちょっと待って!」
    土砂の中に四つん這いになって、身を起そうとする人影があった。
    カメラの映像がすかさずズームインする。
    そこにはフルフェイスのヘルメットを被った女子高生が写っていた。
    「おい、今、出てきたのは君かい?」私は無線でスタントの女性に質問する。
    「いいえ、出てません。まだ待機してます」女性の返事が聞こえた。
    なら、あれは、・・ミユか!
    女子高生は自分でヘルメットを外して、投げ捨てた。
    泥だらけになったミユが、よろめきながら穴だらけの地面の上を歩いてくる。
    おおっ。やった!! 皆が歓声を上げた。
    ミユの制服はまことに都合のいい具合にぼろぼろに破れていて、あちこちから肌が露出していた。
    スカートの断片が風に吹かれてなびいている。
    こちらに向かってくるミユは、今までのように鼻の下をこすって笑うこともなく、ただ茫然とした表情を浮かべて歩いていた。
    ぼろぼろの制服で荒地を歩む女子高生の姿は、翌日の各スポーツ新聞の1面を飾った。

    12.
    半年後。
    私は局の応接室で野母崎兄妹と会っていた。
    二人は新しく事務所を設立し、茂がその社長になったので挨拶に来たのだ。
    美由紀は、今や知らないものはないエスケープのヒロインとして、テレビや雑誌などで引っ張りだこになっていた。
    「浪岡さんのおかげで、ここまで来ることができました」茂がそう言って頭を下げた。隣で美由紀も頭を下げる。
    「美由紀ちゃん、最近は何でも怖がらずに挑戦しているみたいだね」
    「あたし、今でも怖いんです。無理やり、させられてるんです」美由紀が言った。
    「なぁに言ってんだよ。てめえは何もしねえくせに。せめて俺が仕事し易いように最後まで目を開けていてくれってもんだぜ」ミユが口をはさんだ。
    「ミユ。あなたこそねぇ、無茶ばっかりしてたらいつかか本当に死んじゃうわよっ」美由紀が反論する。
    「俺は冷静だからな。お前なんか、湖のエスケープのとき、パニクって自分で水着を全部取っちまったじゃねぇか。どんなサービスをするのかと驚いたぜ」
    「言ったわね~っ。あんたなんか、普通にしてるときでもすぐに服脱いじゃうじゃない」
    「うるせぇ! 人間くつろぐときは全裸が一番いいんだ」
    「露出狂じゃないの」
    「何だと、パニック女」
    不思議な光景だった。知らない人が見たら驚くかもしれない。
    一人の少女が、二つの声で一人芝居のように喋っているのだ。
    もうミユは隠れた人格ではなくなっているのである。
    美由紀とミユの二つの人格が同時に覚醒していた。
    あの生き埋め爆発のエスケープで、ミユの出現を阻んでいた何かが失われたらしい。
    ミユの存在を初めて知った美由紀は驚いたが、今では二人で協力してやっているとのこと。

    美由紀はミユと協力して危険なエスケープを次々と成功させている。
    ちょっと残念だが、美由紀が拘束されるときに恐怖で泣き叫ぶ姿は見れなくなった。
    その変わり、美由紀の笑顔をバラエティ番組や週刊誌で見ない日はなかった。
    もともと可愛らしくてプロポーションもいいから、最近はグラビアで大胆なセミヌードも披露しているし、女優デビューなんて話もあるみたいだ。
    ミユの存在は秘密だった。もっとも説明しても誰も信じないだろうが。
    しかし、ミユはテレビカメラの前でもどこでも遠慮なく出てきて、男言葉でまくしたてた。
    おかげで美由紀は『天然でのんびり喋る美少女だが、とつぜん男勝りの姉御に変身する不思議ちゃん』というキャラクターが定着してしまった。

    「・・それで、今度の企画なんだけど、」私は封筒から資料を出して渡す。
    「高度3千メートルからスカイダイビングするんだ。衣装は、ヘルメットと手袋ブーツのほかはマイクロビキニだけ。もちろん、パラシュートは無し、ということで」
    「おぉっ、面白れぇ!」ミユが叫んだ。
    「そ、そんなのっ、どうやって生きて帰れっていうんですか!」美由紀も叫んだ。
    「おい、美由紀。お前なぁ、すぐ難しく考えるから駄目なんだ。こういうことは、やってみたら大体何とかなるもんだぜ」
    「大体じゃ駄目でしょ大体じゃっ。あなたが何も考えないで無茶するたびに、あたしは寿命が縮まるんだから」
    「寿命が縮まる? 心配いらねぇよ。俺が生きてる限り、お前も死なねぇんだからさ」
    「あんたが死んだらあたしも死ぬんじゃないっ。もうあたしは怖い思いをするのがイヤなの!」
    「怖い怖いって、うっとおしい奴だなぁ。お前だって、スリルを味わって感じてるんだろう?」
    「そ、そんなことはないわよ!」
    「だって、お前、俺を知らなかった頃は、いつもエスケープした日はエロエロになってオナニーしまくってたじゃねぇか」
    「なっ、なっ、何、言うのよこんなところで!」
    「どう見てもマゾ女だぞあれは」
    「あ、あ、あんただって、怖いの平気なんて言って、本当はマゾじゃないのよ!」
    「ばっきゃろ、俺がそんな訳ねぇだろ」
    「ミユ、あんたいつも縛られるとき、あそこ濡らすじゃない。分かってるんだからねっ、同じ身体なんだから」
    「あ、あれは、怖いからじゃなくて、その縛られるのが気持ちいい、っていうか、・・何を言わすんだこの野郎っ」

    黙っていた茂が私に向かって言った。
    「ね、いいコンビでしょ」
    「だな」私も同意する。
    私はこの様子をテレビで放映できないのが残念でならなかった。
    ひとつの身体の中に二人の少女がいて、互いに文句を言いながら協力しあっている。
    二人とも17才。まだまだ、若い。
    彼女達なら、これからも誰もやったことのない斬新なエスケープを見せてくれるだろう。

    「・・それで君達、スカイダイビングのエスケープはやるのかい? やらないのかい?」私は二人に聞いた。
    「あ、」「お、」
    二人は口喧嘩を止めて私を見た。
    「はいっ」「やるぜ!」
    目の前の美少女は二つの声で同時に言って、それからにっこり笑った。



    ~登場人物紹介~
    野母崎美由紀:17才 高校3年生 エスケープアーティスト
    野母崎ミユ: 17才 美由紀の別人格
    野母崎茂: 24才 美由紀の兄
    浪岡: テレビ特番『ザ・エスケープ!』担当プロデューサー

    第八景は、超変化球のエスケープになりました。
    正統派のエスケープを期待されていた方がおられたら、申し訳ありません。
    いくらミユが超人でもこれは無茶だろというエスケープばかりですが、その分、内容は過激にして楽しんでいただけたかなと思います。
    最後の美由紀とミユの言い合いは、遥さんと絢ちゃんの口喧嘩とカブってしまいましたね。まぁ、いいか(笑)。
    スカイダイビングは必ずしも冗談ではありません。
    先代の引◯天◯氏が現役で活躍されていた頃、スカイダイビングで落下中に消えるイリュージョンをやりたいと述べておられたことを筆者は雑誌で読んだことがあり、そのアイディアを使わせてもらったものです。
    マイクロビキニで飛ぶのは冗談ですけどね。(落ちる間に全部脱げてなくなってしまうでしょう^^)

    さて、イリュージョン八景はこれにて終了です。
    『いつか感じたキモチ』にもっとイリュージョンを、というご要望を受けて始めた短編集は如何だったでしょうか。
    各話同じような内容にならないよう、ネタ・登場人物・シチュエーションなど、できるだけバラエティに富ませたつもりです。
    しがらみのない1話完結の形式にしたので、あまり悩まずに楽しく書くことができました。
    なお作者はイリュージョンのファンですが、特に深い知識がある訳ではありません。
    トリックの実際など、自己満足で書いている面もあったと思いますが、その点はご容赦下さい。

    今後のイリュージョンについては、別の形で書いて行きたいと思います。
    あらためてご案内しますので、お待ち下さい。

    ありがとうございました。




    イリュージョン八景 第七景・ポップ&キャンディと新しい仲間

    1.
    いつもの公園のいつもの噴水の横に陣取った。
    荷物を広げて準備する。
    カラーボールの紙袋、ゴルフバッグにダンボール、BGM用のプレイヤーとシルクハット。
    衣装は新調したてのフレアミニのワンピ。ポップが水色でキャンディがピンク。
    肩と腕が露出していて、スカートの下も短いスパッツに生足。まだ少しばかり寒いけど、もう春だからね。
    身も心もすっきりと、軽快にいかなくちゃ。
    「よっしゃぁ。始めよっか♪」
    携帯プレーヤーのスイッチを入れると外付けのスピーカーから軽快な音楽が響き始めた。

    公園を歩いていた人達が集まってきた。
    二人は向い合ってカラーボールを投げ始める。
    ポップの手を離れたボールが高く放物線を描いてキャンディの手に飛び込む。
    その間にキャンディの投げたボールがポップの手に飛び込む。
    最初はゆっくり。だんだんボールが増える。
    二人の手が目まぐるしく動いた。
    「はっ」
    キャンディがボールの受け渡しを続けながらくるりと一回転した。合図だ。
    キャンディはその場で開脚し、ぺたりとお尻をついた。
    180度に開いた足は、前後開脚から左右開脚へ。さらに上半身がしなやかに反り返る。
    その間、もちろんジャグリングの手は止まらない。
    ほぉ~っ。
    見物人の感心する声が聞こえる。
    ポップはキャンディの周囲を回りながら、わざといろいろな方向からボールを投げ込んだ。
    キャンディはそのことごとくをキャッチして、ポップに返してくる。
    ボールが高く上がり、落ちてくるまでの間にポップが膝をつきキャンディがその肩に飛び乗った。
    そのまま立ち上がったポップと肩車の上のキャンディがそれぞれジャグリングを続ける。
    音楽が鳴り止むと同時に、二人は全部のボールを受け止めて、決めのポーズをとった。
    観客からぱちぱちと拍手が起こった。
    二人は互いの顔を見てにやっと笑った。

    「ポップ&キャンディですっ。よろしくお願いしまーっす!!」
    集まった観客を前に、並んでお辞儀をした。
    この公園は管理者が鷹揚なので、無届で大道芸をやっても目くじらを立てられない。
    二人は毎週ここをホームグランドにして、月に何回か他所の街に遠征していた。
    「さ~て、お次は・・」
    ポップはゴルフバッグから、たくさんの金属棒を取り出して地面に並べた。
    棒の先端は鋭く尖っている。
    キャンディが平らにつぶしたダンボール箱を手に取った。
    これからが二人の本命、イリュージョンである。

    新しい音楽を流す。今度はゆったりしたリズムの曲だ。
    二人はダンボールに何の仕掛けもないことを観客に見せてから、箱の形に組み立てる。
    底にガムテープを貼って開かないようにして、それを芝生の上に置いた。
    キャンディが箱の中に立ち、ウインクをしてポーズする。
    そのまま腰と膝を屈めて箱の中に身を沈めた。
    すかさずポップが箱の蓋を閉め、ガムテープを貼って封印する。
    箱の表面を撫でて、中身を確かめるようにコツコツと叩いた。
    「さぁて、箱の中に閉じ込められた美女の運命は如何に~♪」
    ポップは芝居がかった口調で唱えると、地面に置いた金属棒を一本取り上げた。
    その尖った先端を箱にあてがうと、躊躇せずに一気に押し込む。
    ずぼっ。棒の先端が箱の反対側から突き出た。
    続いて二本目を別の場所に突き刺す。さらに三本、四本。
    小さなダンボール箱を突き抜ける金属棒があっという間に増えて行く。

    ダンボール箱剣刺し・その1 ダンボール箱剣刺し・その2

    ダンボール箱の剣刺しに特別なタネはない。
    剣を刺す側と刺される側が呼吸を合わせ、中の人間の身体の隙間を縫うように剣を通しているだけなのだ。
    ポップとキャンディはこのイリュージョンをもう百回以上も演じてきた。
    ポップの目には箱の中でキャンディが身を縮めて剣を避ける姿がはっきりと見えている。
    ただひとつ問題があるとしたら、それは演じる度にダンボール箱の大きさが少しずつ変わることだった。
    このイリュージョンは箱を穴だらけにしてしまうので、毎回新しいダンボールを使う必要がある。
    イリュージョン用の専用品は高価だから、二人はあちこちの商店や工場から不用品をもらって使っていた。
    今日のダンボール箱は電気屋さんでもらってきた箱で、先週の箱よりも少し大きかった。
    箱の大きさが変わると中のキャンディの位置と姿勢も変わるから、それに合わせて棒の刺し方も変える必要がある。
    だからポップはいつも箱の上から手で叩いてキャンディの身体を確認するのだ。
    キャンディはポップを完全に信頼して、次に刺されるべき棒の通り道を確保して待つ。
    そしてポップは正確に寸分たがわずその位置に棒を突き通すのだ。

    棒は全部で16本。
    すべて刺し終えると、ダンボール箱はハリネズミのような状態になっている。
    ポップはナイフで蓋の上面の一部を切り開いた。
    すると、そこから女性の手がすっと出てきて振られたのだ。
    いったい、この中にどうやって人間が入っているというのか。
    観客は驚き、次に大きな拍手を送るのだった。
    足元に置いたシルクハットにお金が投げ込まれる。

    2.
    ポップは駅でキャンディと別れ、ゴルフバッグを肩に担いで帰宅してきた。
    今日の上がりは悪くなかったね。夜は久しぶりにお肉にしてあげたら、ありす喜ぶかな。
    ポップ&キャンディのジャグリングとイリュージョンはそこそこ評判はよかったけど、それだけでご飯が食べられる訳ではなかった。
    ポップもキャンディも平日はパートやアルバイトで生活費を稼いでいる。
    「ありすぅ~、帰ったよ~っ」
    彼女が大道芸人・ポップから、母親・前田佳代(かよ)に戻る瞬間である。
    アパートの玄関には見慣れない靴が二足並んでいた。
    スニーカーと、男物の革靴。・・これは、まさか。
    「ママ、お帰りなさーい!」
    一人娘の亜莉子(ありす)が走ってきた。まだ9歳の小学生だ。
    「お客さん?」
    「うん。パパ!」
    「げ」
    「それとお姉ちゃん!」
    「お姉ちゃん?」
    「うん、いっぱい遊んでもらっちゃった」
    二間しかないアパートのダイニングキッチンに男性が座っていた。
    奥の和室には高校生くらいの小柄な少女が座っていて、佳代に会釈した。
    「ねぇ、続きやろ!」
    ありすがその少女の元に走り寄ってトランプを渡している。
    「よっ」前田武一が佳代に向かって片手をあげた。
    「何しにきたのよ」
    「ひどい言い方だなぁ。俺、一応お前のダンナなんだけど」
    「たまに来ちゃ酔っぱらって寝てるだけの人には、お前、なんて呼ばれたくありません」
    「何だよぉ。いつも自分の酒は自分で持ってきて飲んでるだろ? それにお前にも持ってきたぞ。ほれ」
    「あ~っ。これ幻の『枯野原』!」
    武一は芸能事務所に所属するプロマジシャンである。
    佳代は武一の元アシスタントで、10年前に恋愛結婚をした。
    ありすが生まれ、子育てとアシスタントの両立を目指そうとした矢先、武一の浮気が発覚して佳代はありすを連れて実家に帰った。
    やがて武一は浮気相手との関係を清算して佳代に戻ってきてくれるように頼んだが、佳代は別居を止めなかった。
    浮気のことは許していた。戻れない理由は別にあった。
    佳代はストリートパフォーマンス=大道芸の世界に足を踏み入れてしまったのだ。
    大道芸は自由だった。
    やりたいことをやりたいだけ演じて、それでお客さんの反応がダイレクトに「上がり」という形で返ってくる。
    その魅力を知ると、もはやスケジュールも演目もそして給料も事務所に支配される生活には戻りたいと思わなかった。
    武一は佳代の意志を理解して佳代を自由にさせてくれた。
    その代わり自分がオフの日にはしばしば佳代のアパートにやって来て、ありすと遊んだり、酒を飲んでごろごろするようになった。
    佳代はたまに武一が持ってくる酒につられてか、文句を言いながらもそれを認めていた。

    「ところで、あの可愛いお嬢さんは誰?」
    佳代は奥の部屋でありすと遊んでいる少女を見て聞いた。
    「あれはお前の弟子だ」
    「ぶ」
    佳代はマグカップで飲んでいた『枯野原』を吹き出す。
    「あのね、あたしがいつ弟子を◎△※★!!!」
    「お前もう酔っ払ったのか」
    それを見て少女が急いでやってきた。
    「はじめましてっ。私、飯田菜々(なな)です。高校の2年ですっ」ぺこりとお辞儀をする。
    「菜々ちゃんはイリュージョンのアシスタント志望で俺のとこに来たんだけどな、知っての通りウチの事務所は高校生NG」
    「それであたしに押し付ける訳?」
    「そんなんじゃない。この子は俺よりお前向きだからさ。・・菜々ちゃん、やってくれるかい」
    「はい。この間のアレですね?」
    菜々はゴムボールを3個手に持つと次々と放り上げた。
    右手を離れたボールは左手へ、左手を離れたボールは右手へ。どちらの手も身体の内側で投げて外側で受ける。
    「あら、カスケード。上手ねぇ」
    3個玉のカスケードは、日本古来のお手玉(シャワー)と違って左右の手で均等にボールを投げるジャグリングの基本である。
    上手だけど基本中の基本よ。こんなの、才能ある人だったら1日でマスターできるわ。
    「言っとくけどこの子はジャグリング未経験だぞ。事務所に来たときにちょっと教えたら、ほんの1時間くらいでできるようになったんだ」
    1時間? すごい才能じゃない!
    「元々の希望はイリュージョンだけどな、ジャグリングも勉強したいって言うから教えてやってくれないか。バイト代なしでこき使われても構わんそうだ」
    「よろしくお願いします!!」
    菜々が直立して頭を下げた。
    「じゃあ、まあ・・」
    キャンディだったら喜んで教育してくれるかな。
    「ありがとうございます!」
    「お姉ちゃん。採用してもらえたの?」ありすが菜々の横に来て聞いた。
    「うんっ。OKみたい!」
    「いいなー。ねぇママぁ、あたしもぉ~」
    「あんたは、中学に上がってから、ね」
    実はありすは以前から自分も大道芸に出たいと訴えていたが、佳代としては安易に自分の娘を出すのは気が引けていたのである。
    それにありすは大した芸ができる訳でもない。
    「ありすだって、そろそろいいんじゃないか」武一が言った。
    「だってまだ何もできないのよ?」
    ありすと武一は顔を見合わせてにやっと笑った。
    「そんなことないよなぁ?」「そうだよ。できるよっ!」
    「じゃあママに見せてあげようか」「うん!」
    ありすは奥の部屋から薄い箱を持ってきた。
    「何を見せてくれるの?」
    「えへへ」
    ありすは笑いながら蓋を開けて、見えないピアノを弾くように両手を高く上げた。
    ふわり。箱の中から細いステッキが浮かび上がった。
    そのステッキはありすに操られるように何もない空間を動き回った。
    ダンシング・ケーンである。
    「うわあ、すごいっ」菜々が拍手した。
    「ありす、あんた、いつの間に・・」
    このところ、武一が佳代が留守の間にアパートに来ては、ありすと遊んでいるらしいことは分かっていた。
    それにしても、こんな技を仕込んでいたとは。
    「はぁいっ」
    ありすの頭上でステッキがくるくると回転した。
    こっ、これは。親のひいき目でなくても、なかなかのものだわ。
    「どうだい? ありすも一人前だと思わないか?」武一が楽しそうに言った。
    「思わない?」ありすも言った。

    3.
    それから1ヶ月後。よく晴れた日曜日。
    雲島市さくらまつり会場のステージは満開の桜と観客に囲まれていた。
    「・・次はエントリナンバー12。ポップ&キャンディさんです!」
    拍手の中、二人がステージに登場した。
    今日の衣装は七分丈のスパッツとおへそがチラ見えする白いチビTシャツである。
    このステージは投げ銭OKということもあって、多くのプロ、セミプロのストリートパフォーマーが競演していた。
    投げ銭の額が観客の評価である。他の芸人に負けてはいられない。
    二人は大きな衣装ケースを押してきた。
    その衣装ケースを横に倒して蓋を開け、中から道具を出して並べた。
    金属棒の束、ダンボール。クラブ、そしてカラーボール。
    「よっしゃぁ。始めよっか~♪」

    ポップとキャンディは向かいあってクラブを投げ合った。クラブはボーリングのピンのような形をしたジャグリングの道具だ。
    二人はジャグリングをしながら、音楽に合わせてステップを踏んでステージの上を動き回った。
    やがてキャンディが前に出てきて一人でジャグリングをする。
    ポップは衣装ケースの前に立ち、大きな布を両手に持って自分の前にかざした。
    ・・数秒後、布を外すと、そこに立っていたのは菜々だった。
    菜々はポップと同じ白いチビTを着ていて、下はデニムのショートパンツを穿いていた。
    観客の拍手を浴びながら前に出てきて、キャンディと手を繋いでお辞儀をする。
    キャンディがボールを菜々に渡し、菜々はジャグリングを始めた。
    ボールの数は練習を重ねて4個に増えていた。
    すると、今度はキャンディが衣装ケースの場所へ行き、布を持って自分を隠した。
    ・・数秒後、布を外すと、そこにはありすが笑っていた。
    大人の二人が消えて、高校生と小学生の女の子に入れ替わってしまったのだ。
    ありすはエプロンドレスを着ていて、まさに不思議の国のアリスの姿だった。
    「可愛い~」会場から声がかかる。

    演技はこれで終わりではなかった。
    菜々はダンボールを箱の形に組み立ててその中に立った。
    緊張した表情でありすと視線を交わす。
    頑張ろうねっ、ありすちゃん。うんっ、お姉ちゃん!
    菜々が箱の中に身を屈めると、ありすが箱の蓋を折り込んでガムテープを貼った。
    そう。ポップ&キャンディの十八番・ダンボール箱の剣刺しを今日は菜々とありすが演じるのだ。
    ありすが金属棒を手に持ち、先端を箱の側面に当てた。
    棒を両手で抱えて腰に当て、小さく深呼吸。そして力を込めて押し込んだ。
    ずぼ。
    棒の先端が反対側に突き抜けた。
    観客が驚いている。
    こんなイリュージョンを直接見たことのある人はほとんどいなかった。
    どう見てもタネも仕掛けもない普通のダンボール箱。しかも身体を屈めて入るのがやっとの大きさ。
    そこに人間を入れて、ずぼずぼと剣を刺してゆく。
    テレビなどならともかく、目の前でそれを見せられるのは、やはり衝撃的である。
    しかも剣を刺しているのは小学生。
    さっき箱に入ったショートパンツの女の子はどうなっちゃったの??

    ありすは次々と棒を箱に刺していった。その数は全部で16本。
    ポップ&キャンディの剣刺しを見慣れている人だったら、違いに気がついたかもしれない。
    このダンボール箱はいつもの箱よりもひと回り小さいのだ。
    菜々はキャンディよりも身体が小さいので、箱の大きさもそれに合わせて小さくしているのだった。
    ありすは、全部の棒を刺し終えると箱の横に立ってドアをノックするようなゼスチャーをした。
    すると箱の上面から菜々の手が出てきてひらひら動き、ありすと握手をした。
    すごい! 客席から大きな拍手が送られた。
    ありすはダンボール箱から金属棒を抜いて、箱の蓋のガムテープを剥がした。
    箱の中から菜々が立ち上がった。
    ポーズを決めようとして、あれ?という顔をして自分のTシャツを広げてみせる。
    菜々の白いTシャツはぼろぼろに破れていて、破れた穴からお腹が見えていた。
    会場は再び大きな拍手と口笛に包まれるのだった。

    ステージに流れる音楽が変わった。
    ありすが衣装ケースの前に立って手を振る。
    その姿を菜々が布で隠した。・・数秒後、布を外すとそこにはキャンディが立っていた。
    次は、菜々が同じ場所に立って手を振る。
    その姿をキャンディが布で隠した。・・数秒後、布を外すとそこにはポップが立っていた。
    菜々とありすが消え、これで最初の二人に戻ったことになる。
    ポップとキャンディはステージに残された道具類を集めて衣装ケースに放り込んだ。
    ダンボールも平らに潰してケースに入れて、蓋を閉めた。
    そして衣装ケースのキャスターを下にして立てて、二人並んで手を振りながらケースを押してステージを一周する。
    するとどうした訳か、衣装ケースの蓋が突然客席の方に向かって開いてしまったのだ。
    ステージの一番手前に来たときに開いたものだから、中身のダンボールや金属棒や、ボールやらクラブやらがこぼれて、一部は客席にまで転がっていった。
    二人は客席に飛び降りて謝りながら転がったモノを回収する。
    その間、客席からは蓋が開いた衣装ケースの内側がはっきり見えた。
    なんと、ケースの中はがらんどうで何も入っていなかったのだ。
    ポップとキャンディは散らかった道具類を再び衣装ケースに戻すと、蓋を閉めてきちんと鍵を掛け、もう一度お辞儀をして拍手に答えた。

    4.
    ポップとキャンディが衣装ケースをごろごろ押して駐車場に戻ってきた。
    「投げ銭の順位はトップだって?」待っていた武一が聞いた。
    「ふふん、んなこと当たり前でしょぉ?」ポップが誇らしげに答える。
    ワゴン車のハッチバックを開け、3人で衣装ケースを持ち上げて収納した。
    車内に入り、外から見られないように窓のカーテンを閉めた。
    鍵を開けて衣装ケースの蓋を開く。中の道具類を取り出してケースを空にする。
    そして、さらにその底の蓋を持ち上げて開くと、そこには菜々とありすがぴたりと収まっていた。
    「はい、お待たせー!!」
    「ばっちり決まったねぇ」
    「えへへ、やったでしょ。ママ!」
    「お疲れ様でしたーっ」
    厚みのある衣装ケースは中央に仕切りがあって二重底になっていたのだ。
    そして、奥の空間に菜々とありすが潜んでいたのである。
    そこはポップとキャンディの二人が隠れるには狭いが、小柄な菜々とありすなら十分入れる広さだった。
    菜々とありすがステージに登場して演技している間は、ポップとキャンディは二重底の仕切りを引き上げて、衣装ケースの中に入っていたのだ。
    「あたし、一人でマジックやりたかったなぁ」
    「はいはい、今度させてあげるよ。・・ありす、あんた汗だくじゃない。早く着替えなさいっ。菜々ちゃんもね。暑かったでしょ?」
    「あ、はい」
    「武一、そこで何してるの。女の子が着替えんだから出てきなさいっ」
    佳代は運転席に座っていた武一を外に追い出した。
    「あーっ、もう。そんな格好で外出たら寒いでしょ? ほれっ」
    出て行こうとする武一にジャンパーを投げて渡す。
    「ホントにもう、無頓着なんだから。・・あー、ありす、シャツの向き逆」
    ぶつぶつ言いながら、ありすの着替えを手伝っている。

    キャンディがくすくす笑った。菜々も口に手をあてて笑っている。
    「ん? 何笑ってるのさ」
    「いや。いいママだなぁと」キャンディが言った。
    「いい奥様ですよねっ」菜々も言った。
    「そうかなぁ」
    「ねぇ、佳代。そろそろ意地張るの止めなよ」
    「何のこと」
    「佳代のこと、待ってるよ? 武一さん」
    「えっ?」
    「今日のイリュージョンだって、ずいぶん武一さんに助けてもらったんじゃない」
    「まぁ、そうだけど」
    「ありすもパパと一緒がいい! パパと暮らしたい!」ありすが大きな声で同調する。
    菜々もうんうんと頷きながら同意している。
    「で、でも・・」
    「一緒に暮らしてても、大道芸はできるんだよ」キャンディは笑いながら言う。
    「何なら、あたしから武一さんに謝ってあげようか? 長いこと勝手なことしてごめんなさいって」
    「・・」
    佳代の顔が少し赤くなった。黙ってありすの頭に右手を乗せた。
    「そうねぇ・・」ありすの頭を撫でながら言いかけた。

    「もういいか?」
    突然ドアが開いて武一が中を覗き込んだ。
    きゃあっ。
    Tシャツを脱いだ菜々が胸を押さえて悲鳴を上げた。
    「ごぉらァ!!」
    佳代が怒りに燃えて手近にあったジャグリングのクラブを投げる。それは狙いたがわず正確に武一の顔面を直撃した。
    ぶ!!
    武一は後方に吹き飛び、そのまま尻餅をついた。

    ・・ぷっ。あははっ。
    菜々とキャンディが吹き出した。
    ・・きゃははは。うふふ。
    ありすと佳代も笑い出した。
    武一が頭をかきながら立ち上がっても、女性達はまだ笑い続けていた。



    ~登場人物紹介~
    ポップ(前田佳代):28才。ジャグリングとイリュージョンを演じるストリート・パフォーマー
    キャンディ:26才。ポップの仲間
    ありす(前田亜莉子): 9才。ポップの一人娘
    飯田菜々:17才。ポップ&キャンディに弟子入りした高校生
    前田武一:30才 プロマジシャン。ポップの夫、ありすの父で、ポップ、ありすとは別居中


    からりと明るいお話です。
    女性だけで演じられるイリュージョンを楽しんでいただければ、と思います。

    今回の題材は、衣装ケースの人体交換とダンボール箱剣刺しです。
    第六景の後書きで、クリスタルボックスの中で男性が女性に入れ替わる演出に触れました。
    男性→女性のチェンジはエンタテーメントとしては効果的ですが、男を使うという点でフェチ的にはよろしくありません(作者の私見です^^)。
    それに対して今回のような大人女性→幼い少女のチェンジは、見た目もインパクトがありますし、フェチ的にもおおいに萌えます(作者の私見です^^)
    出現系のイリュージョンでは女性はネタの中で待機する訳ですが、これが小柄な少女の場合はよりコンパクトに隠れられるのもメリットです。
    今回は同じ衣装ケースの中に
     [ 大人女性+大人女性 ]
    または
     [ 女子高校生+女子小学生+道具類 ]
    をまとめて収納できることにしました。
    二重底の構造などは何とでもなると思うので細かく描写していませんが、興味のある人は考えてみて下さい。

    ダンボール箱の剣刺しは、キョートサプライズでも何度か取り上げてきた、大好きなイリュージョンのひとつです。
    剣を刺すときは、リズムとスピード感が重要ですね。
    できるだけ無造作に、もう適当に刺しちゃうんだもんね^^という雰囲気でズバズバ刺せば、観客に与えるインパクトも大きくなります。
    これを作者は『無造作感』と呼びます。
    逆に非常に慎重にゆっくり刺していると、そうした効果をスポイルして面白くありません。
    もちろん、ゆっくり刺してインパクトを感じさせる方法もあります。
    それはたとえば、剣を刺した場所からどくどくと流血させることです(笑)。
    演者は、剣を刺すべき箇所を慎重に探って刺すのです。ときどき何かに突っかかったり、一度抜いて刺し直してもOK。
    アシスタントには断末魔の悲鳴をあげてもらいます。剣を何度も刺すほどに、その悲鳴は弱々しくなって、最後は何も聞こえなくなる、なんてのもいいですね^^。
    そこらじゅう血の海になって、最後に生還するアシスタントは血まみれで、腕の一本もなくなっていて・・。
    こんなことばかり書いていたら、マジックファンの皆様にそっぽを向かれてしまうかも・・(爆)。
    でも、もしこんな演出の動画をご存知なら情報欲しいです~^^。

    さて、次回の第八景はいよいよシリーズ最終回です。
    以前予告した通り、エスケープを題材にする予定です。
    どうぞお楽しみにお待ち下さい。

    ありがとうございました。




    イリュージョン八景 第六景・閉じ込められたアシスタント

    1.
    「あ、観覧車!」
    屋上に上がると観覧車があった。
    ゴンドラがたった六つしかない、小さな観覧車だった。
    観覧車のまわりには、可愛い汽車の線路。
    その横には、またがってコインを入れると動くウルトラマンとか仮面ライダーとかの遊具が並んでいる。
    「レトロだねぇ~」清原さんが感心したように言った。
    「これ、レトロなんですか?」
    「逸美ちゃん、小さいとき、デパートの屋上でこんな遊園地なかった?」
    「知りませんよ。そんなの」
    「そっかぁ。昭和は遠くなりにけりってか」
    「何ですか、それ。あたし平成生まれなんですからねっ」
    東京から新幹線で3時間、それから在来線の電車に乗り継いでさらに2時間。
    ようやく着いた地方都市のデパート。
    その屋上のミニステージが、今度の営業の場所だった。
    エレベーターホールには屋上イベントの案内板があって、『キュアキュアショー』や『戦隊レンジャーショー』なんかと並んで、あたし達の『清原秀美マジックショー』もちゃんと書いてあった。

    秀美って名前でも、清原さんはれっきとした男性で、主に温泉地のホテルや遊園地などを巡るマジシャンだ。
    地方の営業が多いからそれほど有名じゃないけれど、ハンサムでマジックの腕も確かだ。
    あたしはまだ高校生だった5年前に初めて清原さんのショーを見て、ファンになった。
    高校を中退してフリーターになったとき、思い切って事務所を訪ねてアシスタントにして下さいと頼んだら、清原さんは何の経験もなかったあたしを採用してくれた。
    あたしは先輩のお姉さんと一緒に清原さんのアシスタントをして、半年後にそのお姉さんが結婚して引退してからは、あたし一人で清原さんを手伝ってきた。
    清原さんは独身で結婚なんて全然考えてないみたいだけど、もし清原さんがその気になったときには、あたしが奥さんになってあげてもいいって思ってる。
    すぐにあたしのことを子供扱いするというか、一人前の女と思ってくれてないみたいで、それがちょっとシャクなんだけどね。

    ショーは金曜から日曜の3日間で金曜は1回。土日は2回公演の予定だった。
    演目は流れ次第だけど、まず清原さんが一人でマジック、それからイリュージョンでアシスタントのあたしが出現、その後はマジックとイリュージョンを二つやってフィナーレ、が基本になる。
    事務所から届いたイリュージョンの機材は、クリスタルボックス、インパルド、ヒンズーバスケット、そしてメタモボックスの4種類。
    出現はクリスタルボックス。フィナーレはメタモで人体交換。残りはインパルドかバスケットのどちらかをすることになった。

    2.
    開演15分前にステージの袖から客席を見ると、まだお客さんは10人ほどだった。
    「平日だからね。放送もしてくれることになってるけど」
    「大丈夫ですよ。あたし、きっとお客さんが集まってくれるって予感がするんです」
    「そうか。逸美ちゃんの勘は当たるからね。まあ、頑張ろう」
    「はいっ」
    お客さんが少ないのは寂しいけど、清原さんと一緒だったらあたしは平気だ。
    今までの最悪の記録は、雨のショッピングセンターの中庭でお客が二人だった。
    まだアシスタントになって間がない頃で、それでもずぶぬれになりながら一生懸命ジグザグボックスをやった。
    そのときと比べたら、これくらいの人数でも上々だ。
    あたしはクリスタルボックスのネタ場の中に入った。
    自分の出番まで息をひそめてこの中で待機することになる。
    ステージで音楽が鳴り始めた。開演の5分前だ。
    館内放送が聞こえた。屋上でマジックショーが始まると何度も案内してくれてる。
    ふう。少し緊張してきたかな。じっと待ち続ける。
    あたしは、こんなふうにイリュージョンのネタの中で待機している時間が好きだ。
    お客さんの驚く顔と拍手を思うと、ほとんど身動きもできない狭い空間の中でも苦にならなかった。
    何もない箱から美女の出現。
    自分のことを美人だとはぜんぜん思ってないけど、この瞬間だけは美女になった気分がする。
    だって、皆の視線を一身に浴びて登場するんだよ?
    そのときはきっと、絶品の笑顔に肌もつやつや、プロポーションだってポッ・キュン・ポッのイイ女になってるんだと思う。

    クリスタルボックス

    ステージが始まった。
    清原さんが出ていって、タキシードの胸元から大きな白い花束を出している(はず)。
    そしてその花束の色が一瞬で白から赤に変わる(はず)。
    あたしはネタの中だから想像するだけだけど、拍手の音が聞こえるから清原さんはきっとうまくやっている(はず)。
    そして、次はいよいよクリスタルボックスイリュージョンの番。
    清原さんが大きなガラス箱を引っ張り出してくる。
    箱の中には、カラフルな風船がいっぱいに詰まっているのが見える。
    清原さんは箱の蓋を開けて、風船をひとつ取り出し、ステッキの先で割ってみせる。
    本当は蓋を開けたら風船が一斉に浮かび上がって空に消えて行くって演出だったら素敵なんだけど、風船にヘリウムガスを入れると1個150円かかる。
    あたし達にそんな経費はないから、この風船はあたしと清原さんが足踏みポンプで膨らませた『普通の空気入り風船』だ。
    清原さんは箱の蓋を閉じて鍵を掛ける。
    続いて白布を持ってきてガラス箱を覆う。その箱をお客さんの前で1回転、2回転。
    この間に箱の中で風船が割れるんだけど、その音は音楽に紛れて客席にはほとんど聞こえないはずだ。
    そして布を取り外す。
    すると箱の中には、真っ赤なチャイナドレスを纏ったあたしが横たわっているのだ。
    ドレスの腰まで割れたスリットから右足を立てて出し、その膝に片手をあてて妖しく微笑む。
    太もものぎりぎり根元まで綺麗に見えるよう、入念に練習したポーズなのだ。
    清原さんが蓋を開けて、あたしを箱から出してくれる。
    ぱちぱちと拍手。
    あら、お年寄りばっかりだけど、50人くらい? 上々の入りじゃないの。

    その後の演目もまずまずの出来だった。
    次のイリュージョンはインパルド。
    あたしは床から立てたサーベルにお腹を串刺しにされて、そのままコマみたいにくるくる回った。
    回りながら薄目を開けて会場を見たら、お婆ちゃん達は本当にびっくりした顔で見てくれていた。
    ああっ嬉しい!
    その夜、清原さんとあたしは小さな居酒屋で乾杯して、初日の成功を祝した。

    3.
    土曜日もお客さんが増えて順調だった。
    2回目のステージは家族連れのお客さんが200人以上も来てくれて、狭い観客席は立ち見が出た。
    夕方、デパートの店長さんが挨拶に来て、屋上イベントで満員御礼は久しぶりと喜んでくれた。
    今度の営業は、どうしてこんなに順調なんだろう?
    ・・代わりに何かとんでもないことが起ったりして。
    ・・やぁだぁっ。
    清原さんとあたしは居酒屋で笑い合った。ほんの冗談だった。
    だけど、その冗談は現実になった。

    4.
    日曜日。1回目のステージの15分前。
    あたしはいつもの通りにクリスタルボックスのネタの中に潜り込んだ。
    清原さんが箱の中に風船を入れて蓋をする。
    「ごめん、ちょっとトイレ」
    清原さんはガラス箱を手でコンコンと叩いて、離れていった。
    時間ないよー、早く戻ってきてね。あたしはネタの中で苦笑いする。
    そのまま5分ほど過ぎただろうか、ゴトゴトと振動が伝わってきた。
    え、え、え・・?
    その振動はあっという間に大きくなり、あたしは上下左右にめちゃめちゃ揺れた。
    何かが倒れたりぶつかる音がした。女性の悲鳴が聞こえる。
    「伏せて下さぁいっ。近くに掴まるモノがあったら掴まって~!!」男性の声。
    揺れはずいぶん長く続いたような気がしたけど、それでも次第に収まって静かになった。
    ジリジリとベルが鳴っている。まさか、火事?
    『お客様にご案内します。係員の誘導に従って、避難して下さい』
    放送が聞こえた。
    『火災報知器が鳴っていますが、火事ではありません。火事はありませんから、落ち着いて、・・えっ、8階で出火!? お客様にご案』
    放送がぷつりと途切れた。
    「大丈夫ですーっ。非常階段から誘導しまーす。落ち着いて、避難してくださーい」
    再び店員の声。
    屋上は人々の声でしばらくざわざわしていたが、それも次第に消えて、静かになった。
    みんな無事に逃げたのかな?
    それからようやく気がついた。あたしも逃げなきゃ。

    5.
    ネタ場から箱の中に移動するための隠し扉を押し上げた。
    隙間から右手を差し入れて、指輪の針で風船を。
    ・・針がなくなっていた。
    どこかで折れて落ちたんだろうか。手の届く範囲をまさぐったが、何も見つからなかった。
    背中を冷たいモノが流れた。
    あたしは狭いネタの中にぴたりとはまり込んでいて、起き上がることもできない。
    起き上がるためには扉を開ける必要があるんだけれど、風船が一杯に詰まっているから扉が開かない。
    どうしよう?
    扉の隙間から片手を差し込むことはできる。
    その手に風船が突き当たった。今朝、清原さんとあたしが膨らませた風船だ。
    ・・清原さん!
    清原さんはどこへ行ったんだろう?
    そうだ、お手洗い。下の階の。
    この屋上にもお手洗いはあるけど、狭いのでお客様専用だった。
    あたし達も階下のお手洗いを使えと指示されている。
    だから清原さんも下の階、8階に行ったはず。
    そういえば、さっきの放送、火事は8階。

    6.
    長い時間が過ぎたような気がする。
    あたしは相変わらず、ガラス箱の底のネタ場に収まっていた。
    ときどき余震があって、そのたびに何かが倒れたり割れる音がした。
    助けを求める手段はなかった。携帯電話はバックステージの鞄の中だ。
    隠し扉の隙間から差し入れた手で風船を割ろうと試してみたけど、ぜんぜん駄目だった。
    爪で風船を裂くのも無理だった。
    固くて尖ったモノがないと、絶対に割れないと思った。
    チャイナドレスの金具は外せないだろうか。ブラのホックは?
    ああ、駄目。固くて尖ったモノはいろいろあるのに、外せない。手が届かない。
    今のあたしは、自分の身体をまさぐることすらできないんだ。
    上空をヘリコプターが飛ぶような音がした。
    空からこの箱が見えるかしら。でも、まさかこの中に人間が入っているとは、誰も思わないよね。
    清原さんがどうなっているのかも分からないままだった。
    これだけ時間が過ぎても来てくれないことを考えると、他のお客と一緒に強制的に避難させられたか、それとも火事に巻き込まれて・・。
    清原さんに何かあったかと思うと気が気でなかった。
    でも、今のあたしに何ができるのだろう?

    不思議と落ち着いていた。
    クリスタルボックスのネタ場は、閉所恐怖症の人だったらパニックになりそうな狭さだ。
    でも今はこの狭さにかえって安心を感じた。
    ここは、あたしが3年間過ごしてきた仕事場だ。いつもこの中で出番を待ってきたのだから。
    首筋に汗が流れた。ずいぶん暖かくなっていた。
    日が照ってるんだ!
    イリュージョンのネタの中に入るとき、問題の一つに "暑さ" がある。
    夏の屋外ステージなどでは大変だ。
    直射日光の下に置かれたネタの中は50度を越える。そこにほんの数分間入るだけでもかなり厳しい。
    この屋上ステージは完全に露天で、日差しを避けられるようにはなっていない。
    幸い今は春だから、あたしが "ゆで美女" になってしまうことはないけれど、それでもいずれ耐えられなくなるのは確実だ。
    そろそろ本気で何とかしないと。・・でも、どうやって?

    7.
    片手を交互に箱の中に差し入れた。
    風船がいっぱいに詰まったガラス箱の中はやっぱり蒸し暑かったけど、それでもネタ場の中よりはましだ。
    少しでも涼しくなろうと、ノースリーブの腕を精一杯差し込んで、あちこち動かす。
    やがて曲げた肘で手首を返せば指先が自分の首筋に触れることに気付いた。
    これ幸いと、汗で痒くなった首筋をぼりぼりと掻く。
    はぁー。何も考えずに目を閉じる。
    ・・そうだ。
    突然、気がついた。何でこんな簡単なこと。
    首筋に当てた指を少し上に動かすと、アップにした髪の毛に触ることができた。
    耳の後ろのヘアピンを手探りで抜いた。よし!!
    ヘアピンを落とさないように注意して、箱の中にむけて突き刺す。
    ぱん、ぱん。
    風船は簡単に割れて隠し扉を完全に押し上げることができた。
    さあ、美女の出現。

    あたしはネタ場からガラス箱の中に移動した。
    ガラスの向こう側は柔らかい牛乳色だった。
    箱を白布で覆っているんだ。
    蓋を下から押してみたけど、鍵が掛かっていて開けることはできなかった。
    キーは、清原さんのポケットの中。
    清原さんったら、そんなにあたしを囲っておきたかったのね。
    落胆とも願望ともつかないことを考えながら、蓋のあちこちを押し上げて調べる。
    鍵は中央の1箇所だけだから、両端はきっとしなるはず。
    端の方を強く押すと、蓋と縁枠の間に何センチか隙間が開いた。
    わずかに新鮮な空気が流れ込んでくるのを感じた。
    あたしは隙間に顔を近づけてその空気を吸う。美味しかった。
    ・・よぉし、どうせ誰も見てないんだし。
    あたしは、箱の中でもぞもぞ動いてチャイナドレスを脱いだ。
    脱いだドレスを丸めて蓋の隙間に押し込んで、閉じないようにした。
    ふう、とりあえずこれで安心。
    あたし自身は閉じ込められたままだってことに変わりはないんだけれど。

    8.
    コン、コン。
    誰かがノックしている。
    コン、コン。
    うーん、眩しいっ。明るい光があたしの顔を照らしていた。
    あたしは眠い目をこすりながら顔をあげる。
    「やあ、逸美ちゃん。お休み中のところ失礼」清原さんの声だった。
    ガラスの向こうで清原さんの顔が笑っていた。
    「清原さん!」
    あたしはガラス箱の中で丸くなって眠っていたんだった。
    箱を覆っていた白布はなくなっていて、ガラス越しに見る外の世界は暗かった。
    清原さんが蓋を開いてくれる。
    「お姫様のお目覚めだね」
    あたしは身を起すと、膝立ちになって清原さんの胸に抱きついた。
    ほんの1分間、ううん5分くらいは泣いちゃったかもしれない。
    「遅くなってごめん」
    「ううん。来てくれて嬉しい」
    「頑張ったね」
    「寝てただけだから。・・もう夜なんですね」
    「7時だよ。地震から6時間過ぎてる」
    真っ暗な屋上を懐中電灯で照らしてもらうと、あちこちでいろいろなものが倒れたり転がったりしていた。
    息を呑んだのは、あの観覧車が斜めに傾いていて、その向こうの床が陥没していたこと。
    周囲に見えるビルもぜんぶ真っ暗で、とても静かなのが不気味だった。
    「清原さん、頭に血!」
    「大丈夫。もう固まってるから」
    清原さんはトイレの個室で落ちてきた天井板に頭を打って気絶していたという。
    それからフーディーニばりにトイレを脱出して、廊下にあった非常用懐中電灯を持って屋上に上がってきたそうだ。
    「フーディーニばり」っていうのは清原さんの言葉だから、本当のことは分からないけどね。
    でも清原さんのタキシードはあちこちぼろぼろに破れていて、いろいろ苦労したことは想像できた。
    清原さんは売店の冷蔵庫からペットボトルのお茶を持ってきてくれた。
    あたしはそれを息もつかずに飲んだ。喉がカラカラだったことにようやく気がついた。
    「ねぇ、外はどうなっているの? デパートの外は?」
    「外のことは分からないんだ。携帯も通じない」
    「じゃあ、ここで救助を待つんですか」
    「僕らがここにいるってことは、多分、誰も知らないと思う」
    「そうか、」
    あたしは、少し考えて言った。
    「なら、あたし達、自分で脱出するしかないんですね」
    「そういうこと。怖いかい?」
    「怖いです。・・いいえ、」
    あたしは清原さんの目を見て言う。
    「怖くありません。清原さんと一緒なら」
    「えっと、一応言っておくけど、これはハリウッド映画じゃないから、ここで男と女が突然抱き合ってキスするっていうのはなしだよ」
    「あぁら、残念」
    あたし達は声を出して笑った。ちゃんと笑えるのが嬉しかった。
    よし。あたしは立ち上がって清原さんに手を伸ばした。
    「じゃあ、行きます?」
    「いいけど、その格好で?」
    え?
    あたしは自分がブラとショーツしかつけていないことに気付いた。
    その上ショーツはチャイナドレスに合わせた営業用のTバッグだった。
    「やだ! あっち向いてて下さい!」
    「その格好で鼻ちょうちん出して寝てたくせに」清原さんが笑って背中を向けてくれた。
    「鼻ちょうちんなんか出しませんよぉーだっ」
    あたしも笑いながら、チャイナドレスを着る。
    着てからドレスの裾が気になった。
    片側にスリットはあるけど、これじゃ動きにくいな。ドレスの裾を持ったまま考える。
    よーし。あたしは裾をスリットいっぱいまでたくし上げると、そのままびりりと破いた。
    これで膝上30センチの超ミニ。ちょっとサービス過剰だけど、動き易さは抜群ね。
    「どうです? これでハリウッドのヒロインに見えます?」
    「わおっ、本当だ。じゃあ、こっちも礼儀を守らないといけないか」
    「え? ・・きゃっ」
    清原さんはあたしをお姫様抱っこで抱え上げた。
    抱っこしたまま、あたしにキスをした。あたしは清原さんの頬に手を添えて応えた。
    「生き延びよう、二人で」
    「はいっ」
    箱の外に降ろしてもらい、箱の下に転がったままになっていたパンプスを履く。
    手を繋いで暗闇の中を歩き出した。陥没した床に近づかないように注意して回り込む。
    イリュージョンじゃない。リアルの脱出。
    「中の階段は崩れかけていて、余震がきたら危険な状態なんだ。非常階段が使えたらいいんだけど」
    清原さんは自分に言い聞かすように喋りながら、あたしの手を引く。
    不思議な安心感があった。
    大丈夫。この人についていったら、きっと、大丈夫。
    あたしは清原さんの手をぎゅっと握り返して、後に続いた。



    ~登場人物紹介~
    太田逸美: 22才。マジック・イリュージョンショーのアシスタント
    清原秀美: 34才。地方営業専門のマジシャン

    今までの『イリュージョン八景』とは異質なお話です。
    筆者は、イリュージョンの仕掛けの中に入った女性が何らかの理由で閉じ込められてしまう、という妄想を永らく抱いてきました。
    きちきちの閉空間に収まったまま、出れないと分かったときの気持ち。
    登場人物がパニックになってしまう展開は好みではないので、主人公はけっこう精神的にタフな女性になりました。
    お話としては、緊迫しているけれど希望を感じれるような終わり方にしたつもりです。
    自分はやはりバッドエンドよりハッピーエンドが好きなんだな、と思います。

    まもなく東日本大地震から1周年になります。
    本話は特定の地震災害に絡める意図はありませんが、これを書いているとき、筆者の頭の中には阪神大震災で多くのビルが倒壊した光景がありました。
    関西人の筆者は(被災地域の住民ではないので直接の難には遭遇しませんでしたが)、神戸の街で崩れたビルを見て感じた寂寥感は忘れません。
    本話で「とても静かなのが不気味だった」と書いたのは、そのときの感覚があります。
    実際の現場ではそんなに静かなはずはないのでしょうけどね。
    あれから歳月が過ぎ、東北では地震で直接倒壊した建物は少なかったようです。
    それでも津波があった訳ですし、大地震が多くの人の人生を変えることに変わりはありません。
    本当に、このような災害はファンタジーだけのものであって欲しいと思います。

    クリスタルボックスは非常にメジャーですが、私は大好きなイリュージョンです。
    女性がガラス箱の中に入っているだけでも素敵なのに、さらに狭いネタの中に隠れている。
    ステージに空っぽのガラス箱が出てくると、それだけで、おぉっあの中に女の子が入ってる入ってる入ってると3回唱える始末(笑)。
    今回は書けませんでしたが、複数の女性が箱の中に出現するパターンもあって、これはさらに喜びます。
    また、男性が箱に入って女性に変化するような演出もあり、このときも男性が1人なのに女性が2人出てきたりして萌えます。
    狭いガラス箱の中に何人もの女性が身を縮めて入っている姿は、もうそれだけでご飯がいただけます^^。
    私は今まで、大人の女性だと3人、小学生低学年くらいの女の子が6~7人くらい出現するのを見たことがあります。
    一度に何羽のハトを出せるかマジックで競う話がありますが、同じサイズの箱から何人の女の子を出せるか競ったら面白いでしょうね。
    もちろん、隠し通路を通って舞台裏からぞろぞろ出てくるようなのは反則ですよ。
    いつか複数女性の箱詰めもSSに書きたいものです。

    イラストは例によってパワーと時間不足で1枚だけです。
    箱の中で猫みたいに丸くなって眠っている逸美ちゃんの姿も描きたかったのですが、やはり無理でした・・。
    皆様には情景を想像で補って下さいね。

    ありがとうございました。

    # 12.2.19訂正 インパルドをなぜかインパルスと書いてました。恥ずかしい~っ。




    イリュージョン八景 第五景・アダルトタッチなショータイム

    1.
    船室からデッキに出ると冷たい風に思わずショールの前を合わせた。
    南欧の海といっても、12月だからかなり寒い。
    今夜のドレスコードはフォーマル。
    こんなに薄いカクテルドレスで出てくる場所じゃないわ。
    あたしは引き返しかけて、デッキに意外と人がたくさんいることに気づいた。
    ほとんどがカップル。女性達の衣装は自分よりもずっと高露出だ。
    あのブロンドのお姉さんなんてイブニングドレスの胸元はおっぱいがこぼれそうだし、背中も大きく開いてお尻まで見えそうなのに、それを気にすることもなく一緒にいる男性と海の上に身を乗り出してはしゃいでいる。
    白人って寒さの感覚が違うのかしら。

    「こんなとこにいたの、千早。ショーが始まるよ」亜衣が来て言った。
    あたし達は有給休暇を使って二人で地中海のクルージングツアーに参加してる。
    実際のところはイタリア語の話せる亜衣にあたしがくっついて来てるんだけど。
    「あ、ごめん」
    「あら。ここ気持ちいい!」
    亜衣は水色のドレスのスカートをたくし上げて風を入れてる。この子もどこか変だ。
    「いいの? ゆっくりしてて。愛しのフェルちゃんに会えるんでしょ?」
    「いけない」
    亜衣があわてて引き返し、あたしもついて行く。
    行き先はショーラウンジ。この旅行最大の目的であるマジックショーがまもなく始まるのだ。

    2.
    ラウンジのテーブルに座った。
    さっそくボーイが来たので、二人で同じカクテルを頼んだ、
    見回すと6割くらいのテーブルが埋まっていた。
    船客のすべてがショーを見に来ている訳ではない。船内ではいろいろなショーを毎日やってるから、好きなものだけ見に来ればよいのだ。
    「千早、フェルちゃんなんて略したら駄目だよ。Ferdinando Barzagli(フェルディナンド・バルツァリ)様なんだからね!」
    亜衣が言う。わかってるけどね、そんな長い名前、憶えられないでしょ。
    フェルちゃんは亜衣が入れあげているイタリア人のマジシャン・イリュージョニストだ。
    日本には何年かに一度しか来てくれないから、亜衣は海外遠征して彼のショーを追いかけている。
    そして今回はあたしが追っかけ同行の犠牲者になった訳。

    やがて会場が暗くなって、正面のステージに女性ダンサーが4人出てきた。
    どの人もすごい美人だった。
    薄い半透明の衣装の下には綺麗なバストが見えていて、そのまま二人ずつ向かい合って手足を絡み合わせるように踊った。
    すごいなぁ、たまらなくセクシー。
    こんなの日本では見られないよ。
    やがてタキシードをまとった背の高いイケメン男性が登場した。
    「フェル様♥~!!」亜衣が声援を送る。おい、あんたも省略してるじゃないの。
    フェルちゃんはあやしく微笑みながら、胸のポケットからハンカチを出して手の中で揉んでバラの花に変えた。
    そしてそのバラを空中に投げるとステッキに変えた。
    亜衣は両手を胸の前で握りしめて、潤んだ目でフェルちゃんを見ながら、彼に演技にいちいちうんうん頷いている。
    そしてフェルちゃんが決めポーズをするたびに、大げさにぱちぱち拍手をしている。
    これは、ショーよりも亜衣を見ている方が面白いわ。
    あたしはグラスを口に運びながら、亜衣とステージを交互に眺めた。
    ダンサーはいなくなってしまって、フェルちゃん一人でマジックをしている。
    正直なところ彼のマジックは退屈だった。
    ダンサーのお姉さんを見ていた方が目の保養だよ。
    亜衣がどうしてこの程度のマジシャンに惹かれるのか分からなかった。
    でも、その後イリュージョンが始まると、あたしは亜衣のことなんか忘れてステージに見入ってしまったのだった。

    3.
    大きな額に入った人物画が登場した。
    それはほぼ等身大の大きさで、若い金髪の女性が後ろ向きにシャワーを浴びている絵だった。
    観客の前でくるりと回転させて反対側まで見せてくれたけど、裏には何もなく、全体の厚みも額と同じだけしかなかった。
    フェルちゃんが大きな布を前にかかげて絵を隠した。
    ほんの数秒後、その布を取り下げると、絵の前に女性が立っていた。
    絵に描かれていた美女だった。胸から下にバスタオルを巻いた姿で、客席の方を見ながら驚いた顔で立ちすくんでいる。
    絵の中の美女は消えて、シャワーのお湯が注いでいるだけの絵になっていた。
    大きな拍手が起こった。
    すごい! あんな一瞬にどうやって出現したのだろう。

    美女がフェルちゃんに訴えている。何か着るものを出してよ!
    白い布を張ったついたてが出てきた。ついたての手前には赤いミニドレスと白いショーツが掛かっていた。
    美女は喜んでドレスと下着を手にすると、ついたての反対側に隠れた。
    向こう側でライトが灯いて美女のシルエットがついたてに映し出される。
    彼女は胸に巻いたバスタオルを外して、それをついたての上からフェルちゃんに渡した。
    全裸になった美女のシルエットはショーツを調べるような仕草をしている。
    するとフェルちゃんがにやっと笑ってついたてを脇に移動させてしまった。
    オールヌードで後ろ向きの美女が、顔だけをこちらに向けて大げさな悲鳴を上げた。
    笑いが起こる。
    「やだ」
    あたしは小さな声でつぶやいた。内心別に嫌だとは思わなかったけれど、同じ女性としてとりあえず反応した。
    亜衣は相変わらずうるうるした目でステージを見ている。こいつ、フェルちゃんしか見てないんじゃないのか。

    美女はフェルちゃんを叱り付けてついたてを取り戻すと、再び反対側に隠れた。
    ライトで映し出されたシルエットが身をくねらせてショーツに足を通している。
    すると今度は、フェルちゃんが離れた場所に立ったまま人差し指をくるくる回した。
    と、どうしたことか、ついたてが客席の方に向かってぱたりと倒れてしまった。
    ショーツを穿いただけの美女が胸を手で隠して再び悲鳴を上げる。
    アクシデントを期待していた観客が大喜びで拍手と口笛を送った。
    彼女が胸を隠す前に豊満なバストがぷるんと揺れるのを誰も見逃さなかったと思う。
    「あら♥」
    あたしも声を出した。今度は、つい、興奮して声が弾んでしまった。
    亜衣は・・、もうこの子はどうでもいいわ。

    フェルちゃんが走り寄って、ついたてを立て直して美女を隠す。
    美女はほっとした顔で立ち上がり、ついたての陰から歩み出てきた。
    すると、何と彼女はあの赤いドレスを着ていたのだ。
    何秒か前まで裸だったのに、いったいどうなっているんだろう?
    他のお客さんと一緒に、今度はあたしも惜しみない拍手を送った。

    4.
    周りを金網で張った檻が引き出されてきた。
    幅と奥行きは1メートルもないくらい、人間が一人立っていられるだけの狭い檻だった。
    フェルちゃんが赤いドレスの美女を檻の中に導き、扉を閉めて鍵を掛けた。
    彼女は狭い檻の中で両手をあげて、腰を振りながら踊っている。
    たくさんの細い金属のパイプを乗せたテーブルが出てきて、フェルちゃんがパイプを一本手にした。
    ちょうど美女の腰の右側を狙って金網にパイプを刺す。
    美女は身をよじってパイプを避ける。パイプは檻の中を通り抜け、反対側の金網に突き刺さった。
    今度はウエストの左横に刺して、反対側まで突き抜けさせた。
    彼女は2本のパイプに腰を挟まれたことになる。
    このようにして、フェルちゃんは檻の周囲から次々とパイプを刺した。
    パイプは美女の身体に突き刺さりはしなかったけれど、周囲の空間を突き抜けて彼女の動きを制限していった。
    手や足の周りなど関節の要所要所がパイプに制されてゆく。
    いったい何本のパイプが刺さっているんだろう。

    檻の中の美女  檻の中

    フェルちゃんは檻の後方に立ち、新たなパイプの狙いを定めた。今後は美女の両足の間!
    スカートの下からパイプが顔を出した。斜め下に向かって突き出されたパイプの先端がぐいと持ち上がる。
    綺麗な太ももがほとんど根元まで露わになった。
    「ア・・!」美女が声を上げた。
    股間を通るパイプが彼女の下着に当たって押し上げているのが分かった。
    ごくり。思わずつばを飲み込んだ。
    「ああっ・・」横で声がしたので見ると、亜衣が自分の胸を押さえて震えている。
    亜衣、あんた、あの人になったつもりでいるの?
    檻に閉じ込められて、愛するフェルちゃんの刺すパイプに全身を絡め取られ、身動きの自由もなくなった自分。
    はぁ~。よかったね。これからしばらく妄想のネタに困らなくて。

    ステージではフェルちゃんが、きわどい位置を刺激するようにパイプを追加していった。
    太ももの内側、脇の下、胸の先端・・!
    美女は喘ぎ声を上げていた。その表情にはエクスタシーが表れていた。
    あの人、何であんな声を出すのよ。何であんなに色っぽいのよ。
    ああ。もう、あたしも亜衣をバカにできない。
    これって、イリュージョンだよね、SMショーじゃないよね?
    もし自分が男だったら、男なら、絶対に立ててるぞっ。・・いけない。我ながら下品だった。
    周りのテーブルを見回すと、どの人も落ち着いてステージを見ていた。
    こっちの人はみんな大人だな。
    それにくらべて日本から来たあたし達なんて・・、と、気がついた。
    どのお客も穏やかではなかった。
    斜め隣のテーブルの上品な女性が身をのばして隣のご主人?とキスしてる。
    あそこのカップルのお兄さん、お姉さんの膝の上に手を置いて、その指がスカートの中に入ってるじゃない!
    あたしは一人で顔を赤らめた。
    このショー、すっごい大人向けなんだ!!

    ステージではようやくフェルちゃんが全部のパイプを刺し終えた。
    檻の周囲を歩いて、何本かのパイプをノックするように叩いた。
    そのたびに檻の中から美女の我慢できないような声が響いた。

    5.
    フェルちゃんが客席に向かって何か話した。
    客席から静かな笑いが返る。
    「何て言ったの?」亜衣に聞いた。
    「え? んー、皆さんは何か不思議なことが起きると期待しているのですか、私はこのままで十分楽しいけれど、だって。・・あん、もう、彼ったら」
    あん、もう、やないやろー!
    あたしは心の中で亜衣に突っ込む。
    ドSだっ。フェルちゃん、すっごいドエス!

    音楽が変わって、さっきのセミヌードのダンサーさん達が檻の周囲で踊り始めた。
    踊りながら大きな紫色の布で檻を覆った。檻の中が見えなくなる。
    ステージが暗くなって、スポットライトが当たった。
    フェルちゃんの掛け声。そして布がはらりと床に落ちた。
    すると、檻の中の美女は引き続きパイプに絡め取られたままで、衣装の色も赤いままだったけど、その衣装が変わっていた。
    同じ赤でも、ドレスからバニースーツに変わっていたのだ。
    おお~っ。どよめきが起こる。
    フェルちゃんは金網に刺さったパイプを一本ずつ抜き取って、檻から美女を解放した。
    バニーさんになった美女は、ちゃんと網タイツをはいて、ウサギの耳や蝶ネクタイやカフスなども小物もちゃんとつけていた。
    二人は檻の前でポーズを取る。
    バニーさんの頬が紅潮していて、とてもセクシーな雰囲気だった。
    盛大な拍手と声援。
    あたしと亜衣も精一杯拍手をした。

    6.
    会場が明るくなって、しばらく休憩になった。
    亜衣はカクテルグラスを空けると、ふーっと息をしながら自分の胸を押さえている。
    「亜衣、ねぇ、あーい!」
    亜衣はようやくあたしの方を見た。
    「亜衣、感じてたでしょ?」
    「感じてたって?」
    「さっきのイリュージョン見て、えっちな気分になったってこと」
    「え? そ、そんなことっ、ない」
    あたしが言うと亜衣は真っ赤になって否定した。イエスと答えたのと同じだった。
    この子はフェルちゃんを追いかけてヨーロッパまで来る行動力があるくせに、根は素直で純真だからからかい甲斐がある。
    「あなたもアシスタントになりたいんじゃないの? セクシーな美女の役」
    「わ、わたしなんて無理」
    「ほぁら、愛しのフェル様が亜衣を狭い檻に閉じ込めるのよ。それで、細い棒でちくちくと責められるの」
    「あぁ、そんな・・」
    亜衣は、たったそれだけでとろけそうな顔になった。あんた、屈服するのが早すぎるよ。
    「ち、千早だって、」
    あー? あたしだって?
    「千早だって、すごくえっちな顔、してたじゃない、」
    見てたの?
    「ま、・・まぁ、あたしも、楽しかったかな」

    7.
    フェルちゃんとさっきのバニーさんが再び登場した。
    フェルちゃんは何か喋りながらステージから下りてきた。
    ラウンジのテーブルの間を歩いて、ご丁寧にも全部のテーブルの女性の手をとってその手にキスしている。
    最後のテーブルがあたし達だった。
    フェルちゃんはあたしの手にキスをし、それから亜衣の手をとって椅子から立たせた。
    「え? ・・なに?」
    慌てる亜衣にフェルちゃんが何か言った。
    「わたし?、そんな、無理ぃ・・」
    もごもご口走っている亜衣をフェルちゃんはいきなりハグした。
    「ああああ」亜衣の頭のてっぺんからピーという音をたてて蒸気が吹いたように見えた。
    フェルちゃんが亜衣の耳元で何かささやく。
    「あぁっ。は、はい・・」
    え、何て言ったの?
    亜衣はフェルちゃんに手を引かれて、そのままステージに出ていった。

    ステージにはバニーさんが椅子を置いて待っていて、亜衣はその椅子に座らされた。
    ごく普通の木製の肘かけ椅子だった。
    フェルちゃんは亜衣に小さな声で説明している。亜衣がわずかにうなずく。
    バニーさんが大きな白い布を持ってきた。
    フェルちゃんと二人でその布を広げて、亜衣の上からふわりと被せた。
    亜衣の水色のドレスが白布の下に隠れた。
    爪先まで布を被せると、フェルちゃんは真っ赤な赤いリボンを全体にぐるぐる巻きつけて縛った。
    亜衣を覆う白布の塊は、赤いリボンで梱包されたプレゼントのようになった。
    フェルちゃんは客席から男性客を招き上げて、白布に抱きつかせた。
    その男性は中身が確かに人間であることを確認してOKと返事する。

    ドラムロールが響いた。
    フェルちゃんが掛け声と共に白い布を両手で押し潰した。
    中に亜衣が入っているはずの白布の塊は、そのまま何もなかったかのように崩れて椅子の形になった。
    ええっ!?
    白布を取り除くと、椅子に座っていたはずの亜衣が消えていた。
    場内から一斉に拍手が湧き上がった。
    フェルちゃんはバニーさんと手をとって頭を下げて挨拶した。
    亜衣、どこに行っちゃったの?
    あたしは口をぽかんと空けたまま、歓声に応えるフェルちゃんの笑顔を見ていた。

    8.
    ショーが終わっても、亜衣は戻ってこなかった。
    あたしは亜衣の残したバッグを持って一人で船室に戻った。
    ・・ふわりと広がった白い布。その下の亜衣の顔。
    あの子、素敵な顔だったな。
    緊張と嬉しさと、そしてセクシーな表情だった。
    長年のファンだったフェル様のイリュージョンのモデルができて、よかったね。
    これであんたが二度と戻ってこなくても、あたしは亜衣のこと、忘れないよ。
    なんて本気で考えたら、亜衣に怒られるね。

    亜衣が帰ってきたのは、それから2時間も後だった。
    ドアがノックされたので亜衣だと思って開けたら、そこにいたのはフェルちゃんだった。
    「フェルちゃんっ、じゃなくって、えーっと、フェルディなんとかさん!」
    フェルちゃんはにこにこ笑いながら何か早口で喋り、そして傍らに立っていた亜衣の背中を押して部屋に入れると「サヨナーラ」と言って手を振りながら去っていった。
    亜衣は部屋に入っても呆けた顔で立ちつくしたままだった。
    「亜衣、大丈夫?」
    大声で呼びかけるとあたしを見てにたぁっと笑い、それから「フェル様ぁ」と言って卒倒した。

    クルーズの残りと日本に帰国するまでの間、亜衣はずっと夢うつつの状態でふぬけていた。
    どうやらショーの後フェルちゃんの個室に招かれ、何か特別なサービスを受けて「天にも昇る気持ち」を味わったらしい。
    それが実際にどんなサービスだったのかは、いくらとっちめても白状しなかった。
    ただ、気絶した亜衣をベッドに寝かせてドレスを脱がせたとき、彼女の首筋や太ももの内側に赤いキスマークがいくつも残っていたことはあたしだって分かっている。
    女の子の扱いに慣れたイケメンに迫られて、奥手の亜衣があれこれ許してしまったことは想像に難くない。
    あのイリュージョンで亜衣がどうやって消えたかについては、自分でも判らないという。
    フェルちゃんに指示された通りにどこかに隠れたらしいけど、肝心の隠れ方については記憶の中に霞がかかったようで思い出せないらしかった。
    まさか、フェルちゃんのサービスって、それを忘れさせるための催眠術だった、なんてことはないよね?

    まあ、いいわ。
    初めて見たフェルちゃんのショーはとってもドキドキして面白かった。
    ひょっとして、ショーで消した女の子はみんな部屋に連れ込んで美味しい思いしてるんじゃないかこの野郎っ、なんて思ったりしたけど、それで不思議と腹が立つこともなかった。
    どうやら、あたしも彼のファンになってしまったのかもしれない。
    次に亜衣がフェルちゃんの追っかけをするとき、また一緒に行こうと思う。
    そして、彼のイリュージョンのステージに今度はあたしが上がるのだ。
    箱に入って真っ二つに切断されようと、檻の中に閉じ込められて虎に変えらようと、どうなってもかまわない。
    セクシーでアダルトタッチなフェルちゃんのショーに、あたしもちょっと参加してみたいのだ。
    ・・別に、彼のアフターサービスを期待している訳じゃ、ないんだからね。
    でも、そうね、彼と一緒に万が一、ってこともないとはいえないし、もちょっと胸元が開いたドレス、新調しとこうかな。



    ~登場人物紹介~
    亜衣: 24~5才くらい。OL。フェル様の追っかけで地中海のクルージングツアーにやって来た。
    千早: 24~5才くらい。OL。本話の「あたし」。
    フェルちゃん: 27~8才くらい。イタリア人イリュージョニスト。本当の名前はフェルディナンド・バルツァリ Ferdinando Barzagli。

    またまた更新が遅れ、2ヶ月ぶりのイリュージョン八景となりました。
    イリュージョン好きの皆様には大変長くお待たせすることになり、申し訳ありませんでした。

    セクシーを売りにするマジック・イリュージョンショーは世の中にたくさんあるようで、ネットでも女性のマジシャンやアシスタントがトップレスで登場したりする画像や動画を見ることができます。
    今回は、エンタテーメントとして下品になり過ぎない範囲で、全裸の美女やSMっぽいネタまで出しましたが、どうだったでしょうか。
    そんなショーを見る主人公の女性が「あら♥」とか言って興奮してしまうのは、私のSSではもうお約束かもしれませんね(笑)。

    檻の周囲から棒を挿して中の美女動きを封じるイリュージョンは、実際にイラストのようなフェティッシュ系の写真を見て思いついたネタです。
    私の下手な絵ではぜんぜん色っぽく見えませんが、美女が悶えている様子を想像してもらえたら幸いです。
    それにしても、これでどうやってバニーガールに変身できるのでしょうか?
    私には想像できませんが、世の中にはそれくらいやってくれるイリュージョニストもきっといることでしょう(笑)。

    さて、全8回のこのシリーズも残り3回です。
    残りのお話はまだ出来上がっていませんが、うち1回はエスケープを題材にしようと決めています。
    ここのところなかなか更新できずにいるので、最終回にたどり着くまでまだ何ヶ月かかかりそうな気がしますけど^^。
    これからもイリュージョン八景をよろしくお願いいたします。

    ありがとうございました。




    イリュージョン八景 第四景・二人一役

    1.[サヤ]
    出番まで30分。
    私は妹を残して先に楽屋を出た。
    途中、誰ともすれ違わなかったけど、私は手にしたハンドタオルで胸とお腹の前を隠して急ぎ足で歩いた。
    そもそもイリュージョンのアシスタントの衣装って、どうしてこんなに露出が大きいのか。
    ビキニのブラにローライスのショートパンツ、ブーツを履いたスタイルはセクシーで可愛いし、私だって観客だったらアシスタントの美女はこれくらい大胆でいいと思う。
    でも半年前にこのお話を受けたとき、私は自分がこんな格好をするとは思ってもいなかったのだ。

    妹は活発でスポーツ大好き。高校ではチアリーディングをしていたから、肌を見せる衣装に抵抗はないようだ。
    それに比べて私は手芸とお菓子作りが好きなインドア派。ビキニどころかミニスカートで足を出すことも恥かしいくらいだったから、これを着るのは100階建てのビルから飛び降りる思いなのだ。
    だいたい、一卵性双生児だから性格や好みまで同じと考えるのは世間の誤解だ。
    私達は両親が早くに離婚した関係で遠く離れて別々に暮らしてきた。
    妹は新しいお父さん、私は新しいお母さんと一緒に別々の生活を18年もしてきたのだから、性格や趣味は同じにならなくて当たり前だ。
    もちろん、私達は他人同士という訳ではなく、ちゃんと月に1回は会って仲良くしてきた。
    だから双子の姉妹という意識はなくて、どちらかというと外見の似た同い年の友人という感覚だった。
    それがある日を境に、友人ではなく同じ人間になりきることになったのだ。

    それぞれ地元の高校を卒業したときだった。妹は大学、私は専門学校に進路が決まっていた。
    私達のことをどこで知ったのだろうか、芸能事務所の人がやってきてイリュージョンのアシスタントをしてくれませんかと頼まれた。
    小さいときから別々に暮らしているから、私達が双子だと知っている人は親戚以外にほとんどいない。
    これはイリュージョンにはとても都合がいい。
    アメリカやロシアのイリュージョンにも双子の女性はたくさんいるけど、広い大陸では故郷を離れれば双子だと知る人はまずいない。
    ところが狭い日本では「あの人、うちの近所の双子」と誰かが言えばたちまち知れ渡ってしまうそうだ。
    稽古と定期公演のとき以外は、私達はそれぞれ大学と専門学校に行って今まで通りの生活をしてよいと言われた。
    イリュージョンに出演していることも公言して構わない。
    双子の姉妹がいることだけは絶対に秘密だけど。

    2.[サヤ]
    ステージではもうプログラムが始まっていて、マジシャンが別の演目をやっていた。
    舞台に隣接する小部屋に入ると、そこには細長い箱が立てて置かれていた。
    「待ってたよ、マヤちゃん。さっそくだけど入って」
    ネタ準備担当の男性が箱の扉を開けて手招きした。
    「私、サヤです」
    「あっと、違ったっけ?」
    「いつも間違うじゃないですかぁ」
    「がはは。悪い悪い!」
    この人はいつも私を妹と間違う。
    確かに外見で区別できないのは分かるけど、もう何日も同じショーをしているのに、いい加減に覚えて欲しい。
    まあ、いいわ。
    私は箱に入って手前を向き、奥の壁に背中をつけて両手を上げて頭の後ろで組んだ。
    この箱は私の身長に合わせて作られていて、こうすると上にあげた肘がちょうど箱の天井に触れるようになっている。
    「はい、どーぞ」
    「よっしゃ!」
    男性が私の身体にベルトを掛けた。
    胸の上下と太もも、膝、足首。
    箱の中で動かないようにしっかり締めて、奥の壁に密着させられる。
    そう、私は固定されるのだ。もう自分では動けない。
    「はぁ~」
    「気分はどう?」
    「いつものことですけど、あんまり嬉しくありません。何だか人体実験の材料みたいで」
    「わはは」
    豪快に笑われてしまった。
    もうっ。私はこの男性にべっと舌を出す。
    「じゃ、ひっくり返すよ」
    男性は別のスタッフと二人がかりで箱を持ち上げ、そのまま横に倒して置いた。
    箱に固定された私も横向きになる。
    「問題ないね」
    ベルトに緩みがないことをチェックすると、再び箱を持ち上げ、さらに90度回して立てた。
    私は頭を下にして逆立ちになった。
    左右の肘と頭のてっぺんで体重を支える、3点倒立の状態。
    ベルトで固定されているから、バランスを崩して倒れてしまうことはない。
    「大丈夫?」
    男性がしゃがみ込んで私に聞いた。
    「OK、です」
    「よっしゃ。じゃ、がんばってね」
    男性が立ち上がって、私の視界から消えた。
    ごり。小さな音がして、私を固定する背中の壁がどんでん返しのようにくるりと裏返った。
    この裏側には狭い空間があって、私はその中に隠されたのだ。
    ふう・・。
    私は深呼吸した。
    舞台で妹と入れ替わってお客様の前に登場するまで、今からだいたい10分くらい。
    それまで私は真っ暗な箱の中で倒立したまま過ごすのだ。
    もう、私がすることは何もない。何もできない。
    ただのマネキン人形。
    はぁ・・。
    もう一度、深呼吸した。
    このイリュージョンはもう何十回もやってるのに、どうしてやる度にこんなに切ない気持ちになるんだろう。
    「お早うございまーす!」
    外で女の子の声がした。妹のマヤだ。
    私の準備ができるタイミングを計ってやってきたのだ。
    私達は楽屋の外では一緒にいるところを見られないように指示されている。
    コンコン。箱が外から小さくノックされた。
    「がんばろうねっ」
    うん。がんばるよ。私は声に出さないでマヤに返事をした。


    3.
    舞台にはマジシャンの男性とアシスタントの美女が登場した。
    美女は前に進み出ると音楽に合わせてダンスをする。
    銀色のセクシーなコスチュームで足を高く上げて踊る姿に、男性客の多くと女性客の一部は胸をときめせる。
    その間に男性アシスタントが小振りな電話ボックスのような箱を引き出してきた。
    箱の正面の扉を開けると中は空っぽである。
    マジシャンが美女を招いて箱の中に立たせた。
    彼女は両手を上に上げて頭の後ろに組んで、身体をくねらせながら妖しく微笑んでいる。
    男性アシスタントが美女の身体をベルトで拘束した。
    マジシャンは箱の中を観客に見せてから、扉を閉める。
    男性アシスタントが二人がかりで箱を持ち上げ、上下を反対にして置いた。
    扉を開けると、中の美女は先ほどと同じ姿勢のまま逆さまになっている。
    箱を舞台の左右の端まで移動させて、箱の中の様子を観客によく見せる。
    両手を上に突っ張って、逆立ちしている美女。
    がんばって笑顔をしているが、やや辛そうだ。
    心なしか、顔に血が上って赤くなっているように見えた。
    ・・ちょっと可哀想だね。
    観客が小声で話している。
    マジシャンが箱の扉を閉めて、呪文を唱え魔法をかけるような仕草をした。
    男性アシスタントが箱をコマのようにくるくる回す。
    ドラムロール。

    箱の中で上下逆転

    箱の扉を開けると、何と美女は元の向きに戻っていた。
    身体を固定するベルトはそのまま、両手を頭の後ろで組んで立っている。
    狭い箱の中で彼女はどうやって回転することができたのだろうか。
    男性アシスタントが美女の身体に掛けたベルトを外した。
    マジシャンにエスコートされて箱から歩み出る美女。
    箱から出るときに少しふらついたが、マジシャンが腰を支えていたので転ぶことはなかった。
    その顔は明らかに紅潮していた。
    観客の拍手を浴びて、二人は並んでポーズをとる。

    4.[マヤ]
    舞台横の小部屋に戻ってきた。
    あたしを固定した回転扉がくるりと回った。
    目の前の扉が開き、まぶしさにあたしは目をしばたかせる。
    「お疲れ様っ。サヤちゃん」
    道具担当のお兄さんが目の前で逆さまになって笑っていた。
    いや、逆さになってるのはあたしの方なんだけどね。
    「もう、あたしはマヤですってば」
    あたしは逆立ちのまま抗議した。この人はいつもあたしをお姉ちゃんと間違うんだから。
    「あ、ごめんごめん! がはは」
    もう。そんなに豪快に笑わなくてもいいから、早くあたしを助け出してよ。
    「よっと」
    二人がかりで箱の向きを逆転してもらう。
    「ふうっ」
    ようやく天と地の方向が元に戻り、あたしは深呼吸をする。
    ベルトを外してもらって、あたしは箱から出た。
    「自分で立てる?」
    「大丈夫ですっ」
    あたしは差し出された手を断る。
    横のテーブルに置いてあったハンドタオルを取って歩き出した。これ、サヤのだ。
    廊下に出ると一瞬、軽い目まいがして壁に手をついた。
    はぁ~。
    4~5分くらいかな。逆さになってたのは。
    サヤはもっと長い時間逆立ちしているのよね。感心しちゃうよ。
    たまには替わってあげて、あたしが先にネタっ子になってもいいんだけど、それは駄目なんだ。
    先にネタに隠れているのは姉のサヤ、ステージに登場して後からネタに入るのは妹のマヤ。
    分担は決まっていて替わることはできない。
    その理由はっていうと、まずサヤはイントロパートのダンスが得意じゃないってこと。
    そしてもうひとつ、これが本当の理由なんだけど、ステージでお客さんの注目を浴びる役はどっちか一人に固定することが必要だということ。
    たとえ双子でも、細かい仕草やクセなんかは同じじゃない。
    手を振ってにっこり笑うだけでも、よく見ると個性が出るって言われた。
    だから、最初にステージに登場して箱に入る役は、必ず、あたしなんだ。
    サヤは最後でほんの少し出るだけ。
    あたしは手にしたハンドタオルで額の汗を拭いた。
    そのタオルは、あたしのとは違うサヤの匂いがした。

    5.[マヤ]
    楽屋に戻ると、サヤが舞台衣装のままで待っていた。
    「お疲れ様~!」
    双子の秘密を守るため、公演中の楽屋に部外者は入れないようになっている。
    逆にあたし達も揃って外に出ることはできない。
    だから、あたし達はいつも楽屋にこもったまま、学校の出来事や友達、男の子のことなんかをお喋りして過ごしている。
    「・・ね、コーヘイくん、どうなったの?」
    サヤがさっそく聞いてきた。コーヘイくんは合コンで知り合った大学生だ。
    「それがね、彼ったら、イタリアンに入ったら、一人でピザ3枚も食べるの!」
    「まぁ~っ」
    「それで、あたしもつられて、つい食べすぎちゃった」
    「どれだけ?」
    「・・その、シーフードのピザとバジルのパスタ一皿ずつ」
    「マヤ、どれだけ、このお腹に入るのよぉ」
    サヤがあたしのお腹をぱしりと叩いた。
    「大丈夫よぉ。次の日はダイエットしてるんだから」
    「でもさ、もしマヤが太ったら、私も合わせて太らないといけないのかなぁ」
    「そうだよ、きっと」
    「やぁだあ!」
    「きゃはは」
    あたし達はまるで仲良しの女子高生同士みたいに手を絡ませて笑い合う。
    「・・あれ? ね、ここどうしたの?」
    サヤがあたしの脇腹を指差した。
    言われて見ると、確かに少し赤くなってふくらんでいた。
    「ほんとだ。蚊かな?」
    「第2部の前にメイクさんに報告するんだよ」
    あたし達が注意するように言われていることは、体形維持と肌の状態だ。
    ちょっとした傷や虫刺されでも必ず申告しないといけない。
    小さな傷はドーランで隠す。ドーランで隠せない場合は、その部分にワッペンを貼ったりペイントを施して隠すのだ。
    もちろん日焼もNG。
    夏でも普段は長袖で肌を隠さないといけない。
    あたしは高校のときはいつもタンクトップとショーパンでおへそも平気で出してたから、この生活はけっこう辛いものがある。
    でもそのご褒美に、この夏あたし達はタヒチの海で思いっきり泳がせてもらえた。
    生まれて初めての海外旅行はとても楽しかった。
    二人揃ってのお買物や食事、カラオケも声が枯れるほど歌いまくった。
    ただし、二人は同じ水着をつけさせられて、日焼けも同じ焼け方になるよう毎晩きっちりチェックされたんだけど。
    「マヤ、あんたお腹出して寝るから刺されるんだよ」
    「えー、ちゃんとベープ焚いてるけどなぁ」
    確かにあたしは、いつもブラとショーツだけで寝てる。
    「他に刺されてないでしょーね?」
    サヤがあたしの背中を調べ始めた。
    「ほれ、寝転んで」
    「あぁん」
    あたし達はこの仕事をするようになって、確実に近しくなっていた。
    別々に暮らしてきた期間が長かった分、不思議なほどに目の前にいる自分のコピーが愛おしく思えた。
    「サヤ。そんなトコ、刺される訳ないじゃない」
    「んなこと分からないでしょ?」
    サヤはあたしのうなじの髪をかきあげている。そのまま耳の後ろを触られた。
    その指触りが艶かしい。
    あぁ・・、このシチュエーションは、ちょっと危険。
    あたし、サヤに触られて興奮しちゃってる。サヤも様子が変だ。
    「きゃん!!」
    サヤの中指と薬指がブラの中に入ってきて、あたしの乳首をはさんだ。
    「ねぇ、・・わざとやってる?」「えへへ、やってる」「もうっ」
    知らないからね。どうなっても。
    あたしは向き直ってサヤの顔に手を伸ばした。
    「マヤ・・」「ん・・」
    そのまま唇を合わせた。


    6.
    2回目のステージの前にマネージャーが楽屋に来て、次の公演から新しいイリュージョンになると説明した。
    それによると、マヤは円筒形のロケットに入って発射台から打ち上げられる。
    このロケットには大きな窓があって、中で手を振るマヤが見える。
    ロケットはワイヤーで吊られて高さ3メートルくらいまで上昇して、そこで空中分解してばらばらになってしまう。
    すると客席の上に吊るされていた大きな月球儀が二つに割れて、中からブランコに座ったサヤが降りてくるのだ。
    二人のコスチュームは銀色の宇宙服で、まだ製作中だがセクシーさとかっこよさを兼ね備えたデザインにするという。
    「その衣装、またビキニですか?」サヤが恥かしそうに聞いた。
    「えっと、今度はTバックのハイレグって言ってたかな」
    「へぇ、楽しみ~」マヤが言った。
    「いやだぁ~」サヤがぼやく。
    「念のために聞くけど、サヤちゃん高所恐怖症ってことはないよね?」
    「あ~っ!! 私、高いところ全然ダメっ」
    「え? そうなの? ・・マヤちゃんは?」
    「あたしは平気ですけど」
    「そうか、双子でも違うもんなんだね」
    「双子だからって、高所恐怖症まで似ません!!」サヤとマヤが揃って文句を言った。
    「しかたないなぁ。サヤちゃん、トレーニングしても高いところは駄目かなぁ」
    「ダメダメダメっ。劇場の天井なんて、すっごく高いじゃないですか! 絶対にダメです!」
    「うーん」マネージャーは頭をかいた。
    「じゃ、今度だけはマヤちゃんがネタに入る?」
    「はい。あたしは大丈夫です。いつもサヤに苦労してもらってるし」マヤが答えた。
    「うぅ、ありがとっ。マヤ」
    「じゃあ、マヤちゃんに頼もうか。今度は前準備も大変だから、頑張ってね」
    「前準備って?」
    「会場の設営だよ。月球儀は最初から吊るしておく必要があるから」
    「え」
    「そうか。もしかしてお客さんが入る前から?」サヤが気付いた。
    「もちろんだよ」
    「それ、どれくらいの時間ですか!?」マヤが聞く。
    「開場は開演30分前。設営はできるだけ遅くするように配慮するけど、それでも1時間前には入ってもらうかな」
    「えー!」叫ぶマヤ。
    「頑張ってねっ。マヤ!」サヤがマヤの背中を叩いた。
    「サヤちゃんも頑張ってもらうんだよ」
    「え、私もですか?」
    「そう。サヤちゃんは二つに割れたロケットの中に入ってるんだけど、そのまま舞台の天井に吊り上げて収納するんだよ」
    「え、また天井?」
    「外は見えないから安心して。・・それより公演が終わるまでそのままなんだ」
    「入ったままなんですか」
    「だって、吊るしたままだとロケットから出れないでしょ」
    「あ、あの、それ、どれくらいの時間ですか?」サヤが聞く。
    「出してあげられるのはお客さんが帰った後だから、だいたい1時間くらいかな?」
    「えー!!」叫ぶサヤ。
    「頑張ってねっ。サヤ!!」マヤがサヤの背中を叩いた。

    ふ、ふふふ。
    あは、あはは。
    サヤとマヤは同時に笑い出した。
    そう。アシスタントを引き受けると決めたときから、覚悟はしていたのだ。
    自分達が二人一役でないとできない仕事なんだから、どんなに大変なネタだって頑張ると決めたのだ。
    二人はどちらからともなく手を握り合った。
    あたし 達、頑張りますっ。よろしくお願いします!」
    そう言って頭を下げた。



    ~登場人物紹介~
    サヤ(沙耶):18才。双子の姉。
    マヤ(摩耶):18才。双子の妹。

    前回がコメディだった反動か、すいぶんフェチ色が濃ゆくなりました。
    箱の中で逆さまになった女性が入れ替わるイリュージョンは、実は今までキョートサプライズ(KS)で2回登場しています。
    これで3回目ですから、どれだけこのネタが好きなのかと自分で感心してしまいます(笑)。
    KSのときは双子がいなかったので、背格好の似た女の子同士を化粧でごまかしたり、サングラスで顔を隠したりしていました。
    今回は念願の^^双子なので、顔も身体もたっぷり露出させて楽しむことができました。

    私がこのイリュージョンを知ったのは、高校生くらいのときで、テレビではなく本屋で立ち読みしたマジック雑誌でした。
    イリュージョンはほとんど取り上げない雑誌でしたが、このときは人形を使ったテーブルマジックのアイディアとして紹介されていたと記憶します。
    「いったい彼女はどうやって(箱の中で回転を)成し遂げたのか?」
    「実は彼女は何もしなかった。というより、何もできなかった」
    という意味の文章があって、萌えました。
    今になって、どうしてこの雑誌を買っておかなかったのかと思います。

    目次に書いた Inverted Lady は私が名付けたものです。
    このイリュージョンの名称は海外のサイトなども少し探ってみましたが、見つけることができませんでした。
    元々このシリーズを始めるときには、目次の説明にイリュージョン名を記したら分かり易いと考えたのですが、その名前が案外分からないものですね。
    という訳で、この先も英語名称が不明な場合は自分で適当に決めることにします^^。
    正しい名称または通称をご存知の方がおられたら、是非教えて下さい。

    最後にマネージャーに言われた次回公演からのネタは、テレビで見たイリュージョンを参考にしています。
    美女を大砲に入れて打つと、空中に吊るした球体が二つに割れて中にその美女が座っているというイリュージョンでした。
    私が見たのは船上で開催されたイベントプログラムの中継で、球体は半ば海上に差し出したクレーンから吊られていました。
    そんなところに隠れていて登場するのですから、さぞかし怖かっただろうと思います。
    もし同じ番組をまた見ることができるなら、この球体がいったいいつから設置されていたか、確認してみたいものです。
    イベントの最初からずっと同じ場所に吊られたままだったなら、これはもう最高に萌えですね(笑)。

    ありがとうございました。




    イリュージョン八景 第三景・ジッパー田辺 奇術生活50周年記念公演

    水槽の美女!

    1.
    イリュージョンをやりたい。
    ジッパー田辺が言い出したのは、奇術生活50周年記念公演の2ヶ月前だった。
    芸暦の長い田辺であるが、イリュージョンの経験はなかった。
    元々は落語や漫才の合間にマジックを演じてきた寄席芸人である。
    最近はその飄々(ひょうひょう)とした話術に人気が集まってローカルのバラエティ番組に出演したりもしているが、手の込んだステージマジック、ましてイリュージョンなどは彼の芸風ではない。
    ・・まあ、せっかくの記念公演やから。
    田辺の希望は聞き入れられて、さほど無理なくできそうなイリュージョンの候補が提案された。
    「ジグザグボックスに、ミスメイドガール?」老眼鏡を外して田辺は目の前の古市に文句を言う。
    「こんなん、あかんわい」
    「何でや。どれも、ナベさんでも十分できるネタやで」
    古市は梅花芸能の専務で、会社が小さかった頃から田辺と一緒に苦労してきた仲である。
    「ボクでも、って何やねん。まるでボクが素人みたいやないか」
    「気にくわんのか」
    「くわんわい。どれも女の子がやってくれるネタばっかりやないか。ボクは横で立っとるだけや」
    「ほな、どないしたいねん」
    「あのなぁ、ボクはこんどの舞台で、おなあにすと、やるんやで」
    「わかりにくい駄洒落やな。それを言うならイリュージョニストや」
    「そや、そのニストや」
    「3文字しか合(お)うとらへんやないか。だいたい、そんな品のないギャグばかり言うとるから、若い女の客が減るんや」
    「大丈夫や。今度はボク自身がぶわっと消えたり、空を飛んだりするさかい、ギャルにも大人気や」
    「ナベさん、トシを考え」
    「あのな、ボクは今年70になるけどな、今でも毎週やってるんやで」
    「何やそれは。青竹踏みか」
    「そやねん。おかげで神経痛が楽になって、ってちゃうやろ。そんなん、そこらの爺と同じやないか」
    「ほなら何をやっとるねん」
    「スイミングや。毎週1000メートルは泳いどるぞ」
    「ほう。それはすごいわ」
    「たまに可愛い子が競泳水着で来とってな。そんときは1500泳ぐぞ」
    「わかった、その話はもうええ」
    「そやからな、もうちょっと、ボクが中心になるイリュージョンのネタを考えてくれへんか。多少危険でもかまへん」

    2.
    「水槽の美女と人体交換? まさか、これをうちの師匠が?」夢野アカネが公演会のプログラムを見て聞いた。
    「そや。ええ爺のくせに、何、無茶なこと考えとるんや」平野ケイコが呆れた顔で答える。
    二人は田辺の舞台のアシスタントである。
    ケイコはアシスタント暦10年のベテラン、アカネは19才でまだ2年目の新人である。
    記念公演でイリュージョンをやると言い出した師匠に会社が苦慮しているのは知っていたが、それがまさか水中イリュージョンとは。
    「・・アカネちゃん、イリュージョンのアシスタント、やりたい?」ケイコが聞いた。
    「そら、やってみたいです」アカネは答える。
    舞台で田辺の得意とするネタは、話術を生かしたコメディマジックだ。
    イリュージョンなど、もちろんやったこともない。
    若いアカネにしてみれば、華やかなステージマジックへの憧れは十分にあった。
    「なら、ここはアカネちゃんが水槽の美女や」
    「ウチがやらせてもらっていいんですか?」
    「そや、アカネちゃんのナイスバディでお客さんを悩殺するんやで」
    「そうか、水着になるんかー」
    「そぉや。師匠のことやから、ここは絶対に、ビ・キ・ニ♥ って言わはるな」
    「び、びきに、ですかぁ?」
    「・・そや。当然ビキニやないと、客は納得せぇへんで」田辺の声がした。
    「あ、師匠。おはようございます!」突然登場した田辺に二人は頭を下げる。
    「さすがにケイコはわかっとるわ。伊達にボクのアシスタント20年もやっとらんわ」
    「10年ですっ。・・きゃっ」
    悲鳴を上げたのはケイコである。田辺が尻を撫でたのだ。
    「もう、いつもいつも、しょーもないことやらかして。・・セクハラって言葉、知ってますか? 師匠!」
    ケイコが文句を言うが田辺はどこ吹く風である。
    田辺の女に対する手癖の悪さは仲間内では有名であった。
    最近は、女好きの田辺師匠、という定評が世間にも広がって、トーク番組などではそれ自体がネタにされる有様である。
    「まあ、これも、こみみけーしょんや。細かいことは気にせんと」
    「もうっ」
    「それよりアカネちゃん。ここはヘタこいたら命にかかわるネタや。お互い、ふんどしのヒモを締めていかんとな」
    「はいっ。よろしくお願いします!」
    「ま、ボクの場合はホンマのふんどしのヒモやけど、アカネちゃんならさしずめ、てぇばっくのヒモやな。ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ・・」
    「えっと・・、(センパイ、どう受けたらええんですか!?)」
    アカネは田辺のギャグにどう反応すべきか困って、ケイコに目で助けを求める。
    「こんなしょーもないボケにいちいち突っ込まんでよろし!」
    ケイコが言い放った。

    3.
    手配していた機材が届いて、イリュージョンの稽古が始まった。
    水槽の人体交換は特に難易度の高いネタではない。
    アシスタントが入って蓋をした水槽は鎖でぐるぐる巻いて南京錠を掛ける。
    マジシャンが水槽の上に立ち、全体を幕で覆ったら、アシスタントは蓋の仕掛け扉を通り抜けてマジシャンと入れ替わるのである。
    入れ替わりそのものは、練習すれば10秒前後で十分に可能である。
    要は、その前の演出でいかに観客をハラハラドキドキさせられるかが勝負である。
    「あかんあかん」
    アシスタントのアカネと入れ替わって水槽から出てきた田辺は文句を言う。
    「こんなんハラハラドキドキせえへん」
    稽古なので水槽には水は入っておらず、田辺もアカネもトレーニングウェアである。
    「あきまへんか」
    演出担当の男が頭を掻きながら田辺に聞く。
    「あかんわ。・・こう、もうちょっと客が喜ぶようにでけへんかなぁ」
    田辺も腕組みをして考える。
    「そや!! 何で盛り上がらへんのか分かったっ」
    「何ですか!?」
    「アカネちゃん、本番の衣装を着てくれるか」
    「はぁ?」
    「こんな格好やから、気合が入らへんのや。ここにホンマに水張って、まあ、水は無理やったらええわ。少なくともボクら出演者はちゃんと衣装を着んと」
    「あの、師匠。・・もしかして、アカネちゃんの水着を見たいだけ、とちゃいますやろな?」
    「何を言うか。ボクは大真面目やぞ」
    「そやかて、今、稽古に衣装は関係ないんと・・」
    「あ、あたし、水着になります!」ゴテそうになった師匠を助けようと、アカネが意を決して言った。
    「おおっ」田辺が嬉しそうに声を出す。
    「あたしも、イリュージョンの稽古は、本番通りでするのがいいと思います!」
    「さすが、ボクのアカネちゃんや!」
    「あんたのアカネちゃんとちゃう。会社のアカネちゃんや」見物に来ていた古市がぼやいた。

    4.
    結局、田辺とアカネは本番の衣装に着替えることになった。
    田辺はタキシード。アカネは黄色いビキニである。
    「あ、あんまり、見んといて下さいよぉ」アカネがバスタオルで体を隠しながら身をくねらした。
    「おおっ、おおっ、おおっ」田辺は露骨に目尻を下げてアカネを舐めるように見る。
    「おおっ。・・・むほ、ごほっ、ごほっ」
    喜び過ぎてむせて、スタッフに背中をさすられる。
    「師匠、やっぱり自分がハラハラドキドキしたかっただけやないんか」
    「無理もないわな。今まで水着のアシスタントなんて使(つこ)うたこともないさかいな」
    「それにしても心臓とか大丈夫か、あの爺」
    別のスタッフが小声で心配している。
    仕切りなおしの稽古は、水槽に水こそ張らなかったが本番通りの衣装で行われた。
    田辺は1回目よりも明らかにノッていて、きびきびとした演技だった。
    まあ、師匠が調子よぉやれるんやったら、アカネちゃんには稽古でビキニも我慢してもらおうか。
    スタッフ達がそう考えた途端、田辺がアカネの足を撫でた。
    「きゃぁっ。師匠、何するんですかぁ!!」
    アカネが田辺の手を叩く。
    「あ、それや!! それで行きまひょっ」
    演出担当者が手を打って叫んだ。

    5.
    いよいよ記念公演の本番当日。
    前の週にトーク番組で宣伝してもらったこともあって、劇場は満員御礼である。
    田辺も上機嫌で、舞台が始まった。
    プログラムは、田辺のマジックとトークの組み合わせで進行する。
    マジックは定番のネタばかり。
    シルクハットからウサギのぬいぐるみを出すような演出はありきたりだったが、田辺の軽妙なトークが入ると古臭いネタでも新鮮に見えた。
    やがて観客は別のことに興味を持つようになった。
    それは横に立つアシスタントのケイコである。
    田辺は隙を見てはケイコに触ろうとするが、その度にケイコが身を翻して避けるのでどうしても触れないのだ。
    はたして田辺はアシスタントに手を出せるのか?
    観客は、マジックにもトークにも関係のないことを面白がった。
    結局最後までケイコの体に触れないままマジックを終えて、田辺とケイコは並んでお辞儀をした。
    拍手の中、幕が降りてくる。
    と、その瞬間、田辺はケイコのドレスのスカートを両手でまくり上げた。
    今までのゆっくりした動きとは違う、驚くべきスピードとキレのあるスカートめくりだった。
    油断していたケイコが大げさな悲鳴を上げて、観客が爆笑する中、幕が閉じた。

    6.
    再び幕が開くと、舞台には公園の情景がしつらえてあった。
    ベンチ、電柱、郵便ポスト。喜劇舞台と同じセットが並べられている。
    そこへ田辺が昔話のお爺さんの格好で登場した。
    「皆さんは、花さか爺さんのお話をご存知ですかな? ・・枯れ木に花を咲かせまひょ!」
    それから、立ち木のセットに向かって手にした籠から紙吹雪を振りかけ「花さか爺さん!」と叫んだ。
    ぽん。立ち木に花が咲いた。
    それは舞台セットで実現する演出であり、マジックと呼べるような芸ではなかった。
    えっと、これは、拍手した方がええんかいな? 観客から戸惑いがちな拍手がぱらぱらと返った。
    田辺はいっこうに気にする様子もなく「花さか爺さん!」と叫びながら、あちらこちらに紙吹雪を撒いた。
    「花さか爺さん!」植木鉢のチューリップに花が咲いた。
    「花さか爺さん!」ベンチとテーブルに花が咲いた。
    「花さか爺さん!」電信柱に花が咲いた。
    「花さか爺さん!」郵便ポストに花が咲いた。
    「花さか爺さん!」電話ボックスに入ろうとしていた女性(ケイコ)の背中に花が咲いた。
    田辺の声がかすれてきた。
    「は、花さか爺さん!」四足で歩いてきた犬の着ぐるみの全身に花が咲いた。
    「ごほ、ごほっ。花さか爺さん!」反対から歩いてきたミニスカ女子高生(アカネ)の全身が一瞬で花に包まれた。
    「花さか爺さん!」バックの背景画一面に花が咲いた。
    田辺の足元がおぼつかない。
    「はぁ、はぁ。花さか爺さん!」しゅぼんという音とともに、電話ボックスの中に花があふれ、中のケイコもろとも埋め尽くしてしまった。
    「は、花さか爺さん!」田辺自身が花に包まれた。
    「はあ・・、花さか爺さぁ~んっ!!」天井から大量の紙吹雪が舞ってきた。田辺は舞台に大の字に倒れてしまう。
    観客は大喜びで、口笛と拍手が鳴り響いた。
    救急隊員の格好をした男性二人が走ってきて、田辺を担架に乗せて退場した。
    舞台は大量に散乱した紙吹雪を掃除する間、休憩となる。

    7.
    第2部ではいよいよイリュージョンである。
    舞台には水槽が据えつけられて、タキシードを着た田辺がビキニ姿のアカネと共に登場した。
    「えっ、ジッパー田辺がイリュージョンをするんか?」
    驚く観客を前に、田辺は形通りの挨拶とイリュージョンの説明をする。
    これから美女を水中に閉じ込めて、水槽に鍵を掛けて鎖で縛ること。
    そして幕で覆った水槽から美女が脱出すること。
    説明の間に水槽への注水が完了した。
    準備が済むと、田辺はアカネの手を取って水槽の後方に立つ。
    アカネが水槽に入り、身を沈めて膝立ちで右手を振った。
    「覚悟はええか?」
    「はい!」アカネは元気に返事する。
    「よっしゃ。ほなら世紀の大魔術や! いこかっ」
    田辺が声をかけると、アカネは大きく息を吸って、水の中に頭を潜らせた。
    すぐにスタッフが駆け寄って水槽の蓋を閉じる。
    その蓋に南京錠を2個、さらに銀色の鎖をたすきに掛けて、これも南京錠で固定する。
    水槽は完全に閉ざされて、アカネは脱出することができない。
    客席からはガラス越しに、水中で息を止めたアカネが微笑みながらポーズをとっているのが見えた。
    水槽の中に漂うビキニの美女。なかなかセクシーな情景である。
    田辺は水槽の反対側に行こうとして立ち止まった。
    「ほぅ」顎に手を当てて、水槽に見入った。
    そのまま回りをぐるぐる歩いて、中の様子を観察する。
    あげくの果てに、水槽のガラスに両手をぺたりを当てて、しゃがみ込んでしまった。
    「・・え、ええなぁ~」目尻を下げて喜ぶ様子は、まさにスケベ爺そのものであった。
    何やってるんですかっ。こっちは苦しいのに~!
    アカネが水中でゲンコツを振り回している。

    師匠っ、ええ加減に続きをやって下さい!

    スタッフが田辺を促した。・・師匠っ、ええ加減に続きをやって下さい!
    田辺は仕方ないという顔をして移動し、水槽の上に登った。
    「はあ、ちょっと勿体ないけど、続きをやりますわ」
    天井から大きな幕が下りてきて、仁王立ちになった田辺と水槽を覆った。
    幕には田辺の顔の位置に穴が開いていて、そこから田辺が顔を出した。
    それと同時にスタッフが幕の裾を持ち上げて、水槽の中のアカネの様子をちらりと見せる。
    アカネは胸の中の酸素が限界に近いのか、笑みはなくなり、やや辛そうな表情で耐えていた。
    「さあ、皆さん、よぉ見といてたって下さいやぁ!!」
    田辺が叫んだ。ドラムロールが鳴り響く。
    一度顔を隠して、またすぐに顔を出した。
    「わんっ、」
    再び顔を隠して、また顔を出す。
    「つう~」
    再び顔を隠す。今度はしばらく出てこない。
    次はアシスタントが幕から顔を出して「スリー!」と叫ぶ番だ。
    観客はアカネの登場を期待して待った。
    何も起こらない。・・あれ?
    どこかで水がざぶんとこぼれるような音が聞こえた。
    さらに10秒。何も起こらない。
    おい、変やないか? 客席にざわめきが広がる。
    ようやくスタッフ達が走ってきた。
    水槽を覆う幕が引き上げられる。
    水槽の上には誰もいなかった。南京錠と鎖で密封された水槽もそのままだった。
    そして水槽の中には・・。

    8.
    水槽にはアカネと田辺が入っていた。
    水の中で抱きついてキスしようとする田辺をアカネが必死に押しのけていた。
    タコのように口を突き出した田辺の顔が水槽のガラス面にぎゅうぎゅう押し付けられている。
    スタッフが鎖と南京錠を外した。
    水槽の蓋が持ち上げられると、アカネと田辺がざぶりと身を起した。
    立ち上がったアカネの腰に、膝をついた田辺がなおもしがみつく。
    もちろん二人ともずぶ濡れである。
    前のステージの撒き残りだろうか、天井から紙吹雪がぱらぱらと降ってきた。
    アカネは田辺の頭に両手をかけて大きな声で叫んだ。
    「・・ええいっ。離さんかジジイ!!!」
    舞台上の全員が一斉にコケた。



    ~登場人物紹介~
    ジッパー田辺 :69才。奇術師生活50周年を迎えるベテラン寄席芸人。
    夢野アカネ:19才。アシスタント2年目。
    平野ケイコ:28才。先輩アシスタント。
    古市:梅花芸能専務。


    キョートサプライズ以来、久しぶりの関西弁の世界です。
    おちゃらけなオチで申し訳ありません(笑)。
    でも「はなさんか、じじい」は昔からある駄洒落の名作だと信じています!
    最後に皆がコケる様子は新喜劇のそれを思い浮かべて下さい。(関西以外の人に分かるかなぁ)
    実は、イリュージョン八景を書こうと決めて、最初に出来上がったのがこのお話でした。
    しかしながら第1話でこれを出して8本全部がこんなオチだと思われてしまうのはイヤ^^だったので、順番を替えて3番目に持ってきたものです。

    水槽の人体交換は、はるか昔、小学生時代に初めてテレビで見て衝撃を受けた記憶があります。
    当時からひねくれていた私は、たとえ血飛沫が飛び散る人体切断イリュージョンを見てもどこか嘘臭さを感じてしまったものですが、このイリュージョンには萌えました。
    それは、マジシャンが水槽に閉じ込めた美女を披露している間、彼女はリアルに呼吸できないことが明らかであるからです。水面から顔を出したり、入れ替わりの瞬間は決して見せられませんから、それまでの間、彼女は耐えなくてはなりません。
    ですから、美女が水槽に入ってからあまりに短時間でマジシャンと入れ替わってしまうと興ざめでした。
    このイリュージョンは、たっぷり時間をかけ、もったいぶって、水中の美女を見せることが重要なのです。
    もちろん彼女は最後まで微笑んでいてはいけません。
    リアルで苦しんでもらえれば理想ですが、そうでない場合、たとえ演技でもいいですから、最後の方は苦しげな表情をしてもらうのがお約束というものです。
    こんな楽しみ方はひねくれていますかね?

    このお話のネタとは違いますが、同じ水槽モノ繋がりで、水中に忽然と美女が出現するイリュージョンについて記します。( 例・・ http://www.youtube.com/watch?v=p9hzOnIgvoo
    蓋のない水槽の中に女性が出現するイリュージョンとして、私が初めて見たものは(もういつどこで見たのかも覚えていませんが)、手持ちの幕を水槽にかぶせ数秒後に外したら水中に女性が横たわっている、というスタイルでした。
    それが今ではこの例のように大量の泡を噴出する演出になっていて、何とスマートなのだろうと感心してしまいます。
    このイリュージョンのタネについては、私は知りません。
    しかし水槽には最初から水が張ってあり、マジシャンは決して水槽の後方に立たないこと、美女出現の前後で水面の高さが変化しないことから、何となく予想はできてしまう訳でして、彼女が隠されていた場所を想像するとかなり萌えることができます。
    まあ、ずっと息を止めていたはずもないので、その点では古典的な人体交換の方が魅力的に思えるのですけどね。

    ありがとうございました。




    イリュージョン八景 第二景・応援アシスタントは空手部員

    ドールハウス

    1.
    3月。
    春休み中で静かな高校にも、クラブ活動の生徒が集まる場所は賑やかである。
    その場所のひとつ、体育館の半地下にある武道場では、女子空手部が稽古中だった。
    全員で揃って型の練習をしている。
    「ちわーっす!! イリュージョンマジック部の橋本です。久津川さんを借りに来ました~っ」
    一人の男子生徒がやってきて大きな声で挨拶した。
    「マサツグ?! 何しにきたのよ」4月から2年生に進級する久津川つぐみが聞いた。
    「何って、お前を連れに来たんだけど?」
    「あのね、あたしは空手部の稽古中なの。あんたと付き合う暇はないの」
    「あ、坂さん! 今日はよろしく!」男子生徒はつぐみの言うことには答えずに、新3年生で主将の坂育美に話しかけた。
    「あぁ、橋本くん? いいよ、いいよ。つぐみちゃんなら好きにしてちょうだい」育美が調子よく返事した。
    「先輩~?」
    「つぐみちゃん、協力してあげるのよ」
    「どうも! ・・じゃ、行こうか」男子生徒はつぐみの右手を取ってすたすた歩き出した。
    「わ、何なのよ。こら、マサツグ!」
    男子生徒はわめき続けるつぐみを強引に連れ出してしまった。

    2.
    イリュージョンマジック部の部室に入ると男子生徒はようやくつぐみの右手を離した。
    彼はつぐみと同じ学年で橋本正嗣といい、イリュージョンマジック部の部長でただ一人の部員である。
    「わ、わっ。こんなところまで連れて来て!」
    「お前なあ、ちょっと騒がし過ぎるぞ」
    「マ、マ、マサツグ! あんた坂先輩といったい何を密約したのよ!」
    つぐみは両手をふり回して正嗣に迫る。
    空手の胴着姿で、裸足に上履きをひっかけていた。
    「密約だなんて心外だなぁ。クラブ説明会につぐみを借りる代わりに、空手部の宣伝もするって約束しただけだよ」
    「ウソ言うんじゃないの! そんなことで先輩が許してくれるはずないでしょ」
    「んー、神戸のモルダウから取り寄せたタルトを心づけに。坂さん、甘いのが好きみたいで、もう何でも引き受けるって言ってくれたな」
    「あきれた。そんなモノで買収されたの」
    「まぁ、俺とお前の仲じゃないか。イリュージョンマジック部存亡の危機に、つぐみだって協力するって言ってくれた訳だし」
    「確かに幼馴染だけどねっ。あたしは、考えとくって言っただけで、まだ協力してあげるとは」
    「こうして気持ちよく来てくれたんだから、OKだろ?」
    「ぜんっ、ぜんっ、違う!!」
    イリュージョンマジック部には3年生の部員が4人いてちゃんと活動をしていたのだが、彼らが卒業した今、残された部員は正嗣一人になっていた。
    もし新1年生の入部がなければ、廃部になってしまう運命なのであった。
    4月始業式の翌日に体育館で開催される新入生向けクラブ説明会で、イリュージョンの実演をばっちり決めて、何としてでも部員を確保しなければならない。
    「では早速、練習を始めようではないか」
    「あのね、人の話を聞きなさいってば」
    正嗣は部室の奥からイリュージョンの道具を引き出してきた。
    それは家の形をしていて、大型犬の犬小屋くらいの大きさだった。
    ずいぶん使い込まれて年期の入った感じである。
    「これは、ドールハウス。日本語だと人形の家」
    「そのままじゃない」
    「我がイリュージョンマジック部の大切な資産だから、馬鹿力で壊さないでくれよ」
    「壊さないわよ! だいたい、マサツグはいつも私の意見も聞かないで勝手に・・」
    正嗣は黙ってドールハウスの屋根を開いた。中は人が屈んで入れるくらいの空間になっていた。
    「はい、つべこべ言わずに入って」
    「ほぇ?」
    つぐみをドールハウスの中に入らせる。
    「両側のくぼんだところに足を入れる」
    「こ、ここ?」
    「そうそう。そのまま膝をついて、両手も入れて」
    「えっと、こう?」
    つぐみは言われる通りに屈み込んだ。
    「OK。そのままじっとして」
    正嗣は開いた屋根を閉じる。つぐみの姿がドールハウスの中に消えた。
    「わ、やだっ。真っ暗」
    「我慢して」
    ドールハウスの正面には観音開きに開く扉があった。
    その扉を開ける。反対側にまわって、そちらの扉も開けた。
    ドールハウスの中は空っぽで、反対側まで見通すことができた。
    つぐみはどこに隠れているのだろうか?
    「よぉ~っし、カンペキ」
    「何がカンペキよっ。早く出しなさい!」つくみの声が聞こえた。
    「気分はどうだい?」
    「狭いわよ! それに匂うわ。カビてるんじゃないの?」
    「ちゃんと掃除しているからカビはないぞ。その匂いは歴代アシスタントの先輩方の汗と涙の匂いだ。心して嗅ぐように」
    「バカっ。早く出して!!」
    「あのね、つぐみはその中からにっこり笑って登場するんだぞ。そんなカリカリしていてはいけないぞ」
    「ああーもう、わかったっ。にっこり笑って出てあげるから」
    「よし、では屋根が開いたら元気に立ち上がってポーズして」
    正嗣は再び屋根を開いた。
    「はいっ」
    つぐみが立ち上がってポーズをとった。
    右手を頭の後ろに、左手を腰の後ろにあてて、ぎこちなく笑っている。
    「う」正嗣が一瞬こわばってつぐみを凝視した。
    つぐみもポーズをとったまま正嗣を見た。
    見つめ合ったまま、十秒ほど過ぎる。
    「・・どう?」
    「お、お前、」
    「なあに?」
    「色気ねえなぁ」
    ばし。
    つぐみが正拳突きを放ち、正嗣はすんでのところでそれを避けた。
    「うわ」
    「失礼ねっ。帰る!!」
    つぐみはドールハウスから下りて、そのまま部室を出て行こうとした。
    「ごめん!」つぐみの背中から正嗣が謝った。
    「気に障ったら悪かった。謝るよ。でも、つぐみしか頼める女はいないんだ」
    「マサツグ・・?」
    「お前がいないと、説明会で実演できないし新入部員も来ないから、イリュージョンマジック部も存続できない。だから、」
    正嗣は床に膝をついて土下座した。
    「この通りだよ。クラブ説明会まででいいから、アシスタントをしてくれないか」
    ふう。
    「しかたないなぁ。説明会だけだよ」
    「感謝するよ! ・・明日また来てくれる」
    「わかった」
    「それから、その、服装なんだけど」
    ん? つぐみは自分の空手胴着を見る。
    確かに、イリュージョンにこの胴着はないよね。
    「そうね。あたし、体操服で来ればいい?」
    「練習は体操服でいいよ。本番用の衣装は別に考えるから」
    「えー?、本番は制服じゃないの?」
    「制服はないだろ。もちょっとお客さんが喜ぶ格好しなきゃ」
    「もしかして水着とかレオタードだったら、絶対にイヤだからね。 ・・あたし、そんなに自信ない」
    「大丈夫だよ。去年の先輩の衣装を借りようと思うんだ。実際にクラブの発表会で着てたやつだから心配ないさ」
    「そう? それなら」
    「俺、思うだんけど」
    正嗣は真面目な顔でつぐみの目を見た。
    「?」
    「さっきはバカにして悪かったけどさ、お前、ちゃんと着るもん着たら、女っぽいし可愛いぞ」
    どき。マサツグが自分の容姿を褒めてくれたのは初めてかも。
    「そ、そうかしら」
    「今日はもういいよ。俺は道具の準備を続けるから」
    「うん。じゃ、また明日」
    つぐみは部室を出た。
    ・・女っぽいし可愛いぞ。
    えへへ。
    「うぉりゃぁ!」壁に向かって上段蹴りを一発。
    そして全力疾走で駆けて行った。

    3.
    翌日、イリュージョンマジック部の部室に来たつぐみを待っていたのは別の道具だった。
    正方形の台の上に、金属の柱が一本立っている。
    柱の高さは170センチほどである。
    「リングケージって呼んでる。俺が作ったんだ」
    「マサツグが?」
    「道具は買うと高いから自作するのがうちの部の伝統なんだ。ドールハウスだって昔の先輩の作品なんだぜ」
    「へー、そうなんだ」
    「ま、素人の手作りだから荒っぽいけどね。肝心なところはちゃんと溶接を頼んで組んでるから丈夫だよ」
    正嗣はその道具を誇らしげに右手で叩いた。
    「それで、これはどう使うの?」
    「おう、見てろ」
    正嗣は直径60センチくらいのプラスティックのリングをたくさん出した。
    そのリングをひとつづつ全部で10本、金属の柱に取り付けて行く。
    「あ、テレビで見たことある。輪の中の女の人が外に出ちゃうのよね」
    「そう。本番は時間がないから、リングは先につけておいてつぐみが中に入ることにしようと思う」
    「どうやって入るの?」
    正嗣は柱の後ろに立つと一番下のリングに手を掛けた。
    それを持ち上げるとリングは金具ごと上にスライドし、その上のリングも順に上昇した。
    「うわぁ」「ね」
    正嗣は全部のリングを束ねるように持って笑った。
    「ここに立って」
    つぐみを台に立たせ、リングから手を離す。
    しゃん。
    すべてのリングが元のポジションに戻り、つぐみを取り囲んだ。
    つぐみはリングが構成する檻の中に閉じ込められたようになっている。
    「すごーい! マサツグが考えたの?」
    「まあね。いろいろな仕掛けがあるらしいけど、これなら自分でもできると思ってね。・・出るときは」
    真ん中あたりのリングを持って持ち上げると、そこから下のリングが一緒にすべて持ち上がった。
    「こんな風に紐で繋がってるから、途中のどのリングでも持ち上げたら出られるよ」
    少しの練習で、つぐみはリングの中と外を自由に移動できるようになった。

    4.
    次の日曜日。
    イリュージョンマジック部の先輩でこの春卒業したばかりの滝井和子が部室に来てくれた。
    和子は自分が着ていたアシスタントのコスチュームをつぐみのために届けてくれたのである。
    「こ、これを先輩が着てたんですか」
    「そうよ。アイドルみたいで可愛いでしょ? ・・丈はちょうどね。アンダーバストは少し詰めてあげる」
    「あの、ちょっと、露出が大きくって恥ずかしいんですけど」
    「何言ってるの。アシスタントはイリュージョンの華でしょ? 若いんだし、これくらい肌も見せなきゃ」
    「ひぇ~ん」
    和子は衣装をてきぱきと手直しして、つぐみに合わせた。
    「橋本くーん。もういいよ!」
    外で待っていた正嗣が入ってきた。
    「どう? 橋本くん」
    「おぉーっ」
    「やだマサツグっ。そんなにガン見しないでよぉ」
    つぐみは、真っ赤なショートパンツにへそ出しのスタイルであった。
    自分のお腹の辺りを両手で隠してもじもじしている。
    「つぐみちゃん、私と近いサイズでよかったわ」
    和子は正嗣の背中をどんと叩いた。
    「橋本くんも、こんな可愛い彼女がいたのねぇ」
    「あ、あの、あたし達ただの幼馴染で、別に彼女って訳じゃ」つぐみがあわてて否定した。
    「幼馴染がいつの間にか恋人同士なの? 憧れるわ~」
    「だからぁ」
    「橋本くん。頑張りなよ。つぐみちゃんの魅力で新入生ゲットだからね!」
    「はい。まかせて下さい!」正嗣は自分の胸をどんと叩いた。
    いったい、その自信はどこから来るのよ。
    つぐみが思っていると、正嗣がいきなりつぐみの肩に右手をかけた。
    どっきん! コスチュームからむき出しの肩を正嗣の手に押さえられて、つぐみの心臓が音を立てて鳴った。
    「こいつと一緒にイリュージョンマジック部を発展させてみせますから」
    「あ、あ、あ・・、マサツグ。わかった、わかったから、その手、その手を、どけなさいっ」

    5.
    学校からの帰り道。
    つぐみと正嗣が並んで歩いている。
    「あ、あのね、衣装のことなんだけど」
    「ん?」
    「考えてたんだけど、あの衣装、あたしらしくないって思うんだ」
    「やっぱりイヤなの? あれ着るのは」
    「ううん。それはいいの。協力するって言ったし、ちょっと恥かしいけど、着る」
    つぐみは、別のバッグに入った衣装を見せた。
    「ねぇ、こっちでやったら変かな?」
    「え、これで!?」
    二人は、それからイリュージョンの段取りの相談を始めた。

    6.
    クラブ説明会の当日になった。
    体育館の舞台の袖で正嗣が出番を待っている。
    「頼むぞ、つぐみ」
    傍らのドールハウスの屋根に手を当ててつぶやいた。
    この中にはもう、つぐみが入っている。
    ネタがばれないように部室で準備して、それから体育館まで押して運んできたのだ。
    説明会の進行は15分ほど遅れていた。
    つぐみはどうやら30分近くドールハウスの中で過ごすことになりそうである。
    「あたしは構わないよ。横についててくれるなら、何時間だって入ってる」
    そう言ってくれたつぐみの言葉が嬉しい。
    正嗣はドールハウスに手を当てたまま待ち続けた。
    「・・次はイリュージョンマジック部です」
    司会者が紹介すると、正嗣はドールハウスを押して舞台に出た。
    片手を上げて音響係に合図すると、流れる音楽はもちろん『オリーブの首飾り』である。
    ドールハウスの正面の扉をノックして開けた。中は真っ暗である。
    反対側の扉も開けると、中はがらんとした部屋になっているのが見えた。正嗣は腕を通して見せて何もないことを示す。
    扉を締めて、ドールハウスを一回転させる。
    再び扉を開けると、中にリカちゃん人形が座っていた。外に出して観客に見せる。
    人形はなぜか、空手着のような服を着ていた。
    その人形を戻して扉を締め、再びドールハウスを一回転。
    扉をノックし、それから屋根を後方に開くと、中から女子生徒が立ち上がって手を振った。
    彼女は空手の胴着をつけていた。客席から一斉に拍手が鳴る。
    ・・ふうっ、暑い!
    ・・よく頑張ったね、つぐみ。
    二人は互いを見て微笑みながら気持ちを交し合う。
    「登場したのは女子空手部2年生の久津川つぐみさんです」正嗣がつぐみを紹介した。
    ・・恥かしいよ、名前を出されたら。
    ・・坂さんと約束した空手部の宣伝だよ。
    つぐみは舞台に降り立つと。空手の構えをとって一礼した。
    イリュージョンは終わらない。
    正嗣はドールハウスを舞台から下げ、リングケージを運んできた。
    つぐみが横に立って深呼吸する。正嗣がその回りを大きなカーテンで隠した。
    「ワン・・、ツウー・・、スリー!」短くカウントしてカーテンを開ける。
    つぼみはリングの中に移動していた。客席から再び拍手。
    正嗣はもう一回というふうに人差し指を立てて笑うと、再びカーテンで隠す。
    そして自分もカーテンの中に入ってしまった。
    「こら、何をするの! わ、きゃぁ~っ」
    つぐみの声が聞こえた。大げさな悲鳴に客席から笑いが起る。
    やがて正嗣が出てきて、カーテンを開けた。
    リングの中にいたつぐみはそのままだったが、衣装が空手の胴着から赤いへそ出しショートパンツに変わっていた。
    頭に載せたシルクハットを右手で押さえて笑っている。
    「おぉ~っ!!」客席から驚きの声が起こり、すぐに拍手に変わった。
    これは別に特別な仕掛けがある訳ではなく、胴着の下に最初から赤いコスチュームを着ていただけである。
    正嗣はシルクハットをつぐみに渡し、脱ぎ捨てられた胴着をカーテンの陰に隠したのだった。
    しばらく拍手に応えた後、正嗣が再びカーテンで周囲を隠した。
    数秒後、つぐみが歩いてカーテンから出てきて、正嗣に手をとられてお辞儀した。
    この日のクラブ説明会で一番大きな拍手と喝采が起った。
    「イリュージョンに興味を持った皆さん、どうぞイリュージョンマジック部へ!!」
    正嗣が最後に挨拶して、イリュージョンマジック部の演目は終わった。

    リングケージ① リングケージ②

    7.
    正嗣とつぐみがイリュージョンの機材を押して体育館から出てきた。
    つぐみは赤いショートパンツのコスチュームのままだった。
    つぐみは歩きながら正嗣の顔を見る。正嗣は前を向いたまま黙っていた。
    「マサツグ?」
    「ん? ああ、お疲れ様でした」
    「ううん。マサツグこそお疲れ様」
    「・・」
    「どうしたの? 黙り込んで」
    「つぐみ」
    「はい」
    「俺、つぐみには、どれだけ感謝していいかわからない」
    「いまさら、いいよ」
    「新入部員が来なくてこのまま廃部になっても、最後につぐみとイリュージョンができたし、俺、悔いはないから」
    「何言ってるのよ。受けてたじゃない。たぶん入部希望者だって来るよ」
    「そうかなぁ」
    「・・あのさ、空手部と掛け持ちだけど」
    「え、何?」
    「ううん、何でない」
    ・・空手部と掛け持ちだけど、それでもよかったら、あたしがイリュージョンのアシスタント、してあげる。
    つぐみは喉元まで出かかった言葉を止めた。
    口に出して言わなかったのは、それを自分から告げるのはシャクだったし、珍しく自信喪失の正嗣をもう少し見ていたかったからである。
    へへへっ。あたしって性悪女♪。
    「・・すみませんっ」「あの、先輩っ」
    ん?
    振り返ると1年生の女子生徒が2名立っていた。
    「君らは?」正嗣が聞いた。
    「先輩のイリュージョンを見て感動しましたっ」「あたし達もやってみたいです!」二人はぺこりとお辞儀をする。
    「もしかして、君ら入部希望?」
    「はい!」
    「・・そうか。そうか」
    正嗣の態度が一変した。胸を張り、両手を腰に当てた。
    「見よ、つぐみ」
    「見てるわよ」
    「やはり、何の心配もいらなかったではないか」
    「心配してたのは誰なのよ」
    「むっふぁっふぁっふぁっ」自信に満ちた笑いである。
    「・・あの、お聞きしてもいいですか?」一年生の一人が言った。
    「ん? 何かね?」
    「こちら、先輩の彼女さんですか?」つぐみを指差して質問する。
    「むっふぁっふぁっ」
    「バ、バカ、何笑ってるのよっ」つぐみが慌てて割って入った。
    「あのね。あたし達ね、幼馴染だけど別に恋人同士って訳じゃ」
    「見よ!」
    正嗣がつぐみの腰を抱いて持ち上げた。
    「きゃ!」
    「よいか、後輩諸君。私達はこういう関係であるから、ゆめゆめ私に恋心など抱いてはいけないよ」
    「はいっ」
    「バカ、降ろしなさいっ。こら、マサツグ!」
    「むっふぁっふぁっふぁっ」
    正嗣は、暴れるつぐみを抱き上げたまま笑い続けていた。



    ~登場人物紹介~
    橋本正嗣: 春山高校2年生 イリュージョンマジック部の部長でただ一人の部員。
    久津川つぐみ: 同2年生。正嗣の友人。女子空手部。
    坂育美: 同3年生 女子空手部主将。
    滝井和子: イリュージョンマジック部の卒業生。アシスタントの衣装をつぐみに提供。

    イリュージョン八景の第2回は、 高校生が演じる Doll House と Ring Cage です。
    どちらも古くからあるイリュージョンで、それほど大ネタというイメージはありませんが、だからこそ高校のクラブ活動の演目には似つかわしい気もします。

    Doll House は私の好きな女性出現系のイリュージョンです。
    様々な構造で女性を隠すようになっていますが、私は内部が素通しで空いていて前後の扉を開けて覗くことができるタイプとしました。
    女性が登場する前にたくさんの剣を突き刺すパターンも見ますが、中に女性が入るところを見せてから刺すならともかく、誰もいないことになっている箱に剣を刺しても驚きはないので、あまり好きではありません。

    Ring Cage については、最近リングの中で女性の衣装が変化するパターンを見たので、私も真似をしてつぐみちゃんに衣装チェンジ(っぽいことを)させてみました。
    ところで、このイリュージョンは決まった名前があるのでしょうか?
    ネットで少し調べてみたら、Ring Cage 以外に Ring Illusion とか Ring Escape とかいろいろな呼び名で書かれていてはっきりしませんでした。ご存知の方にご教示いただければ幸いです。

    さて今回作者が一番萌えて楽しんだのが、つぐみちゃんの空手胴着姿です。
    私は今まで、空手など格闘技服の女性が出現するイリュージョンを見たことがありません。
    しかもこのお話では、空手服をコスチューム的に着たアシスタントの女性ではなく、本当に空手部に所属する現役の空手少女が箱から登場するのが、我が設定ながら^^萌えます。
    さらに今回はその空手少女が凛々しい空手服から可愛い衣装に早替わりすることにしましたが、如何だったでしょうか?
    イラストではつぐみちゃんの変身後のコスチュームはあまり可愛いくなくて残念です。
    こういうときに自分にはセンスがないなと痛烈に感じます。

    イリュージョンのアシスタントの衣装はやっぱりレオタードやチャイナドレスの方が好きだとお思いの方、今回は作者が趣味に走りすぎたと思ってお許し下さい。作者はレオタードやチャイナドレスだって大好きです。
    そのような衣装のアシスタントのお話も、今後書きたいと思います。

    最後にご連絡です。
    当ブログの次回更新は作者の都合により8月第1~2週頃になります。
    少し間隔が開くことになって申し訳ありませんが、あらかじめご了解下さい。
    ありがとうございました。




    イリュージョン八景 第一景・新米ネタっ子のデビュー

    sawing a woman into half

    1.
    「では月曜から事務所に来て下さい」
    「はい。・・あの、あたし、採用ですか?」
    「もちろん採用だよ。念のために聞くけど、運動は得意なんだよね」
    「はいっ。大丈夫です」
    「じゃあ、OK。・・えっと、その、君は」
    「あ、小沢です。小沢若菜です」
    「そう、小沢さん。君、うちの事務所がどんな仕事か知ってるよね?」
    「はい。こちらマジック専門の事務所ですよね? あたしのお仕事って、マジックショーとかのお手伝いですか」
    「そう。ちょうどアシスタントを募集してたところだから」
    「え、アシスタントって、あたしショーに出させてもらえるんですか?」
    「そうだけど、適性を見て、それによっては顔の出ない裏方的な仕事かもしれないよ」
    「大丈夫です。どんなお仕事でも頑張りますっ」
    やったぁ! ついに就職決定。しかも正職っ。
    短大卒業して2ヶ月。あきらめなくてよかったよぉ。
    あたしは、あまりに長かった就職活動を振り返って、感慨にふけった。
    マジックショーかぁ。
    うん。手品とか全然知らないけど、頑張るぞぉ~!

    2.
    翌週、事務所に来ると、大山田さんという女性が世話役についてくれた。
    大山田さんは、あたしと同じくらいの背で、ジャージ姿でお化粧も薄めの人だった。
    「じゃ、これ着て」とレオタードを渡される。
    いきなり衣装合わせですか? しかもこんなにハイレグのレオタード。
    そうそう。マジックのアシスタントといえば、セクシーな美女と決まってるわね。
    テレビで見た情景を思い出した。ラスベガスだっけ。ハンサムなマジシャンの横で微笑む綺麗なお姉さん達。
    でも、あたし、そんなに美人じゃないですよぉ?
    あんまり意識してなかったけど、あたしの容姿って実はイケてるのかしら。
    ついニヤけてしまったようだった。
    「小沢さん、どこか具合でも?」大山田さんに聞かれた。
    「いえっ。大丈夫です」
    「今から適正を検査しますから」
    あ、検査ですか。衣装合わせじゃないのね。

    レオタードに着替えると、バレーの練習場のような部屋に連れて行かれた。
    そこには、男の人も何人かいた。
    大山田さんが着ていたジャージを脱いだ。その下はあたしと同じレオタード姿だった。
    「小沢さん、私に合わせて踊ってくれる」
    え?
    CDプレーヤーから軽快なユーロビートのリズムが流れ始めた。
    「簡単なステップだから」
    「は、はいっ」
    最初はゆっくりとした動き。
    だんだん速くなって、振りも複雑になる。
    「はい、ここでターンっ」
    「あわわ」
    ダンスは5分くらい続いた。
    その間にあたしは何度も足をもつれさせて、3回転んだ。
    「ひえぇ・・」
    「小沢さん、あなた、本当にダンスが得意なの?」
    床にひっくりかえったあたしを見て、大山田さんが呆れたように言った。
    あたし、履歴書に趣味はスポーツって書いたけど、あれはそう書くのが無難って教わったからよ~。
    自慢じゃないけど、あたしにはリズム感とかダンスの才能とかは生まれたときから欠落している。
    それをよりによって、就職1日目から踊らされるとは。
    「・・彼女、当分の間はネタっ子専門だね」
    「そうみたいねぇ」
    「まあ、みどりちゃんと体つきは似てるし、ダミーなら十分できるよ」
    あたしを前に皆が話し合っている。ネタっ子? ダミー?
    「じゃ、えっと小沢さん。とりあえず君はみどりちゃんとペアでイリュージョンのネタっ子をやってもらうから」
    「はぁ、」
    目を白黒させていると聞かれた。
    「小沢さん。ネタっ子って分かる?」
    「えっと・・、寝た子、ですか?」
    その男の人は急に笑い出した。大山田さんも笑っている。
    「ねえ君、もしかして、この業界のこと何も知らないで応募してきたのかい?」
    だって、だって、毎日履歴書10枚書いて、片端から面接受けて、業界の事情なんて調べるヒマないよぉ。
    「まあ仕方ないね。すぐに慣れるよ。しばらくみどりちゃんについて教えてもらって」
    「小沢さん、いえ、若菜ちゃん。改めてよろしくね。大山田みどりです」大山田さんがあたしに向かって言った。
    「え、みどりちゃんって、大山田さんのこと・・?」
    「そうよ。苗字なんかじゃなくって、みどりって呼んでね」
    よ、よろしくお願いします。
    あたしは、まだ何が何だか分からないまま、大山田さん、じゃなくてみどりさんと握手をしていた。

    3.
    どうやらあたしは、イリュージョンショーに出演することになるらしい。
    出演といっても、マジシャンの横に立ってお手伝いするアシスタントではなく、イリュージョンのネタっ子だ。
    みどりさんがいろいろ教えてくれた。
    ネタとは手品やイリュージョンのタネ。
    ネタっ子とは、タネになる女性。何もない所に出現したり、催眠術をかけられて空中に浮かんだり、胴体を真っ二つに切断されたり、そういう役だ。
    そしてダミーは、何人かで一人の女性を演じるときの "本体" 以外のネタっ子のこと。美女の胴切りで言えば、下半身の役だ。
    今時のマジックショーでは、ダンスのひとつもできないアシスタントは使えないという。
    あたしはダンスや歩き方の訓練も受けて、それでOKになったら本当のアシスタントをさせてもらえるらしい。
    それまであたしは、ネタっ子。しかも顔の出ない、みどりさんのダミーから始まるのだ。

    4.
    次の日からあたしは箱入り娘になった。
    冗談でなく、本当に箱の中で丸くなって過ごした。
    みどりさんもあたしの隣で箱に入っている。箱に入って、丸い穴から頭と手首を出している。
    そしてあたしは、箱に入って、穴から足を出すのだ。
    二つの箱を繋いで置けば、大きな箱から頭と足を出した美女のできあがり。
    ノコギリで真ん中をごしごし切って、箱を二つに分離する。
    みどりさんは首を左右に振って悲鳴を上げる。
    あたしは足をぶるぶる震わせて痛みに耐えるふりをする。
    こんな練習ばかりをさせられた。

    少し慣れると、箱がぐんと薄くなった。
    あたしは箱の中で前屈して、穴から足を出す。
    下の台の中に箱の底が沈み込むようになっていて、あたしのお尻はそこに収まるのだ。
    この箱は前とは違ってぜんぜん余裕がなかった。
    箱に蓋をすると、その蓋に後頭部と背中を押さえつけられて、膝の間に顔面を押し込むような姿勢になる。
    長く過ごすと腰が痛くなりそうだ。
    それでも、あたしは箱から出した足先を一生懸命動かして、切断された美女の下半身を演じている。
    箱の中のあたしの本体は、ぴたりと折り畳まれて身動きひとつできないのに。
    何だか不思議な、ドキドキするような気分だった。

    箱から出ると、隣でみどりさんが美女の上半身になっていた。
    みどりさんは薄い箱から首と手首を出して、にこにこ笑っていた。
    驚いたことにみどりさんの入った箱は小さな台車に乗っていた。
    あたしのように、箱の底が抜けているということはない。
    みどりさん、こんな小さな箱で、腰から下はどこにいったの?
    蓋を開けるとタネ明かしは簡単だった。
    小さな箱の中にみどりさんの身体が全部入っていた。
    箱は高さの方向には薄いけど、左右にはまだ少しスペースがある。
    腰を捻って膝を小さく折り畳んだら、ぎりぎりで収まることができるのだ。
    「えへへ、ぎゅうぎゅう♥」
    みどりさんが、おどけて言った。
    次の瞬間、あたしの胸のドキドキが、どっきんどっきんに変わった。
    ああ、何なの? あたしの心臓。
    でも、あたしはそのとき感じたのだ。イリュージョンって素敵だな、って。

    5.
    「あたし、分かったんです。ネタっ子ってダミーじゃなくても大変なんだって」あたしはビールをぐびりと飲んで言った。
    「あら、分かってくれた? 嬉しいわ」みどりさんもジョッキを口に運びながら答えてくれる。
    あたし達は居酒屋で向かい合って座っていた。
    「ね、イリュージョンはネタっ子が明るく頑張る、っていうのがいいって思いません?」
    「そうね。・・でも、若菜ちゃん、誰かにそう言われたの?」
    「いえ。自分で思ったんですけど」
    「あたしも、初めてイリュージョンやったときだったなぁ」
    「?」
    みどりさんは頬に手をあてて、遠くを見るような表情になる。
    「・・私ね、最初にやったイリュージョンはミスメイドなの。知ってる?」
    「いえ。すみません」
    「ミスメイドっていうのはね、電話ボックスみたいな箱に女の子を入れてね、箱を4つに分割するの。それから箱の順番を入れ替えて積み上げるのよ」
    「あ、知ってますっ。テレビで見ました。女性の身体の順番も変わってるんですよね? お腹の下に顔が来たりして」
    「うん。あれはね、中の女の子がとっても忙しいネタなの。小さくなったり立ち上がったり、人形のボディを置いたり片付けたり。途中で箱から顔出すときは、大変そうな顔をするなって怒られて何度も稽古させられたわ」
    「へぇ。本当に大変そうですね」
    「それで、本番になってね。やってる最中は夢中でしょ。・・でも終わってから、今日は私が頑張っているのがよく分かったって、褒められたの。これは女の子がやり遂げて成功させるネタだからって」
    「女の子がやり遂げるネタですか。素敵な言い方」
    「それでね、思ったの。もっともっと厳しいイリュージョンのネタっ子やりたいって。ぎゅうぎゅうに詰められても、ぎちぎちに縛られても、火の中だって水の中だっていいわ。そんな中でも、明るく笑ってやり遂げるイリュージョンをしたいって」
    「うわぁ、分かりますっ。あたし今、胸がきゅんきゅん、しちゃいましたぁ!」
    「よぉーし。若菜ちゃん、私と仲間だよ! あんた、ダンスができなくて、ずっとダミーのままでも許してあげる」
    「ぷぅ~。意地悪ぅ(笑)」
    「あはは。さあっ、飲も飲も。・・おじさーんっ、生中、おかわり!」
    「あ、あたしも、お願いします!」

    6.
    翌日、事務所に出てきたら、あたしは出番が決まったと言われた。
    やった!
    喜んで稽古場に行くと、そこには初めて見るイリュージョンの機材が置いてあった。
    「これはうつ伏せに寝てやる美女の胴切りだよ」
    昨日まで練習していたイリュージョンとは、同じ胴切りでもぜんぜん違う構造だった。
    だいいち、美女は箱に入らない。
    腰の部分をかまぼこ状のカバーで覆うだけで、その位置を金属のブレードで切断されるのだ。
    あたしが担当する下半身のネタっ子は、腰から上を台の下に隠すようになっていた。
    隠れる場所は、台の下のアルファベットの『X』の形をした脚の中だった。
    その脚はずいぶん細く見えた。こんな中に隠れるの?
    ああ、また、あの不思議な感じ。
    不安と、そしてドキドキする気持ち。

    あたしはネタの中にもぐり込んだ。・・せ、狭いっ。
    その空間は断面が長方形で、上下の厚みは25センチほどしかなかった。
    首を横に向けて、何とか収まる。
    その上X字の脚は斜めになっているから、あたしは頭を下に60度の角度でほとんど逆立ちの姿勢なのだ。
    伸ばした両手が奥の壁に触れたので、手のひらを当てて突っ張って何とか体勢を安定させることができた。
    上の方から光が射し込んでくるのが分かる。でも、そっちに顔を向けることができない。
    息が詰まりそうな、すごい閉所感。
    「具合はどうだい?」光の射す方から声がした。
    「は、はいっ。だいじょ・・」ごつん。いたた。
    大丈夫と返事しかけて頭を壁にぶつけた。
    「無理に喋らなくていいよ。こっちからの指示に黙って応えてくれたらいいから」
    「はい」
    「じゃ、お尻隠すよ」
    腰の部分にカバーがセットされて、あたしのまわりは真っ暗になった。

    「ほぉ、若菜ちゃん、なかなかの脚線美ー」
    こら、稽古中にからかうなぁ。でも、褒められてちょっと嬉しいから、あたしも困った女だ。
    「腰が伸びて足が上がり易いから気をつけて。膝も曲げたままにぜずに、伸ばして」
    うん、確かに。意識して爪先まで伸ばさないと、すぐに膝が曲がってしまいそう。
    うつ伏せに横たわった美女の肢体をイメージする。すらりと伸びた足。
    あたしはその足になりすますダミーなのだ。
    足の甲を台に押し付けるように伸ばす。
    「太ももに力こぶができてるよー。もっと自然に」
    太ももに力こぶって、いったい何よ。あたしは意識して筋肉を弛緩させる。
    「OKっ。じゃ、足伸ばしたまま10分間、頑張って~」
    んがっ。無茶言うなぁっ。
    しばらく過ごしていると、ゆっくりと頭に血が上ってくるのが分かった。
    胸が気持ち悪い。
    夕べのアルコールかしら。みどりさんと盛り上がって、カラオケ行って、また飲んじゃったし。
    「はいはい。膝曲げないでね~」足をぺちゃぺちゃ叩かれた。
    くぅ~っ。泣きそう。
    でも、ネタっ子なのよねあたしは。どんなに苦しくても、耐えなきゃ。
    「・・よぉし、10分。最後に切断された美女がもがくところ、やってみて」
    はぁ、はぁ。苦しいよぉ。これで本当にお終いだからね。
    あたしは、自転車をこぐように両足を動かした。ぐるぐる、ぐるぐるっ。ぐっ。
    急にお腹の中からむかむかしたモノが突き上げてきた。
    きゃ。んっぷ!!
    思わず口を塞ごうとしたけど、できなかった。このネタの中では自分の手を口元に持っていくことすらできないのだ。
    ひ、やだぁ~(泣)!!
    吐いたものの一部が気管に入り、あたしは激しくむせた。
    狭いネタ場の中で頭と身体のあちこちが、がたがたぶつかるのを感じた。

    ネタ場から助け出されたとき、あたしは口から泡を吹いて気絶していた。
    最後の瞬間を見ていた人によると、台の上に生えたあたしの足は激しく暴れた後に爪先までぴんと伸びて痙攣し、それからゆっくり力が抜けたそうだ。
    それが真に迫っていて最高の出来だったからと、ゲロを吐いたことは不問にしてもらった。
    あたしが汚した機材は、みどりさんが綺麗に掃除してくれたという。
    「みどりさん、ごめんなさい!」
    「いいのよ。調子にのって飲ませた私も悪かったわ。それにこういうことは珍しいことじゃないし、気にしないでね」
    両手をついて謝るあたしを、みどりさんは笑って許してくれたのだった。

    7.
    小さな劇場の楽屋であたしは緊張して座っていた。
    青いセパレートのコスチュームと薄い水色のタイツ。
    せっかくの衣装だけど、今日あたしがお客様に披露するのはタイツだけだ。
    「よっ。気分はどう?」
    背中を叩かれて振り向くと、あたしと同じ衣装でメイクをばっちり決めたみどりさんが立っていた。
    普段は地味なみどりさんが、最高に美人に見えた。
    「みどりさん、綺麗です~」
    「若菜ちゃんだって可愛いわよ」
    「でも、あたし、すっぴんですから」
    「いつか、顔出してやれる日がくるわよ。・・まず、今夜は、」
    みどりさんはそう言うと、あたしの耳元に口を近づけてささやいた。
    「とっても狭いし、息が詰まりそうだし、頭に血が上って苦しいけど、一生懸命頑張るのよ」
    「みどりさん、あたしを脅そうとしてません?」
    「あれ?」
    みどりさんはにやっと笑った。
    「今夜、ネタっ子デビューする若菜ちゃんには、最高の励ましのつもりなんだけどなー」
    きゅん。あたしの心臓が音を立てて収縮した。
    狭くって、苦しくって、それでも一生懸命・・!
    ああっ、あたしっ。
    「はいっ、頑張ります!!」
    大きな声で答えた。

    華やかな音楽とお客様の手拍子が聞こえてきた。
    ステージに出たみどりさんがマジシャンに手をとられて踊っているのだ。
    いいなぁ。
    あたしだって、ダンスを練習して、いつかきっと踊ってみせるんだから。
    心の中で決意する。うん! ・・・ごつん。
    つい一人でうなずこうとして、頭をぶつけた。あいた、またやっちゃった。
    あたしのいる場所は、ステージの上のついたての反対側、そこに置いたイリュージョンのネタの中だ。
    ステージを直接見ることはできないけれど、音楽を聞いていれば進行が分かる。
    あたしは、待ち続けた。
    真っ暗な中で逆立ちになって待ち続けるのも、悪い気分じゃなかった。
    ・・音楽が変わった。
    みどりさんが踊りながらついたての陰に飛び込んできて、ネタに入る。
    台の下の『X』の形の脚、その中にみどりさんの腰から下が収まった。ほんの5秒ほどの早業。
    ごくり。あたしは唾を飲み込む。
    いよいよ出番だ。
    あたしのネタっ子デビュー。下半身だけのデビュー。
    ついたてがさっと取り除かれた。
    お客様の前に、台の上にうつ伏せに横たわった美女が登場する。
    彼女は音楽に合わせて身をくねらせている。
    その上半身はみどりさん。そして下半身はあたしだ。
    狭さも息苦しさも、逆立ちで頭に上った血も、何もかも気にならなかった。
    あたしは、真っ二つに切断される美女の下半身を一心に演じていた。

    内部ネタっ子配置



    ~登場人物紹介~
    小沢若菜: 21才 修行中の新人アシスタント。まだ顔も出せないネタっ子専門。
    大山田みどり: 25才 先輩アシスタント・ネタっ子。

    イリュージョン八景シリーズを始めます。
    『八景』は語呂のよさと、せめて8本くらいは書くぞという意気込みで決めました。
    8本揃うのに何ヶ月かかるか分かりませんが、イリュージョン好きの皆様にはどうぞ気長にお付き合い下さるようお願いいたします。

    第1回目のネタは、美女の切断 Sawing a woman into half です。
    これは、美女を真っ二つに切断するネタなら何でも当てはまるようなので、とてもバリエーションが多いイリュージョンです。
    私が萌えるのは、やはり、切断された美女の部位をそれぞれ別の女性が演じるものです。
    彼女達はネタの中にどうやって隠れているのか、特に下半身を演じる女性がどんな状態なのか、いろいろ想像するだけで楽しむことができます。
    ネタが小さければ小さいほど、女性の入るスペースが狭ければ狭いほど、萌え度が向上します^^。
    それに対して、たった一人の女性しかいない胴切り(例えば、お腹を引っ込めて中抜きするものとか、下半身はマネキンとか)は、どんなに出来のよいネタでも私には萌えの程度は小さくなります。

    さて今回のメインは、美女をうつ伏せに寝かせて切断するタイプです。
    これは台の上の美女のポーズを見れば、中の様子は誰にでも容易に想像できると思います
    誰にでも想像できてしまうので、マジックとしてはそれほど一流ではないのかもしれません。
    それでも中の様子は魅力的です。上に掲載したイラストがそれです。
    構造上、下半身役の女性は逆立ちに近い体勢となります。しかも彼女は、イリュージョンの最初から最後まで、ずっとこの体勢を強いられます。
    正確には、イリュージョンの始まる何分か前にはこの状態にセットされて待機しているはずです。
    これだけで、私にとっては大いなる萌えです。
    マジックとして一流かどうかは別にして、ステージで演じられている間じゅう中の様子を想像して萌えることができるという、それだけでこのイリュージョンは一流です。
    ご賛同いただける方がおられたら、みどりさんが若菜ちゃんに言ったのと同じ言葉を贈りましょう。・・「私と仲間!」

    最後に、イラストに説明と妄想をねちねちと書き込みましたので ここに貼り付けておきます
    ある意味イラスト本体よりも熱意を込めました(笑)。お楽しみいただければ、幸いです。

    ありがとうございました。





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