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    アンバードール第8話・ハツホ

    1.
    『ハツホ、大ヒット!』
    『クローンドールで初! 本年度アンバードール・アワード受賞!!』
    『発売元ショップ、ハツホのシリーズ化を発表』
    『ハツホの推定市場価格、一体2億円突破か?!』
    『美少女ハツホの謎に迫る!!』

    PCのディスプレイに写る記事は、ハツホで埋まっていた。
    謎の美少女ハツホ? 私はここにいるわよ。
    私は微笑みながら「クローズ、サスペンド」とマイクに向って告げた。
    パソコンの音声認識機能が私のコマンドを理解し、ディスプレイが暗くなって消えた。

    ハツホは『乙女椿』というアンバードールショップから発売されているクローン・アンバードールだ。
    すべて17才に統一されていて、この2年の間に24体が販売された。
    同じ女性のDNAを使って製作した商業用のクローンドールとしては最大級という。

    クローンドールは元になるDNA細胞核さえあれば何体でも作れるから、誰かが粗製乱造すると暴落を招きアンバードール全体の信用を損なう。
    だから業界の自主規制で、同じDNAのクローンドールは年間12体しか売らないと決まっている。
    もっともクローンにこれほどの人気が出ることは珍しいから、ハツホはその上限に達した数少ないクローンドールといえる。

    2.
    クローンドールはアンバードールとは認められない、という人がいる。
    実際、アンバードールが究極の美術品と呼ばれるのは、そのリアルな美しさだけが理由ではない。
    それは実際に人間として生きた少女の身体を縮小して作られたものだからだ。
    私たちはアンバードールを見るとき、そこに使われた少女の人生に想いをやる。
    人の子として生まれ、祝福を受けて美しく育ち、十数年の時間を生きた少女たち。
    その重みは、同じ人間の肉体とはいえタンクの中でわずか2年ほどで促成培養されたクローンが敵うものではない。

    でも私は、クローンだって捨てたものじゃないと思っている。
    同じ女の子をいろいろな姿のドールにできるのはクローンだけだ。
    衣装だって、表情だって、様々に楽しむことができる。
    そう考えるのは私がハツホのDNAドナー、つまりオリジナルの女性だからかもしれない。

    世の中に24体作られたハツホたち。
    どの子も、愛され、大事にされている。
    持ち主はそれぞれ自分のハツホに自由なストーリーを当てはめて夢を見ているのだ。

    私には分かる。
    最初の年に作られたハツホの一人。その子は某アニメの高校の制服姿でフルートを手にしている。
    彼女を買ったのは、若い頃、吹奏楽をやっていた中年の未亡人だ。
    毎晩ハツホを眺めては、自分の高校時代を思い出している。
    吹奏楽部の思い出。亡くなったご主人は同じクラブの同級生だった。
    透明なクリスタルの中に浮かぶハツホに、自分の過去を写している。

    私には分かる。
    最初の年に作られた別のハツホ。その子は浴衣を着て手に団扇を持っている。
    買ったのは、某大企業の社長だ。
    奥様の若い頃の姿に似ているという。
    書斎に飾ったハツホをあまりに溺愛するので、最初は怒っていた奥様も本物の女の子に浮気されるよりはと許し、今ではリビングに置いて二人で楽しんでいる。

    他のハツホたちについても、少し想いをやるだけで、私には見ることができた。
    彼女たちの姿、置かれている場所、持ち主の姿や生活。ハツホに見えるものすべてを知ることができた。
    それだけではない。
    主人から愛される喜び、見つめられる気恥ずかしさ。ハツホ自身の気持ちを感じることもできるのだ。
    どうしてドールに感情があるのか?
    私が勝手に妄想しているだけなのか。
    それとも彼女たちのオリジナルである私に特別な力が働いているのか。
    理由は分からないけれど、ハツホは確かに人間の女の子と同じ感情を持っていて、私にはそれが分かるのだった。

    3.
    椿瑠衣子(つばきるいこ)さんがやってきた。
    この人はドールショップ『乙女椿』の社長で、私を見出しクローンドールを売り出した人だ。

    「こんにちは。そろそろいらっしゃると思ってましたわ」私は笑って椿さんを迎えた。
    「お元気そうですね。初穂さん」
    「元気よ。元気すぎて病気知らずだわ」

    私は短い右腕を振って見せた。
    私、榎本初穂の両手は肘から先がない。腰から下には両足もない。
    幼い頃の事故で失ったのだ。いわゆるダルマという状態。
    ベッドの上か車椅子の上だけが私の居場所だ。

    「ご用件は、3年目の販売分の契約ね?」
    「はい。もう再来年分まで予約が入っていますわ」
    「儲かってるのね」
    「初穂さんのおかげです」

    私は、椿さんが持っていた許諾書類にパソコンで電子署名をする。

    「どうせ細胞核の冷凍ストックはたくさんあるんでしょ? 律儀に毎年来なくても自動更新の契約にしてもらって構いませんのよ」
    「それはそうですけど、年に一度くらいは初穂さんにお会いしたいですから」
    「光栄だわ」
    私は笑って応えた。

    椿さんと初めて会ったのは、もう4年も昔のことだった。
    ある日突然やってきて、私をアンバードールに使わせて欲しいと頼んだのだ。
    ・・アンバードール?!
    思いもしない依頼だった。

    「私、人生に未練なんてないけれど、こんな身体よ? それにもう若くありませんわ」
    アンバードールに献体できるのは14才から19才の女性。
    厳密に法律で決まっていることだ。

    「はい。榎本さんご自身はドールにはなれません。でも、貴女のクローンドールは作れるんです」
    椿さんは真面目な顔でそう答えたのだった。

    4.
    椿さんは、どこで見つけたのか、私の昔の写真を見て私に惚れこんだと言った。
    それは何と私が幼稚園のときの写真だった。
    「こんなに目鼻立ちのくっきりした女の子なら、大人になったらきっと美人のはずだと思いまして」
    「でも、私は」
    「そのお身体は先天性の障害ではありませんでしょ?」

    確かに、私が手足を失くしたのは小学1年のときだった。

    「榎本さんのDNAには、五体満足な身体が組み込まれているんですよ」

    椿さんは、いろいろなアンバードールの写真を見せてくれた。
    どれもキュートでセクシーだった。
    ずっとダルマ女だった私が、こんなに綺麗なドールになれるの?
    私の中で忘れかけていた "女" が蘇ってきた。

    「販売にあたって、ドナーである榎本さんの個人情報はいっさい公開されません」
    「・・」
    「もちろん、報酬の方も所定の肖像権料と売り上げに応じたパーセント分をお支払いしますわ」
    「・・」
    「費用はすべて弊社で負担しますから、まず1体製作してみませんか?」

    私は椿さんを信用することにした。
    報酬の話も魅力的だった。
    今は世話してくれる身内がいるけれど、いずれ一人きりになったときに蓄えは必要だ。

    5.
    体細胞の採取から2年かけて、1体目のクローンドールができあがった。
    椿さんが箱から出したドールを見て私は歓声を上げた。

    高さ30センチほどの透明なクリスタルのキューブの中に17才の少女が浮かんでいた。
    白いドレス。長く伸ばした髪。その顔は、まごうことなき私自身だった。
    絶対に着れないと思っていた肩出しドレスから出た細い腕。
    そして超ミニのスカートからすっと伸びた足。
    ああ、 私の手足。こんなに長かったのか。

    ・・はじめまして!

    少女が挨拶してくれたような気がした。
    私自身と同じ声だった。
    とても明るくて元気で、五体満足でいる喜びに溢れた声だった。

    私は涙を流していた。
    自分と同じなのに、自分と違うハツホがとても愛しく思えた。
    椿さんが彼女を私の前に差し出してくれた。
    私は丸太のような短い腕でハツホを抱きしめた。

    「このドールは、私どもから榎本さんへのプレゼントです。受け取って下さい」
    「あ、ありがとう」
    「きっと売れますわ。確信しています」

    椿さんの予想通り、クローンドール『ハツホ』はヒットした。
    最初に作った6体はすぐに売れた。、
    培養タンクに入っていた残りの身体で販売枠いっぱいまで製造し、それも売り切れた。
    翌年分の生産が決まった頃、目ざといマニアが騒ぎ出し、やがてハツホは世間の注目を集めるようになった。
    発売元にはハツホのオリジナルの女性について問い合わせが殺到したけれど、椿さんは約束通りすべて秘密で押し通した。
    週刊誌の表紙に『ハツホって誰?』という文字が踊った。
    オリジナルの正体を隠すクローンドールが業界の流行になり、『ハツミ』や『初子』といった似た名前のドールが他社から発売された。
    ネットにはハツホの二次創作の映像やフィギュアが溢れ、まるでハツホという美少女キャラクターが存在しているかのようだった。

    いつの間にか私は、誰もが知っているけれど、実際は誰も知らない有名人になっていた。

    6.
    4年目の契約更新時、椿さんは新しい企画の提案をした。

    「ヌードかセミヌードをやりませんか?」
    「まあ、セクシードール?!」
    「はい。お気に障られたら申し訳ありません」
    「とんでもない。私、自分のヌードを見たいわ」
    「初穂さんなら、そうおっしゃると思ってました」
    「うふふふ。ヘアヌードでもOKよ」

    ハツホは毎回売り切れ御礼とはいえ、いつまでも同じようなスタイルだといずれ飽きられるだろう。
    テレビや映画の女優じゃないけど、そろそろ脱いで見せるのは必然ね。

    この年、発表されたハツホのうち4体は、小さなショーツ一枚だけ着けてトップレスの胸を両手で隠したポーズになった。
    私は発表前の商品をわざわざ運んでもらって見ることができた。
    初穂は艶々の肌をしていて、匂い立つような色香に満ちていた。
    これが私なのか。
    とてもセクシーで素敵で、これは女性でも欲しがると思った。

    ・・あ、あんまり見つめないで。

    そのときハツホの声が聞こえた。少し震えているような声だった。
    私にはハツホが顔を赤らめているように見えた。
    分かるわ。恥ずかしいのね。
    きっと私だって同じ気持ちになる。

    ・・がんばんなさい。貴女、きっと今までのハツホ以上に愛してもらえるわ。

    私は心の中で彼女に話しかけた。
    彼女が頷いてくれたような気がした。

    7.
    こうして発表されたセクシーポーズのハツホには引き合いが殺到して、初めてオークションが開催された。
    4体ともクローンドールとしては記録的な価格で落札された。
    ハツホは再び世間の話題を集めた。

    ハツホを買い当てたお客の一人は、ITベンチャー企業の設立者でマスコミにもよく登場する30代の男性だった。
    彼はしばしば商談やパーティでハツホを披露し、その度に彼女は好色の目に晒された。
    ハツホが感じる羞恥は私にも伝わって、私も部屋で一人恥ずかしがった。
    それは初めて味わう心地よい恥ずかしさだった。

    別のお客は中年のご夫婦で、ハツホは寝室に飾られた。
    私にはセックスの経験はなかったから、ハツホの目を通して初めて男女の営みを知った。
    二人ともハツホの姿に刺激されていた。特に奥様の方が強く感じてご主人を喜ばせた。
    女の喜びとはこういうものかと思った。

    あるお客は、お金持ちが集まるアブノーマルなセックスパーティにハツホを持ち込んだ。
    縄で縛って吊るされた女の子。女装の男性。男同士や女同士のセックス。飲尿、食糞。不思議な世界をたくさん見た。
    ハツホはクリスタルの上から精液をかけられ、私は悲鳴を上げた。
    不思議と嫌悪感は感じなかった。

    8.
    「初穂さん、ハツホに似てきましたね」
    ある年の契約で椿さんに言われた。

    「当然でしょ。ハツホは私自身なんだから」
    「その逆ですよ。初穂さんの方がドールのハツホに近づいているみたい」
    「え」
    「初めてお会いしたときから綺麗でしたけど、今はずっと若々しくて色っぽくなられました」
    「あ、ありがとう」
    「もし初穂さんが17才だったら、本気でアンバードールに献体しませんかってお誘いしますよ」
    「うふふ。嬉しいわ」

    世に出たハツホの数はもう100体近くになり、クローンドールの定番ともいえる地位を築いていた。
    キュートで可愛いハツホ。セクシーで大人の雰囲気のハツホ。
    毎年の新製品は堅調に売れているし、まれに手放されて市場に出るハツホがあってもすぐに買い手がつく状況だった。

    私は変わらず全部のハツホと繋がっていた。
    彼女たちのいる世界をすべて自分のことのように経験するのだから、ハツホに似てくるのは当然のことかもしれない。
    今では普通の女性が経験するよりはるかに多くのことを知っている。
    私はハツホと共にいるのが楽しくてしかたなかった。
    これからも、もっと色々な世界を知りたいと思った。

    もしハツホを作らず寝たきりのダルマ女のままだったら、今ころはどうなっていたかしら。
    きっとよぼよぼの生きた屍のようになっていただろう。

    9.
    あるとき、有名女優の家に空き巣が入り、飾られていたヘアヌードのハツホが盗まれてニュースになった。
    清純派女優がヘアヌードのドールを持っていたことに世間の注目が集まった。
    幸い犯人はすぐに捕まって、ハツホは元に帰ることができた。

    さらにあるときは、海外のオークション会場から水着姿のハツホが持ち出される事件が起こった。
    犯人はハツホに恋焦がれた十代の少年で、捕まるまで10日間ハツホを持って逃げ回った。
    短い逃避行の間、私は少年に情が移ってこのまま逃げおおせて欲しいと思ったほどだった。

    ハツホたちの回りでは、いつもどこかで何かが起こっていた。
    もし私に文才があったら、小説にでもしたら売れたかもしれない。
    可愛らしくて色っぽいハツホ。私でない、私。

    私はいつもハツホと同化していて、現実の女性である榎本初穂であることの方が少なくなっていた。

    10.
    最初のハツホが作られて15年が過ぎた。
    ハツホは同じ女性から最も多く作られたクローンとしてギネスブックに載っていた。
    彼女は17才のままだったけど、私も椿さんも15年分の年齢を重ねた。

    椿さんがハツホ製造終了の申し入れとと社長退任の挨拶に来た。
    ベッドに寝ていた私はしばらく椿さんに気がつかなかった。

    「・・初穂さん、初穂さん?」
    「あら、椿さん?」
    「幸せそうですね」
    「ええ、私、いつもハツホたちと一緒よ」

    私はそう答えて笑った。
    椿さんも微笑んだままで、しばらく何も言わなかった。

    「あ」
    突然、私は小さな声を上げた。
    「どうしましたか?」
    「うふふ。何でもないですわ」

    ハツホの前で、一人の女の子が自慰をしていたのだ。
    まだ処女で彼氏もいない17才の高校生。
    クリスタルの中に浮かぶ同い年のハツホを見て何を感じているのかしら。
    とても可愛いわ、あなたのオナニー。
    見守ってあげるわね。あなたが幸せになるまで。

    11.
    椿さんと最後に会った次の年、私は天国に召された。
    死因は老衰。92才だった。
    ハツホのDNAドナー女性死亡の短い記事が新聞に載り、世間はあの大ヒット・クローンドールのオリジナルがお婆さんだったことに驚いたようだった。

    オリジナルの榎本初穂は世を去ったけれど、私は今も多くのハツホたちと共にいた。
    大事に扱えば千年以上も美しさを維持できるアンバードール。
    これからも神様が許して下さるかぎり、私はハツホと触れ合う人々を見守ろうと思う。
    深い感謝と愛情を込めて。



    ~登場人物紹介~
    榎本初穂: クローンドール・『ハツホ』のDNAドナーになった女性。幼い頃の事故で手足を切断している。
    椿瑠衣子:アンバードール専門店『乙女椿』の社長。ハツホを世に出した。

    シリーズ最高齢、いえ、私の作品で最高齢の主人公になりましたww。
    ドールショップの女社長さんは第2話に引き続いての登場です。
    大きなヤマなく淡々とした進行になりましたが、かえってこのシリーズの雰囲気に合っているとも思います。。

    さて、アンバードールシリーズはこれで最終回とします。
    第1話の掲載が2014年4月でしたから、1年と少しの連載でした。
    緊縛シーンが登場しない異色のシリーズとして、作者の萌えだけで走りきりました。
    読者の皆様には評判も薄かったようですが、作者と波長が同じで楽しんでいただけた方もきっと3人はいらっしゃると信じております。

    ありがとうございました。




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    アンバードール第7話・Living Amber Doll 2025 (1/2)

    1.
    [ロイダー通信]
    ADI社(本社アメリカ)は、LAD (Living Amber Doll) システムを3月1日から全世界で一斉販売すると発表した。
    LADは人間を生きたまま等身大のアンバードールにする技術で、従来のクリスタルガラスの代わりに呼吸可能な特殊樹脂を使用し最大1週間のアンバードール体験が可能になる。
    約1年間にわたるモニタ試験では、延べ2000人以上の女性がアンバードールになって良好な結果を得たという。
    アメリカ国内の価格は、保守サービス(1年間)を含め72万米ドル。
    一般販売開始と同時に、ニューヨーク・ロンドン・上海および東京にショールームを設け、アンバードール体験サービスを実施する。
    同社では世界中の富裕層を対象に年間1000セットの販売を見込んでいる。


    2.
    [朝の情報番組]
    画面に女性レポーターが登場した。
    「はいっ、ワタクシ、先日オープンして話題沸騰中の、日本ADI社銀座ショールームの前に来ております!」

    繁華街に面したショーウィンドウの前に、百人以上の野次馬が集まっていた。
    そこには電話ボックスのような箱が置かれていて、中に一体の美少女が浮かんで固まっていた。
    赤いミニスカートの衣装。片手にマイク。
    軽くジャンプしたポーズで、長い髪とスカートの裾がふわりと広がった姿は、まさにステージで歌うアイドルだった。

    「はいっ、展示されているのは、等身大のアンバードールです! いかがでしょうか、この生き生きとした姿! よく見るとIKB58の "だるる" こと島崎だいやさんにそっくりですね!」
    女性レポーターは、ショーウインドウの中を示しながら説明した。
    「実はこれ、リビング・アンバードールと呼びまして、生きた女性を使ったアンバードールなんです。つまり、ここに飾られているのは、正真正銘、本物の島崎だいやさんなんです!!」

    レポーターの隣に若い男性が登場した。
    「こちら、ADI社の赤塚さんですっ。さっそくですが赤塚さん、リビング・アンバードールというのは、生身の女性を固めてしまうんですよね?」
    「あ、そうですね。ネオカクニールという透明なプラスティックの中に埋まっています」
    「そんな中で、無事に生きていられるものですか?」
    「あ、そうですね。ネオカクニールは酸素を肺に供給したり、栄養補給などもできますから、まったく問題ありません」
    「なるほど、ただのプラスティックじゃないんですね。それで、いったいどれくらいの時間、過ごせるものでしょう?」
    「あ、そうですね。その人の適性にもよりますけど数時間から数日、トレーニングすれば1週間でも大丈夫です」
    「1週間ですか! ・・あの、ワタクシ、同じ女性として思うのですが、そんなに長い間、お風呂に入れなかったり、お友達とお喋りできないのは辛いのではないでしょうか?」
    「あ、そうですね。そういったことは女性にとって重要ですね。ネオカクニールの中は快適で、わずかな汗や匂いも吸収してくれますから、外にいるより清潔でいられるんですよ」
    「まあ、お風呂いらずですか!!」
    「あ、そうですね。それと、NAHGO(ナーゴ)というサポートシステムがありまして、眼球に装着するマイクロディスプレイ、骨伝導イヤフォンと脳波検知コントローラーで、外部とのコミュニケーションも可能なんです」
    「まぁ、すごい! それでは、ワタクシ、あそこにいる島崎さんとお話しすることができるですか?」
    「あ、そうですね。じゃ、これでどうぞ」

    女性レポーターは手渡されたハンドセット(受話器)で話しかける。
    「もしもし、だるるさん?! 島崎さんっ、聞こえますかー?」
    「あ、はいっ。だるるです。聞こえてまーす!」少女の合成音声がスピーカーから流れた。

    おぉ~!! 群集から歓声が上がった。

    「おねぼうテレビのニノミヤです! ワタクシの姿はお分かりになりますかっ?」
    「はい、監視カメラの画像で見えてます。黄色いシャツで、右手を振ってる方ですね」
    「そうですそうです! さっそくですが、アンバードールになったご気分はいかがですか?」
    「もう、最高です。私、アンバードールになるのが夢でしたから」
    「島崎さんは、IKBアンバードールシリーズとして、ご自身のクローンを使ったアンバードールを発売されていますよね?」
    「はいっ、出してます。今度は、こうしてアンバードールになった私自身も買ってくれますか? きっと、すっごく高いですけど」

    買うよ~!!
    居並ぶファンが図太い声で応える。

    「えー、あの、だるるさんは、そこで完全に固まってるんですよね?」
    「はいっ。もう、1ミリだって動けません。こんな姿になったアイドル、私が初めてじゃないですかぁ?」
    「どこか痛いとか、辛いとかないですか?」
    「ぜんぜんないです。動けなくても、こんな風にお喋りできますし、お友達と LIME だってできるんですよ」
    「そうですか。・・何だかワタクシもアンバードールになってみたい気がしてきましたっ。えー、この後は、どのようなご予定ですか?」
    「はいっ。今日一日、閉店までこのまま飾られてますぅ。皆さん、どうぞ見に来て下さーいっ」

    うわ~!! 再び歓声が上がる。
    ほとんどの人がスマホやスマートウォッチのカメラで撮影している。
    この画像はSNSなどを通じて、あっという間に世界中に拡散するだろう。
    LADシステムの発売にあたって、人気アイドルを使うプロモーションは大成功だった。


    3.
    伊豆の別荘にLADシステムが届いた。
    物置として使っていた部屋に設置してもらうことにする。
    装置の重量は約1.5トン。
    地盤と床の強化。庭にネオカクニールの浄化装置。他に電源・配管・専用通信回線。
    費用はモロモロ合わせて1億円近い。
    こんなモノを買う人はよほどモノ好きなお金持ちね。

    ウチの場合、そのモノ好きはダンナじゃなくて、あたしのほう。
    あたしはアンバードールが好きで、東京の自宅に日本の15才と18才の女の子、別荘にフランス人の14才の女の子を飾っている。
    さらに、去年、あたし自身のクローンのアンバードールも作って自宅に飾った。
    それでも物足りないと思っていたところ、LADシステムが発売されてすぐに飛びついた。
    買ってくれないとあたし自身が死んでアンバードールになるってダンナを脅したら、すぐに買ってもらえた。
    日本ADIの担当者いわく、ウチは世界で13台目、日本で3台目のお客らしい。

    2週間かかった設置工事が完成して試運転の日。
    ダンナは仕事だったので、あたし一人で駆けつけた。

    「・・ネオカクニールは通常は水と同じ液体ですが、その場の電界強度に応じて粘性体から固体まで物性が変化します」
    工事の人が説明を始めた。
    「タンク内の電界を3Dピンポイント制御することにより、任意の座標のネオカクニールを変性させたり、流動させることが可能です」

    「そんな話はもう知ってるわ」あたしは説明を止めさせた。
    「それより、さっさとテストを始めてちょうだい!」
    「あ、はい。ではさっそく・・」

    控えていた女の子が服を脱ぎ始めた。
    テスト用にADI社が連れて来た子だ。

    「待って。・・テストはあたしがするわ」
    「え?!」
    「せっかく来てもらったのに悪いけど、他の女に使わせたくないのよね」

    ADIの連中に了承させるには時間がかかった。
    まだ引渡し前だからとか、全裸にならないといけないとか、何か問題があったら責任とれないとか、いろいろ抵抗されたけど、あたしは譲らなかった。
    裸になるくらい構わないわよ。
    それに、テストなんていっても、ただの試運転でしょ? どんな問題があるのよ。
    え? 調整が不十分だと固まったまま戻らなかったり、命に関わるリスクがある?
    じゃ、その女の子は平気なの? 死んでもかまわないの?
    え? この子はそのための訓練と危険手当をもらってる・・。

    い、いいじゃない。それくらい覚悟するわよ。
    ほら「たとえ死んだって責任は問わない」って一筆書くから。
    ごちゃごちゃ言ってないで、認めなさい!

    4.
    あたしは、全裸になって、脳波センサーと骨伝導イヤフォン、それからマイクロディスプレイ内蔵のコンタクトレンズを装着した。
    このコンタクトレンズをつけていると、涙に近い成分で眼球が覆われ、まぶしさも制御されるから、目を閉じる必要がなくなる。
    完全固化したら、まばたきもできなくなるから、絶対に必要な装備なのだ。

    タンクの液体の中に身を沈めた。
    液体状態のネオカクニールは無味無臭で、ほとんど水と変わらない。
    髪と肌についた泡を手で払い、呼吸管を口に咥えて加えてタンクの底に立った。
    "いいわ、始めてちょうだい"
    そう伝えると、タンクの蓋が静かに閉まった。

    ぶん!
    小さな音と共に周囲の空間がきらきらと輝き、すぐに薄いねずみ色になった。
    手足がこわばる。
    ネオカクニールの物性が変化して、水飴のような状態になったのだ。
    爪先がタンクの底を離れ、あたしはゆっくり浮き上がった。

    「準備完了。・・ポーズを決めて下さい」
    耳につけた骨伝導イヤフォンから、低い男の声でメッセージが聞こえた。
    これはサポートシステム NAHGO の声だ。
    視界に3Dの人体図が映った。
    コンタクトレンズのマイクロディスプレイに、あたし自身の姿勢が表示されたのだ。

    そうね。
    あたしは少し考えて、両手を上に上げて髪をかき乱すポーズをとった。
    視界の中のあたしの姿もそれに同期してポーズを変える。
    あたしはネオカクニールに支えられてタンクの中央に浮かんでいるけれど、手足を動かすとその部分は柔らかくなって自由にポーズを変えることができる。

    "髪を少し流してくれる。左下から右上へ"
    ゆっくり風が吹くようにネオカクニールが動き、髪の毛がそよいだ。
    "もう少し、上向きに"
    あたしは目に映る自分の身体と髪の状態を見ながら指示を出す。

    "いいわ。固定して"
    ネオカクニールが固化し、あたしは自分で決めたポーズで固定された。
    これで気に入らなければ何度もポーズを決め直すこともできるけど、あたしはこれで満足した。

    "OKよ。これでお願い"
    「ポーズ確定、了解しました。・・息を吸って20秒間だけ止めて下さい」

    口に咥えた呼吸管が引き抜かれた。
    代わりに、こぽこぽと小さい音がして、鼻腔と口からネオカクニールが侵入してきた。
    LAD初体験の女性だと、ここでパニックになることがあるそうだ。
    でもあたしは落ち着いている。
    喉から肺の中まで満たされる感じがした。

    「呼吸システム完成。息をして下さい」
    あたしはゆっくり胸を膨らませた。
    そのまま普通に呼吸ができることを確認する。

    "いいわ。大丈夫よ。外を見せて"
    視界が明るくなった。
    あたしは、透明なプラスティックの中に浮かんでいた。
    タンクの外にADI社のエンジニアや営業担当者の姿が見えた。

    あたしは、優しく、そして威厳を持って伝えた。
    "ありがとう、満足よ。さ、帰ってちょうだい"
    コンマ何秒か遅れてあたしの思考が音声に変換され、外のスピーカーから出力された。

    5.
    調整の残作業がとか、手続きがとか、またまた抵抗されたけど、あたしは譲らなかった。
    せっかくあたしだけの空間ができたのに、どうしてすぐに出ないといけないのか。

    結局、後のことは別の日にすることにしてADI社の人たちは帰り、後にはあたしだけが残った。
    ウチの別荘は常勤のお手伝いさんを置いていない。
    必要なときに東京から同行させているけれど、今日はあたし一人きりだった。

    うふふ。それもいいじゃない?

    "さ、NAHGO、これからよろしくね"
    「こちらこそよろしくお願いします。鎌倉さま」
    "あら? あたしの名前が分かるの? 自己紹介もしてないのに"
    「はい。ロンドンのショールームで3度ほどお目にかかっております。・・お客様は鎌倉翔子さま。ご年齢は30才」
    "言わないで。歳のことは"
    「失礼いたしました」

    そうだ。
    東京のショールームは、アイドルを使うなんて馬鹿げた宣伝のせいで大混雑だから、あたしはロンドンまで行ってLADシステムを体験したんだった。
    それで、むちゃくちゃ興奮して、さらに2回経験したあげく、購入を決めたのだった。

    "あなたはロンドンにいた NAHGO のコピーなの?"
    「コピーではありません。私は世界中で有機接続された自立分散型のシステムです」
    "分かったわ。それであんなにスムーズに試運転ができたのね"
    「はい。鎌倉さまにつきましては、これ以上のテストやトレーニングは必要ありません」
    "鎌倉さまは止めてよ。・・そうね、あたしのことは、翔子と呼んでちょうだい"
    「はい。翔子さま」
    「翔子、でいいのよ」
    「お客様を呼び捨てにはできません」
    堅苦しいわねぇ。

    "じゃ、せめて女の子の声にならない?"
    「・・かしこまりました。これでいかがでしょうか?」
    NAHGO の声が女に変わった。
    "もうちょっと可愛い声がいいな」
    「申し訳ございません。ただいま日本語音声DBはこれだけです。次回アップデートで追加される予定です」
    "分かったわ。じゃ、さっそくだけど、あたしの姿をよく見せてちょうだい"
    「かしこまりました、翔子さま」

    6.
    照明が点いて、あたしを照らした。
    コンタクトレンズのディスプレイにあたしの正面像が映った。
    四隅の枠にLEDライトとCCDカメラが1センチおきに並んでいて、あらゆる角度の3D画像を合成して映し出してくれるのだ。

    明るく輝く透明なプラスティックの中に、黒髪をなびかせた女性が浮かんでいた。
    シミひとつない肌。豊かに実ったバスト、くびれた腰。つつましく茂ったアンダーヘア。
    我ながら見とれてしまう。

    ・・そのまま、近寄って、足元から順に上へ。

    そう思うと、すぐに画像がズームして、爪先のアップになった。
    そのまま足の甲、くるぶし、脛、膝、太ももへフレームを移動させる。
    ムダ毛なんて一本もない、つるつるの足。
    アンダーヘアもちゃんとお手入れしてるのよ。
    ウルトラマイクロのビキニを着けたってはみ出さないように永久脱毛してるし、でも必要なところは濃い目に残しているわ。

    視界の中央におへそが来ると、今度は水平にお腹の回りをぐるりと一周して眺めた。
    あたしは自分のウエストからヒップにかけての曲線が好きだ。
    きゅっとくびれたウエストにばーんと張ったお尻。
    今まで何人の男がこのくびれを賞賛してくれたことだろう。

    "・・ねぇ、NAHGO。脇腹のところ、少し締められる?"
    「体形補正でございますね? 可能です」
    "た、体形補正なんかじゃないわ! ちょっと締めるだけ!"
    「かしこまりました。半軟化状態のネオカクニールは透明度が低下しますが、そのまま画像をご覧になりますか?」
    "構わないわ。このまま写して"

    ウエストの左右の部分が、きらきらと一瞬輝いて、すぐに薄いねずみ色になった。
    くいっ。
    コルセットのように締め付けられる感覚。
    やがてねずみ色の部分が薄くなり、再びきらきらと輝いてから、透明に戻った。
    ウエストが一層くびれているのが分かった。

    ・・やった。ますますナイスバディ!!
    「いかがでしょう? 翔子さま」
    "グッドよ!"

    7.
    あたしはアンバードールになった自分を存分に楽しんだ。
    隅々まで身体を眺めて、ナルシシズムに浸った。
    誰かに所有されることを妄想して、マゾヒズムに浸った。
    何時間でも何日でもドールでいたかった。

    尿意を覚えたので NAHGO に伝えたら、股間のネオカクニールが自動的におしっこを吸収して排出してくれた。
    お腹が空いたと伝えたら、食道から胃へと、スパイスが香ばしいカロリージェルが投入されて満足した。

    気がつけば、あたしは瞼(まぶた)を開けたまま眠っていた。
    意識が戻ると同時に、目の前が明るくなった。
    NAHGO がコンタクトレンズのフィルターを暗くしてくれていたようだ。

    「お目覚めですか、翔子さま」
    "あ、今、何時?"
    「5月14日午前2時15分でございます」

    もう、12時間以上も固まっていたのか。

    「そろそろ終了して下さいませ」
    "もちょっと、楽しませてよ"
    「モニタ計測によれば、翔子さまの体力は限界でございます」
    "まだ大丈夫だから"
    「いいえ。お客様の安全と健康を最優先にするのが私の務めでございます」

    視界に3Dの人体図が映し出された。
    その喉から肺の部分が黄色く点滅していた。
    「呼吸システムを解除します」
    こぽこぽと小さい音がして、胸の中のネオカクニールがゆっくりと回収された。
    しかたなくあたしは、代わりに降下してきた呼吸管を口に咥える。

    あたしを固めていた周囲のネオカクニールも急激に柔らかくなった。
    手足が自然に伸びて弛緩した。
    筋肉がゆっくり揉みほぐされる。自動マッサージ機能だ。
    「あ、ふぅ」
    その気落ちよさに思わず声を出した。

    「お疲れ様でした。ごゆっくり休息なさいませ」
    タンクの蓋が開いた。
    ネオカクニールがあたしを持ち上げ、あたしはゆっくりタンクから顔を出した。
    シャワーを浴びた後、さすがに疲れ果てて、裸のままベッドに転がり込むと泥のように眠った。

    8.
    あたしは東京の家に帰った。
    週末はダンナの付き合いで、ゴルフとパーティに行かなきゃならない。

    ダンナは宝飾店を経営する会社の社長で、結婚して7年になる。子供はいない。
    もうお互い愛情は感じていないけど、好きに遊ばせてくれるしお金も出してくれるから、あたしはダンナに感謝している。
    世間体を保てる程度には、尽くしてあげるつもり。

    ただ、ダンナはあたしより20も年上だから、きっと先に天国に行くだろう。
    あたしは遺産を相続したいなんて、これっぽっちも望んでいない。
    それにダンナが死んだときにきっと起こる遺産騒動に巻き込まれるのもゴメンだった。
    だから、ダンナが生きているうちに、あたし自身が若くて綺麗なうちに、アンバードールになってやろうと本気で思っている。

    法律上の年齢制限? そんなものはお金の力で何とでもなるわ。

    続き




    アンバードール第7話・Living Amber Doll 2025 (2/2)

    9.
    週が明けてダンナの用事が済むと、あたしは伊豆に飛んで戻った。
    ・・無理をしないように。
    ダンナはそれだけ言って送り出してくれた。これから3週間イタリアとアメリカで仕事だって。
    向こうに愛人でもいるのかしら。
    まぁ、構わないわ。ダンナはダンナ、あたしはあたし。

    それより、いよいよアーバンドール三昧の生活。
    色っぽくて綺麗なドールになるんだ。
    お気に入りの衣装と小道具をたくさん持ってきちゃった。うふふふ。

    最初に着たのは、ニューヨークで買った白いイブニングドレス。
    背中が大きく露出していてセクシー。
    前だって、胸の谷間からおへそまで開いているのよ。
    タンクに入ると、長いスカートが空気で膨れ上がった。
    苦労して中の空気を全部追い出した。

    "さ、やってちょうだい"
    NAHGO に頼むと、ネオカクニールが流動してスカートがめくれ上がった。
    まるで足元から強風が吹き上げるかのように、ひらひらと舞って動いた。
    あたしは、できるだけセクシーな表情をして、お尻を突き出し、舞い上がるスカートを前で押さえる。

    いつか見た、マリリン・モンドーの蝋人形。
    あの映画の有名なシーンを再現した姿を見て、あたしもいつか同じ格好をしたいと思っていた。
    自由奔放で、若々しさと、男を誘う色香にあふれる姿。

    "いいわ。固めて。ぎちぎちに"
    「かしこまりました、翔子さま」

    周囲の空間がきらきらと輝き、透明になった。
    全身がぴしりと固まって、動かなくなった。
    あたしは、舞い上がるスカートを押さえるマリリン・モンドーの蝋人形になった。

    あぁ、イイ・・。
    それだけで、子宮が疼くようだった。

    "ねぇ NAHGO、あたし、綺麗?"
    「はい、とても美しくおいでです。翔子さま」
    お世辞と分かっていても嬉しかった。

    あたしは、透明なプラスティックに変わったネオカクニールの中で二日間過ごした。
    自分の姿を眺めて楽しみ、男たちに眺められる姿を妄想して楽しんだ。
    ときどき、とろとろと眠り、目を覚ましては身動きできないエクスタシーを味わった。
    本当に見てくれる人がいたらいいのに、と思った。

    そして三日目の朝、NAHGO にこれ以上は駄目と言われて、タンクの外に放り出された。

    10.
    あたしは別荘に男友達を三人呼んだ。
    あたしのセックスフレンドたちだ。
    みんな、ハンサムでいい身体をしていて、とても頭がよくて、口は悪くて、でも従順だった。

    「いいこと? 今夜はセックスなしよ」
    あたしが言い渡すと、男たちは揃って意外な顔をした。
    「俺たちは構わないけど、翔子は平気なのかい? いつもサカリのついたネコみたいに求めるのは翔子だぜ?」
    「失礼ねっ。・・代わりに、これを使うのよ」
    あたしはLADシステムを見せた。
    「これは、ADIのLADじゃないか」「本物だ」「こんなものを買ったのか」
    驚く男たちの前で、あたしはほくそ笑んだ。

    その夜。
    あたしは、ビキニをつけて男たちの前に立った。
    ティアドロップの小さな小さな紐ビキニ。
    乳首も股間も、親指の幅ほどの布に隠れるだけ。
    隠すというより、見せ付けるためのビキニ。
    男たちがごくりと唾を飲むのが分かった。

    「うふふ。あなたたちはこの身体に触れられない。その代わり、アンバードールになったあたしを好きなだけ見ていいわ」
    「この中で固められて、ぴくりとも動けないんだろ? そんな姿を俺たちに見てほしいのか」一人が言った。
    その言葉に、ぞくり、と感じる。

    「ただのディスプレイとして扱われたいんだよ。この女は」
    「つまり、人間ではなく、モノとして見られたい。・・倒錯しているな」
    「倒錯、というより変態だな」
    ぞく、ぞく。
    男たちの言葉だけで濡れてしまいそうだ。

    「あ、あぁ。そう。・・あたしをモノとして見てくれる。蔑んだ目で見てもいいわ。存分に見てちょうだい。あたしの肌が火傷するくらいに、たっぷり時間をかけて」
    男たちは笑って頷いてくれた。
    あなたたち、よく理解しているわね。あたしの性癖を。

    あたしはタンクに入り、両足を開いて膝をつき、両腕を前で組んでバストを持ち上げるポーズをとった。
    "お願い、NAHGO"
    「かしこまりました。翔子さま」
    あたしはその姿勢のまま、タンクの中央に浮き上がり、そして固められた。

    正面に、自分を見ている男たちが見えた。
    モノ言わない人形になったあたしを見て、喜んでいる。

    いいわ。あたしを鑑賞して。
    あたしの身体を。手足を。おっぱいを。
    すっかり固められて動けない、あたしのすべてを。

    いつの間にか男たちはテーブルを置き、そこにワインとオードブルを並べていた。
    どこで用意したの? そんなお料理。
    こっちを見ながら乾杯している。
    固めた女を肴に、お酒を楽しむの?
    いいわ。素敵な趣味ね。

    男たちの視線を全身に感じる。
    身動きできないあたしに対する、純粋な興味と、優越感と、侮蔑の感情に満ちた視線。
    貶められる感覚。

    ぞくぞく。ぞくぞく。
    あぁ・・、イイ。
    身震いしたくなるほど、イイ。
    でも、ほんの少し震えることだってできない。
    あぁ、たまらない。

    いつの間にか、男たちはその場からいなくなっていた。
    後には空のワインボトルとお皿が並んだテーブルだけが残されている。
    と、一人が目の前に来て、あたしを眺めた。馬鹿にしたような視線。
    すぐに姿が消えた。
    男たちは、ときどき思い出したようにやって来ては、あたしを鑑賞し、そしていなくなった。

    飽きたの?
    それとも、あたしをじらしてる?
    どちらでもいいわ。放置されるのも、お人形の運命だもの。
    アンバードールは鑑賞されるための美術品。
    いつでも見にきて。
    プラスティックの中でいつまでも待ち続けるから。

    果てしない快感と興奮に包まれて、あたしは時を過ごした。
    眼球につけたマイクロディスプレイは一度も使わなかった。
    そんなことをしなくても、動けない人形のまま放置される感覚を味わうだけで十分だった。

    ぞくぞく。
    とろとろ。
    じゅくじゅく。

    「・・翔子さま、翔子さま」
    NAHGO の声がした。
    "・・ああ、今、何時?"
    「5月24日の19時30分でございます」
    "もうそんなに過ぎたの?"
    「はい。2日と23時間が過ぎました。終了なさって下さいませ」
    "お願い。あと10分だけ"

    深く息を吐くような音が聞こえた。
    あのねぇ、機械のくせに溜息つくことないでしょ?
    「分かりました。10分間で強制終了いたします」

    あたしは、ちょっと破滅的な願望に捕らわれた。
    苦しい思いをしたくなったのだ。

    "ねぇ、ちょっと首を締めてくれる"
    「かしこまりました」
    ネオカクニールが一瞬輝いて、喉の下がきゅっと締まった。
    ああっ、 快感っ。

    "もっと強く!"
    「これ以上は頚動脈を圧迫し脳障害を引き起こす危険性があります」
    "ほんの10秒間でいいから"
    「あいにくですが、できません」
    "もうっ"

    「・・時間です。終了させていただきます」
    こぽこぽと小さい音が聞こえた。

    11.
    タンクから出ると、あのテーブルだけが残されていてその上にメモが1枚置かれていた。
    『お楽しみは済んだかい? 俺たちは東京へ帰る。翔子の私書箱にプレゼントを置くよ』

    あたしはスマホで、オンラインの私書箱を見た。
    そこには、一通の文書にメッセージが添えて置かれていた。
    メッセージには
    『ADIのセキュリティはザルだな。どう使うかは翔子次第だ』
    と書かれていた。
    そうだった。男たちは、みんな凄腕のハッカーだった。
    あいつら、あたしがエロエロになってる間にこんなモノを。

    文書のタイトルは『LAD-3021 System Local Operation Manual』だった。
    あたしはそれを翻訳システムで日本語にして、それから中身を読んだ。

    12.
    翌日の夜、あたしは水着を着けてLADのタンクに入った。

    "おはよう、NAHGO。ご機嫌いかが?"
    「おはようございます。翔子さま。私は良好ですよ」
    今は夜なのに、NAHGO は朝の挨拶を返してきた。
    もうログインシーケンスに入っているんだ。

    "チェックID"
    「チェックID」
    "保守モード"
    「保守モード アカウントをどうぞ」
    "ASAS NAHGO 1962-1323-ZA12-Q2313-FF30"
    「確認、保守モードに入ります」

    やった。アカウントは生きていた。

    "OPERATION LOCAL"
    「・・OK LOCAL」
    NAHGO はしばらく静かになって、それから無機質な男声で応答した。
    ローカルモードは、自立分散システムである NAHGO の分散側ノード、つまりこの別荘の NAHGO だけを制御するモードだ。

    "OPERATION, PRESET"
    「OK, PRESET」
    "SAFETY LEVEL 2"
    「OK, SAFETY LEVEL 2」
    "OPERATION, PRESET END"
    「OK、PRESET END」
    "OPERATION, EXIT LOCAL"
    「OK, EXIT LOCAL、・・・ネットワークに再接続しました」
    NAHGO が女の子の声に戻った。

    "保守モードから抜けてちょうだい"
    「保守モードを終了しました」
    うまくいったように見える。
    さあ、大丈夫だろうか。

    "あたしの首を締めてくれる"
    「かしこまりました。翔子さま」
    ネオカクニールが一瞬輝いて、喉の下がきゅっと締まった。

    "もっと強く"
    「かしこまりました」
    ぐがっ!!
    喉の下がさらに強く締まり、一瞬目の前が暗くなりかけた。
    "あぁっ、止めて!"
    「はい」

    "・・ありがとう。今日はこれで終わるわ"
    「かしこまりました。翔子さま」
    ネオカクニールがあたしをタンクから押し出した。

    13.
    どき、どき、どき。
    心臓が今までにないくらいに激しく鳴っていた。
    うまくいったようだ。
    あたしは、NAHGO のセーフティレベルの書き換えに成功したようだ。

    あたしはまる一日眠り、十分な栄養を取って、これからのことに備えた。
    赤いレザーと首輪のボンデージを身体に着けた。
    首輪には短い鎖が繋がっていて、その鎖に皮製の手枷がぶら下っている。
    それから、皮の足枷を持ってタンクに入った。
    まず足首に足枷を、それから手首に手枷を掛けてロックした。
    どれもプレイ用のおもちゃだけど、女の力で引きちぎれるものではない。
    ロックを開錠する鍵は、部屋のテーブルの上だ。
    つまり、タンクから出ない限り、手足の拘束を解くことはできない。

    さ、行こう。
    あたしは、ネオカクニールの中で姿勢を決めた。
    自由を奪われ、助けを求めるように天を見上げるポーズ。

    "固めてちょうだい、NAHGO。あたしを固めて、あらゆる自由を奪って」
    「かしこまりました。翔子さま」

    あたしを囲むネオカクニールが、一瞬輝いて、固体になった。
    あたしは透明プラスティックの中に浮かぶ、奴隷女のアンバードールになった。

    "命令するわ”
    「はい、翔子さま」
    "あたしから指示しない限り、そしてあたしが命を保っている限り、永遠にあたしを飾っておくこと」
    「かしこまりました」
    NAHGO はすぐに返事した。

    Living Amber Doll

    14.
    それからどれくらい時間が過ぎたのか、分からなかった。
    あたしは、自分の姿に見とれ、手足を拘束された奴隷になっていることに興奮した。
    そして、固められて身動きできないこと、そしてそのまま無人の部屋の飾り物になっていることに、ぞくぞく感じた。

    NAHGO は真珠の泡のようにネオカクニールをきらきらと輝かせてくれた。
    あたしはその光の中で自分の姿に見とれた。

    あぁ、イイ。
    あたし、アンバードールだ。
    固くて透明なプラスティックに封印されたアンバードール。
    永遠に美しいアンバードール。

    "ねぇ、あたし、綺麗?"
    「はい、とても美しくおいでです。翔子さま」

    ぞく、ぞく、ぞく。
    とろ、とろ、とろ。
    じゅく、じゅく、じゅく。

    ・・ただのディスプレイとして扱われたいんだよ。この女は。
    ・・人間ではなく、モノとして見られたい。
    ・・倒錯しているな。
    ・・変態だな。

    男たちの言葉を思い出しては何度も反芻した。

    ぞく、ぞく、ぞく。
    とろ、とろ、とろ。
    じゅく、じゅく、じゅく。

    あたし、綺麗だ。
    人間なのにお人形で、変態の奴隷女で。
    アンバードールで、じゅくじゅくしていて。

    "ねぇ、あたし、綺麗?"
    「はい、とても美しくおいでです。翔子さま」

    あぁ。ふぅ・・。

    15.
    [ロイダー]
    LAD (Living Amber Doll) システムを販売するADI社は、6月に日本で発生した事故を受けて、システムの安全性と信頼性向上対策を発表した。
    この事故は、顧客女性が自宅に設置したLADシステムをハッキングして、安全性のプロテクトを解除したために発生。
    定期メンテナンスで訪問した同社社員が、約3週間に渡りアンバードールになったままの女性を発見した。
    この事故により女性は軽度の脳障害と心因性ショックのため、現在も入院中。
    同社は、この対策で同様な事故を防止し、アンバードール体験をより安全かつ身近に楽しめるとしている。

    [共働通信]
    日本ADI社は、中止していたLADシステムの国内販売を12月1日から再開すると発表した。
    銀座ショールームもリニューアル・オープンし、リビング・アンバードールの常設展示とアンバードール体験サービスを再開する。
    さらに今後1年間、人気女性アイドルグループIKB58とのタイアップで 『LADラグジュアリーキャンペーン』 を開催。
    同グループによる初のTV-CFとアンバードールをテーマにした新曲PV、ショールームの展示にもIKB58選抜メンバーを使ったリビング・アンバードールが定期的に登場する。さらに営業面においてシステム価格の大幅割引や法人向けリースなど積極的な施策により、新たな需要を掘り起こすとしている。




    ~登場人物紹介~
    鎌倉翔子: 30才。宝飾店経営会社の社長夫人。別荘に設置したLADシステムにのめり込む。
    男友達: 25~35才くらいの3人。翔子のセックスフレンド。凄腕のハッカー。
    島崎だいや:17才。女性アイドルグループIKB58のメンバー。通称 "だるる"。
    ニノミヤ: 女性レポーター
    赤塚: ADI社エンジニア
    NAHGO(ナーゴ):LADシステムのコミュニケーションインタフェース。

    世の中はGWの最中です。
    皆様、いかがお過ごしでしょうか。
    今回は、アンバードール設定の『11.未来のアンバードール』に記した、LAD(Living Amber Doll)が実現した未来のお話です。
    シリーズの中では最もSM色が強くなりました。
    女性を生きたまま固めてアンバードールにするシステムですから、Mっ気の強い女性が虜になるのは当然といえば当然ですが。
    いろいろな設定や技術は例によってファンタジーなので、突っ込みは無しの方向でお願いします^^。
    夢の物質ネオカクニールもさることながら、コンタクトレンズに内蔵するマイクロディスプレイなんて実用化できたら世の中を変える大発明ですね。
    (電源とかどうなってるんだろう?)

    さて、アンバードールは次回で最終回とします。
    読者の皆様の評判も気にせず作者の萌えだけで突っ走ってきたシリーズですが、お付き合い下さった皆様に感謝します。
    ありがとうございました。




    アンバードール第6話・僕の計画(1/3)

    1.
    ネットバンクの残高がいつの間にか5千万円を超えていた。

    中学生の僕がどうしてそんなお金を持っているのか。
    話題のFXなんかで稼いだんじゃない。あれは所詮ギャンブルだ、
    ギャンブルなんて絶対に儲かるのは胴元だけと少し考えればすぐに分かる。
    このお金は趣味で作っているスマホとケータイアプリの売上と広告収入だ。

    小4のとき、簡単なゲームを作ってネットで公開したら10万DLを記録した。
    これならお金を払ってもいいいと感想をもらって、バージョンアップ版を有償で公開したら3ヶ月で13万円も売れた。
    それからはずっとゲームを作ってきた。
    中2になった今では毎月200万円くらいの収入がある。

    僕が人気ゲーム作家であることは誰も知らない。
    両親は、僕が学校でいい成績さえあげていれば、他に何をしようと気にかけない。
    僕の趣味を知る友人もいない。
    別に知られたって構わないけど、それでとやかく言われるのは嫌だ。
    僕は優秀だ。才能があって、その生かし方も知っている。
    一番嫌なのは人に干渉されること。
    だから、僕のやっていることは誰にも知られないのが都合いい。

    ただ、僕が大金を稼いでいると分かったら、いろいろ面倒なことになる。
    このお金はそろそろ何とかしないといけない。
    どうせなら一気に使ってやろうと思った。
    未練はなかった。
    お金なんて、勝手に貯まるものだから。

    僕はネットで調べた。
    目立たないお金の使い方。僕が満足できる使い方。
    そしてあるサイトにたどり着いた。
    それは『アンバードールを手に入れよう』というサイトで、合法/非合法問わずいろいろなアンバードールの入手方法を解説したサイトだった。

    アンバードールは人間の女性を小さく縮めてクリスタルガラスの中に入れた、とても高価な美術品だ。
    僕は昔からアンバードールに興味があった。
    人間を美術品にする。それを思うだけで興奮した。
    いつかきっと自分もアンバードールのオーナーになるつもりだった。
    でも、よく考えたら僕はもうドールを買えるお金を持っているんだ。

    僕は中学生だから、アンバードールの所有免許を取れない。
    それにドールショップで合法的に購入するためには、本人の職業や資産を保証する信用情報も必要だ。
    でも『アンバードールを手に入れよう』の記事を読んだらいろいろな抜け道はあるようだ。

    やってみようと思った。僕もアンバードールを手に入れよう。
    ただ買うだけじゃ面白くない。
    僕が知っている女の子をアンバードールにするのはどうだろう。
    そうだ。それがいい。
    そう思った瞬間、一人の同級生の顔が浮かんだ。

    2.
    あれは2年の1学期が始まってすぐの頃だった。
    僕は放課後の教室にいた。
    一緒に遊ぶ仲間もいないから、一人残って本を読んでいたのだ。

    前の扉が開いて女子が入ってきた。
    「あれ、船田くん・・?」
    同じクラスの斎藤つかささんだった。
    白い体操シャツとテニスのスコートを着ている。
    うちの中学の女子の制服は膝丈のスカートだし、体操服はハーフパンツだから、普段は見れない斎藤さんの足がまぶしく見えた。

    「そんなとこに一人で、どうしたの?」
    誰もいないと思っていたんだろう、斎藤さんが怪訝な顔で聞いた。
    「どうしたのって、本読んでるだけだよ。・・斎藤さんは?」
    「ちょっと、忘れ物」

    斎藤さんは僕のひとつ前の席まで小走りで来ると、机を開けてポーチを出した。
    こっちにお尻を向けて腰だけ曲げて屈んだから、短いスコートの裾から中身が見えた。
    柔らかいマシュマロのような太ももとお尻、そしてそのお尻に半分食い込んだ白いパンツ。
    手を伸ばせば触れる距離だった。
    僕の目はそれを凝視したまま動かなくなってしまう。

    斎藤さんは立ち上がってから僕の視線に気付いた。
    「あ・・、もしかして見えた?」
    「うん、見えた」
    斎藤さんの顔がみるみる赤くなる。
    「ご、ごめんなさいっ。変なモノをお見せしちゃって」
    「別に変じゃないよ。テニスの服でしょ」
    「そ、そうだけど、アンダースコート穿かずに来ちゃったから・・。ああ恥ずかしっ。じゃ、ね」

    斎藤さんはそう言うと、教室を走って出ていった。
    それから僕が斎藤さんと会話したことはない。
    でも僕の中には、斎藤さんの太ももとお尻のイメージが今でもくっきりと残っているのだ。

    3.
    僕のアンバードールになる女の子。
    それは斎藤さんだ。
    髪をポニーテールにくくっていて、テニス部で、足が綺麗で、成績もよくて、友達がたくさんいる斎藤さん。

    その斎藤さんをアンバードールにする。
    もちろんクローンなんてニセ物じゃない。
    あくまで斎藤さん本人でドールを作って、それを僕の持ち物にするんだ。
    合法的に、絶対に捕まらない方法で。

    ぞくぞくしてきた。これはゲーム作りより面白いぞ。
    僕は斎藤さんのことを調べた。
    趣味や誕生日、斎藤さんが本名と違う名前で持っている Poitter のアカウントも見つけた。
    それから、サイト『アンバードールを手に入れよう』の管理者に、中学生とばれないように注意しながらドールの入手方法を質問した。
    その人は違法なことは教えられないとしながらも、法律に触れないぎりぎりのことまで教えてくれた。

    冬休みいっぱいかけて計画を練った。
    ロードマップとイベントを設定し、シナリオを作った。
    ゲームを作るよりずっと刺激的で楽しかった。

    4.
    1月のある金曜日の朝。
    この日は最初のイベント、斎藤さんの誕生日だった。
    僕は校門の前で待っていた。

    やがて斎藤さんが女子4人のグループで登校してきた。
    僕は他の女子には目もくれず、斎藤さんの正面に走り寄る。

    「おはようございます、斎藤さん!」
    「船田くん? おはようございます」
    今まであまり話したことのない男子から声をかけられたからか、斎藤さんは少しとまどいながら挨拶してくれた。

    「僕、いつも斎藤さんを見てました。これを機会に告白します。あなたが好きです、この手紙と誕生日のプレゼント、受け取ってください!」
    そう言って、封筒を添えた小箱を差し出した。

    「え?」斎藤さんの顔が赤らむ。
    「返事は後で結構ですから」
    「あ、はい・・」プレゼントを受け取ってくれた。
    「ありがとうございましたっ。じゃあ、また!」
    僕はくるりと向きを変えて、校舎に向かって歩いて行った。
    きゃ~♥!!
    後ろから女子グループの歓声が聞こえた。

    よし。これでいいだろう。
    手紙は、ありきたりのラブレター。
    プレゼントは、ネットの通販で購入したブランドものの香水だ。
    次はきっと彼女の方から声をかけてくるはずだ。

    5.
    月曜日。
    予想通り、僕と斎藤さんのことは学校中の話題になっていた。
    手紙を渡したときに、他の女子がいてくれたことが功を奏していた。
    放課後、斎藤さんが話をしたいと言ってきた。
    僕たちは皆にはやし立てられながら教室を出て、体育館の裏に行った。

    「こんなすごいもの、受け取れません」
    斎藤さんは香水を返してきたのだった。
    「え・・、」僕は顔面を蒼白にする。
    「僕、この香水ならきっと斎藤さんに合うと思ったのに」
    「気持ちは嬉しいけど、・・わたし、中学生なのに、こんな高価なプレゼントは」

    「ごめんなさい!」
    僕はその場で顔が膝につきそうなくらいに頭を下げた。
    「僕、自分にできる精一杯のことをしたくって、斎藤さんの迷惑も考えずに、・・本当にごめんなさい!!」
    「いや、迷惑ってことは」
    「いいえっ、本当にすみません。僕、そのプレゼントを引き取って、斎藤さんのこと、諦めます!」
    「あ、その、プレゼントが困るだけで、わたし」
    僕は顔を上げた。
    斎藤さんは僕と目が合うと、はっと顔をそらした。困った顔をしてもじもじしている。

    「あの・・」僕は言った。
    「プレゼントが迷惑だったら、代わりに1度でいいからデートしてもらえませんか?」
    「デート、ですか?」
    「はい。僕、斎藤さんみたいにモテないから、楽しんでもらえるかどうか分からないけど」
    「えー、わたしだって、もてないよー」
    「本当? 斎藤さんだったらデートなんて、いくらでもしてるのかなと」
    「そんなこと、ありませんってば」
    「そう? じゃあ、僕、約束します。今度のデートで、絶対に斎藤さんを喜ばせます」
    「そんな約束しても大丈夫?」
    「はいっ」
    僕は自信たっぷりに返事した。
    別に自信がある訳じゃあない。でも、こういうときはウソでもそう言うべきなのだ。

    にこり。
    斎藤さんが微笑んでくれた。
    「分かりました。じゃあ、デートのお誘い、受けます」

    6.
    次の日曜日。
    僕たちは水族館に行った。

    水族館に行こうと言ったら、彼女は目を輝かせた。
    「わたし、水族館が大好きなの、どうして分かったの?」
    「いいえ、知らなかったです。僕も水族館が好きだから」
    「じゃあ偶然?! すごいーっ」

    斎藤さんが笑った。
    もちろん僕は彼女が水生の生き物を好きなことは知っていた。
    それくらい、斎藤さんの Poitter を見ていればすぐに分かる。

    「・・ほら、マンボウ!」
    斎藤さんが水槽の中にマンボウを見つけて喜んだ。
    「マンボウって、水面でぺたって横になって寝るって本当?」
    「本当よ。ぷかぷか浮かんで眠るんだって」
    「無防備なんだね」
    「それがいいのよ」
    僕の知識は彼女の好みに合わせた一夜漬けだ。
    でも話が弾んで斎藤さんは楽しそうだった。

    「船田くんって、学校じゃいつも一人でいるでしょ? だから難しい人かなって思ってた」
    「ええ? そうかな」
    「うん。でも話したら面白い人なのね」
    本当は一人でいるのが一番好きだ。
    でも今はゲームの知識とかを使って自分を偽っている。斎藤さんを攻略するために。

    別れ際にまたデートしてくれるか聞いたら、「こちらこそお願いします」と言われた。
    僕たちは、互いの Poitter を教えてフォローし合うことを約束した。
    僕のアカウントはゲーム作家として今まで持っていたものではなく、斎藤さんのために新規に開設したものだ。

    僕は自己紹介欄に『好きな物:Aquarium、Amber Doll』と書いておいた。
    斎藤さんは気づいてくれるだろうか?

    7.
    バレンタインデー。
    斎藤さんがチョコをくれた。
    「これ、本命チョコって思ってもいい?」僕は彼女に聞く。
    「さあ、どうでしょう」
    「どうせ、たくさん配ってるんでしょ」
    「うん、女の子同士はね」
    「男子には?」
    「これ1個だけ」

    斎藤さんは、男付き合いの経験がそれほどある訳じゃなかった。
    面と向って告白されたのは、僕が初めてだったという。
    「みんな、あたしのこと、遊んでるみたいに思ってるんだもの」
    「違うの?」
    「男の子とデートなんて、船田くんが初めて」

    意外だったけど、僕は斎藤さんがウブでよかったと思った。
    きっと僕の望み通りになると確信した。

    8.
    僕たちはデートを重ねた。
    斎藤さんは明らかに僕に好意を抱いてくれている。
    ホワイトデーにクッキーとハンカチを贈ったら、ずいぶん喜んでくれた。
    やがて僕たちは学校でも堂々と二人で話すようになり、公認の仲になった。

    9.
    春休み。
    二人で映画『アリス』を見た。
    小さな女の子が不思議の国に落ちるファンタジーだ。
    アニメではなく実写の映画で、登場する不思議の国の住民たちもリアリティーがあって面白かった。

    これを見ようといったのは僕で、その理由は、この映画には斎藤さんに見せたい場面があるからだ。
    それは、女王様の機嫌を損ねた娘たちが次々と人形に変えられて透明な殻の中に閉じ込められるシーンだった。
    アンバードールだった。
    娘たちはアンバードールになったのだ。
    『アリス』の舞台は17世紀。まだ縮小技術は発明されていないから、等身大のドールだ。
    何人もの美女が琥珀の中に浮かぶシーンは印象的だった。

    映画館を出てから斎藤さんに聞いた。
    「ね、トランプの女王が魔法を使ったシーンがあったでしょ」
    「女の子が人形にされるところ? すごかったねー」
    「あれ、アンバードールって言うんだ」
    「え? アンバードールって、もっと小さいものじゃないの?」
    「あの頃は等身大のままで作ったんだよ。今みたいに小さく縮めるのは、ずっと後に発明された技術」
    「詳しいのねえ。そういえば、船田くんの Poitter、プロフィールにアンバードールが好きって書いてたね」
    「見てくれたの?」
    「前から見てたわ」

    自然とアンバードールの話になった。
    「わたし、船田くんのプロフィール見てネットでアンバードールを検索したけど、エロいっていうか、すごくエッチなものばかり出てきてびっくりしちゃった」
    「エロかった?」
    「こういうのが好きなんて、船田くんも男の子なんだなって思ったわ。すごく真面目そうなのに」
    「失礼だなー。斎藤さんが見たの、通販のサイトでしょ?」
    「え?、そうかも」
    「じゃあ、それはアンバードール風フィギュアだよ。本物のアンバードールは通販なんかじゃ買えないから」

    そう。『アンバードール』と入力して検索したら、『アンバードール風』と称する美少女フィギュアがたくさんヒットする。
    アンバードールに似せて、透明アクリルに埋め込んだリアルフェースタイプのフィギュアが大人気なのだ。
    それらのほとんどは、やたら露出度が高くて、挑発的なポーズをとっている。

    「本当のアンバードールにだってセクシーなのはあるけどね、絶対に下品じゃないよ。だいたい男よりも女の愛好家の方が多いくらいなんだから」
    「船田くんは本物のアンバードールを見たことあるの?」
    「うん、あるよ」
    嘘だった。僕だって本物はネットの写真でしか見たことがない。

    「あたしも見てみたいけど、ちょっと怖いな」
    「どうして?」
    「だって、・・人間の死体でしょ?」
    「それは大丈夫。ぜんぜん怖くないし、ものすごく綺麗だから」
    「本当?」
    「博物館に行けば本物が見れるよ。行ってみる?」
    「うん。船田くんが一緒に来てくれるなら」

    続き




    アンバードール第6話・僕の計画(2/3)

    10.
    次の日、上野の国立博物館にやって来た。
    ちょうど『帰ってきた日本人アンバードール』という特別展が開催されていた。
    日本人女性を使った最初のアンバードールがアメリカの博物館から貸し出されていたのだ。
    もちろん僕はそれを知った上で、斎藤さんを誘ったんだけど。

    特別展には長い行列ができていた。
    並んでいる間に僕は斎藤さんに最初のアンバードールについて説明した。
    江戸時代の終わり、ペリー来航のとき、将軍へのお土産にアメリカ人女性のアンバードールが贈られた。
    そのお返しとして将軍家に連なる名家の娘が選ばれ、アンバードールになってアメリカ大統領に届けられたのだった。

    「もちろん等身大のアンバードールだよ。そのときの日本はドールを作る技術がないから、アメリカまで渡って向こうでアンバードールになったんだ」
    「すごいわね。その娘さんって、すごく覚悟がいったでしょうね」
    「うん。でもおかげで何百年も変わらない美しい姿で残ってるんだ」
    「何歳だったの?」
    「15だって」
    「すごい・・」

    やがて僕らは展示室に入った。
    斎藤さんが息をのむのが分かった。口に手を当てたまま、動かない。

    そこには大きなガラスケースがあって、その中に最初の日本人アンバードールが飾られていた。
    スポットライトの光を浴びて、小柄な少女が琥珀の殻の中に浮かんでいる。
    薄い水色のドレスを着て、黒い髪は日本髪ではなく長く伸ばしていた。
    でもその顔立ちはまさしく日本人だった。
    大きな黒い瞳で正面を見つめている。
    それはとても生々しくて迫力があって、実は生きた女の子がそこでポーズをとっていると言われてたら信じてしまうくらいだった。

    「止まらないで下さーいっ。止まらないで、ゆっくり進んで下さーい!」係員が声を枯らして叫んでいる。
    でもどの観客もアンバードールの前で立ち止まって動けなくなるみたいだった。
    それくらい、そのドールはリアルで美しかったのだ。

    人波に押されて、ようやくその場を離れた。

    隣の展示室には、ペリーが日本に持ってきたアンバードールが展示されていた。
    こっちは、この博物館の常設品だ。
    この女性は17才のアメリカ人という以外、詳しいプロフィールは判っていない。
    レースの白いドレスとウェーブのかかった金髪、背がすらっと高くてプロポーションもよくて、さすがに西洋の美人だった。
    まさに人形のように、・・アンバードールだから人形に間違いないんだけど、さっきの日本人ドールと比べたら静かな印象だった。
    まるで琥珀の中で眠っているようだった。

    ・・ここで僕はようやく気がついた。
    このドールは目を閉じている。
    さっきの日本人のドールは両目をくっきり開けていた。

    この時代のアンバードールは、女性を生きたまま人形型に入れ、溶かした琥珀を流し込んで作る。
    女性は覚悟して型の中でポーズや表情を作り、そのまま琥珀と一緒に固まる。
    だから両目は閉じているのが普通だ。琥珀の中で目を開けてなんかいられるはずがない。
    でもあの15才の女の子はそれをしたというのか?
    途方もなく強い意志だ。

    僕はものすごく興奮していることに気がついた。
    隣の斎藤さんを見ると、両手を胸に当てて、じっとドールを見上げていた。
    さっきのアンバードールは目を開けてたねって、もし僕が教えたら、感激して喜んでくれるだろうか、それとも怖がるだろうか。
    僕はその話を持ち出すことができなかった。

    11.
    最後の展示室では、縮小加工で作られたアンバードールがたくさん飾られていた。
    きらきら輝くクリスタルガラスの中に身長約30センチの少女が浮かぶ、現代のアンバードールだ。

    それぞれのドールの前には元の女性の年齢が示されていた。どれも10代だった。
    ほとんどが日本人だったけれど、外国人のドールもいくつか混じっていた。
    いろいろな衣装。表情やポーズもみんな違う。
    ちょっと美少女フィギュアが並んでいるのに似ていると思った。
    フィギュアと違うのは、どれも本物の人間の女の子を使って作られていること。
    元は人間だった美術品。僕もしっかり目に焼き付けないと。

    「うわぁ~、すごい!」
    斎藤さんはようやく笑顔を浮かべた。
    「この衣装、すごく可愛いっ」
    「すごいっ」
    「足が長いなー。羨ましー」
    「この子、14才だってっ。わたしと同じ。すごーい!!」

    何度も「すごい」を繰り返しながら、ドールを一体一体見て行く。
    「すごいねー! 指とか、まつ毛とか、ものすごく細かいよね。肌も髪の毛も本当の女の子と同じ。ホントに綺麗ー」
    「そりゃ、本物の女の子を使ってるからね」
    「分かってるけど、こんなに綺麗だって思ってなかったもん。さっきの大きいのはちょっとびっくりしたけど」
    「さっきのは怖かった?」
    「んー、怖いというより、圧倒されちゃった。すごい迫力で」
    「実は僕も」
    「うふふふ」
    「?」
    「ね、船田くんだって初めてでしょ? 少なくとも等身大のアンバードール見たのは」
    「どうしてそう思ったの?」
    「さっき、口をぽかーんと開けて見とれてたもの」

    12.
    新学期、僕たちは3年生になった。
    いよいよ受験生になったわけだけど、僕も斎藤さんも上位の成績だったから、先生や両親から煩く言われることはなかった。

    斎藤さんがつぶやく Poitter にアンバードールの話題が増えた。
    『初めて本物のアンバードールを見た。すごく輝いて見えた』
    『キュートなお人形になった女の子、思い浮かべるだけでドキドキする』
    『アンバードールのこと、好きな人の気持ちが分かる気がする』

    やったな。
    アンバードールのこと、気に入ってくれたようだ。

    斎藤さんは博物館で見た等身大ドールのことにも触れていた。
    『日本女性最初のアンバードールは両目を開けていた。当時のアンバードールの作り方を調べて愕然とした』
    『すごい女性だと思った。わたしには無理』
    『そのこと、一緒に見に行った人も知っているのかな?』

    え? 斎藤さんも気づいていたの?

    13.
    それからしばらく、僕らは会えばアンバードールの話をした。
    斎藤さんは3000円もするアンバードールの写真集を買ったと教えてくれた。
    僕は斎藤さんの家に行って、写真集を見せてもらった。
    彼女のお母さんも僕のことを優しく迎えてくれた。

    「どの子もすごく可愛いのよね~」
    斎藤さんは膝の上で写真集のページを繰って見せてくれる。
    「ほらこの子なんて、橋本半奈ちゃんとそっくりでしょ?」
    「本当だ~」
    小顔の美少女がアイドルのような衣装を着てクリスタルガラスの中に浮かんでいた。
    マイクを片手にダンスしているようなポーズで、長い髪がふわりと広がり、まるでコンサートライブの瞬間を切り取ったように見えた。

    「まさかクローン? いや、オリジナルって書いてある。よく似た子を使ったんだね」
    「半奈ちゃんのアンバードールがあったら、わたしも買おうかな」
    「いくらすると思うの」「分かってるよ」
    僕たちは揃って笑った。

    ・・斎藤さんをアンバードールのファンにする。
    それが僕の計画の中で、今のステージの目標だった。
    うまく行ってるじゃないか。予想以上に。
    これなら、そろそろ次のステージに進んでも大丈夫だな。

    14.
    「こんなのが届いたんだけど」
    斎藤さんが見せてくれたのは。一通のメールだった。

    『このたびは、お問い合わせありがとうございます。
    綺麗なアンバードールになりたい貴女へ、各種コースをご案内します。
    アンバードールになるまでに、足を細くしたい! 胸を大きくしたい!
    ダイエットしたい!
    いっそう美しくなってから、アンバードールになりたい!
    アンバードール・ビューティクリニックは、そんな女性を応援しています!!
    ただいま、同意書の書き方と健康診断の注意事項セミナー無料開催中!!!』

    「・・問い合わせなんてした覚えはないんだけど」
    「これ、スパムってやつだよ」僕は言った。
    「無差別に送りつけてくるんだ。返事しちゃ駄目だよ」
    「わかった」

    実はこのメールは、僕が斎藤さんのメアドを使って請求したものだ。
    このような業者はたくさんある。詐欺まがいの悪質な業者も多い。
    比較的評判のいいところを選んだから、万一斎藤さんが返信してもトラブルにはならないと思うけど。

    「実はわたしね、このメール見るまで、自分がアンバードールになるなんて思ったことなかった」
    斎藤さんはゆっくり考えるように喋った。
    「よく考えたら、わたしもドールになれる歳なのよね」
    「そうだね。14才から19才までの健康な女性なら、誰でも自分の身体を献体できる」
    「・・ドールになりたい人って多いのかな」
    「どうだろう。案外いるかもしれないね」
    「自分が死んじゃうてことでしょ? それでもなりたいのかしら」
    「献体したからって、必ず死んでドールになるわけなじゃないよ。その人に何かあったとき、もし身体が綺麗に残ってたらドールになるかもしれない。それだけだよ」
    「そうね。そうだよね」

    「こんな意見を見たことがあるよ」僕は言った。
    「アンバードールになれるのは女性の特権だって。自分が若くて死んだとき、綺麗な姿を残すチャンスがあるんだから、そのチャンスを生かさなきゃ損だって」
    「あ、そうか」
    「僕は、斎藤さんが美しい姿を残すことに反対しないよ」
    「わたし、そんなに美人じゃない」
    「僕にとっては十分に美人だよ」

    斎藤さんは驚いたような顔をして、それから笑って言ってくれた。
    「ありがとう。・・嬉しい」

    「あのさ。献体のことに興味があったら、こんな業者じゃなくて僕に相談してね。知っていることを教えてあげる」
    「うん」

    15.
    斎藤さんの Poitter はずいぶん活発になった。
    『ドールになった人を見ると、若いのに気の毒と思う自分と、羨ましいと思う自分がいる』
    『ある人からアンバードールになれるのは女の子の特権なんだと聞いた。反論できない』
    『もしわたしがもっと美人でセクシーだったら、・・どうしたいでしょうか?』

    斎藤さんは僕がフォローしていることを知っているから、これは僕へのメッセージだ。
    彼女の気持ちは確実にこっちに向きつつある。
    斎藤さんが少しずつ僕の思うとおりに変わっているのは、気分がよかった。

    でも学校やデートで話すとき、斎藤さんは献体の話はしなかった。
    ときどき斎藤さんの方から話したいという雰囲気は感じたけれど、その度に躊躇しているのが分かった。

    僕も自分から聞いたりしなかった。
    献体は本人の意志が絶対条件だから、斎藤さんが迷っている限り先へは進めないのだ。
    その代わり僕は自分の Poitter に、献体登録した女性のブログや、ドールになりたい女性が集まるSNSのアドレスを載せた。
    きっと斎藤さんは食い入るように見ているはずだ。

    僕はゆっくり待った。

    16.
    7月になって、斎藤さんはアンバードールへの献体を決心し、両親の了承をもらった。
    『アンバードール同意書』を提出して健康診断を受け、無事に合格した。
    斎藤さんは誰にもはばかることなくアンバードールになれることになった。
    僕はそれを聞いて心の中でガッツポーズをする。
    とうとう大きなハードルを越えたんだ。

    斎藤さんの部屋で、合格証を見せてもらった。
    「おめでとう!」
    「船田くん、わたしのこと美人って言ってくれたでしょ? 最後はそれで決心したんだよ」
    「そうか。僕も嬉しいよ」
    「わたしがアンバードールになったら、船田くんにあたしの持ち主になって欲しいな」
    「それは無理だよ。何千万円もするんだから、よほどお金持ちじゃないと」
    本当はお金を持っているんだけど。

    「わかってる。今のはちょっと願望を言っただけ」
    斎藤さんはそう言うなり僕に抱きついてきた。
    予想していなかったので、僕は驚いて息が止まりそうになった。

    「ちょ、斎藤さん!」
    「ごめんなさい。少しだけ、こうしていさせて」斎藤さんは僕に抱きついたまま言った。
    「う、うん」
    「すごく、すごく迷ったんだから。・・自分が人間じゃない何かになんて、なりたいと思わない」
    「・・」
    「でも、やっぱりわたしは女で、船田くんが美人だって言ってくれたから、綺麗でいたい。アンバードールになって、ずっと輝いていたい」

    人間でいるより、女でいる方を選んだってことか。
    「よく決心したね」
    「ん、・・わたし、すごいこと決めたって思う。もしわたしが死んだら、この身体、わたしの全部が、小さくなってドールになる。・・そう思うと、ぶるぶる震えて止まらないよ」

    僕に抱きついた斎藤さんは少し震えていた。
    その背中を抱きしめて、ゆっくりさすってあげた。
    初めて抱き合った女の子の身体はとても柔らかだった。
    斎藤さんのことを愛しいと思った。
    僕たちはそのまま自然にキスをした。

    「わたし、今の、ファーストキッスだよ」
    「僕も」

    計画にはなかったことだ。彼女を好きになるなんて。
    こんな感情は持つつもりはなかったのに。
    この先のシナリオに影響なければいいけど。

    そうだ。忘れないうちに。
    「合格証。そう、合格証」
    「?」
    「記念に、写真撮らせてもらっていい? 合格証の」
    「いいわよ」

    僕はスマホで斎藤さんの健康診断の合格証の写真を撮った。
    お礼を言ってそれを斎藤さんに返してから、もう一度キスをした。

    17.
    斎藤さんが合法的に献体できることになって、僕の計画は次のステージに進むことになった。
    いよいよ斎藤さんをアンバードールにするのだ。
    それはつまり、斎藤さんに死んでもらうという意味だ。
    彼女が死亡して、そして遺体に致命的な損傷がなければ、その身体はアンバードールになるのだ。

    斎藤さんの死に方にはいくつかのバリエーションが考えられる。
    一つは自殺。身体が傷つかないよう、薬による自殺がいい。
    一つは事故。食中毒とか、酸欠とか。
    最後に病気。急性の感染症など。
    要は彼女をうまくコントロールして、警察や世間に不審を抱かせることなく、自然にどれかのシチュエーションに繋げればいのだ。
    そのための具体的なイベントも計画していた。

    ただ、僕は、計画を推進する気分にならなかった。
    理由は分かっている。
    斎藤さんを好きになってしまったからだ。
    アンバードールの素材としての斎藤さんではなく、生きた女の子の斎藤さんが好きになってしまったからだ。

    夏休みの間、斎藤さんは1学期の成績が少し下がったからと夏期講習に通うことになった。
    彼女の志望校は僕と同じ、県下一番の進学高校だ。
    僕はもちろんそんな講習は受けないけれど、斎藤さんが講習に行っている間は彼女のことを考えて悶々と過ごすことになった。

    講習のない土曜と日曜だけ、僕たちはデートで出かけたりお互いの部屋に行ったり、そしてときどきキスしたりした。
    生まれて初めて女の子とつきあうのはとても楽しくて、あっという間に夏休みが終わった。

    続き




    アンバードール第6話・僕の計画(3/3)

    18.
    2学期に入ってすぐの模擬試験で、斎藤さんは偏差値を挽回したらしい。
    これで、彼女の成績を大幅ダウンさせてノイローゼになってもらう作戦はNGだ。
    ほかにも夏休み限定で考えていたプランがいくつか消えた。
    ・・そろそろ計画を進めないといけない。
    ぼくは内心焦りながらも、ずるずると斎藤さんとの関係を続けていた。

    ある晴れた日の夕方、学校の帰り。
    僕たちは公園のベンチに並んで座っていた。
    目の前は広い芝生になっていて、野球をする人たち、自転車に乗る人、犬の散歩をする人などが見えた。
    夕日が僕たちを照らしている。
    二人の手が自然と重なった。

    「・・変な夢、見ちゃった」斎藤さんがぽつりと言った。
    「どんな夢?」
    「言わない。船田くんが怒るもん」
    「怒らないよ」
    「じゃあ言うわ。船田くんがわたしを殺そうとする夢」
    「え」
    「怒った?」
    「全然。馬鹿馬鹿し過ぎて笑っちゃうよ」
    「そうよね。わたしも目が覚めてから笑ったもの」
    「詳しく教えてよ」

    「・・二人でハイキングに行くの。富士山の近くの樹海へ」
    「樹海だって?」
    「うん。それでね、わたしたちは迷子になる。どれだけ歩いても出られないの。・・どうしたの? 船田くん」

    僕は黙って固まっていた。
    斎藤さんの夢は僕のプランの一つと同じだった。
    彼女を樹海の中に置き去りにして僕だけ助かる。そして数日後、衰弱死した斎藤さんを捜索隊が発見する。
    斎藤さんはどうして、それを。

    「ううん、何でもないよ。・・それでどうなるの?」
    「いつの間にかわたし一人になっていて、疲れて倒れてしまうの。意識が遠くなる直前、木陰からわたしを見ている船田くんに気がつくの」
    「僕は何をしていたの?」
    「多分、わたしが死ぬのを待ってる。わたしは死んだらアンバードールになるでしょ? 船田くんはそれを狙って樹海へ誘ったの」
    「僕、大悪人だね」
    「そうかもしれないけど、そのとき、夢の中のわたしは思ったの。・・今まで、待たせてゴメンって」
    !!!

    「僕に腹を立てなかったの?」
    「どうしてわたしが船田くんのこと怒るのよ。こんなに感謝してるのに」
    「?」
    「わたしね、本当言うと、船田くんは下心があって、わたしに告白したのかなって思ってた。もしかしたら、わたしを本気でアンバードールにしたいとか」
    「怒るよー」
    「あ~っ、ごめんなさい!」
    僕がおどけて怒ったふりをすると、斎藤さんも笑って両手を前で合わせて謝るふりをした。

    「でも聞いて。これは冗談じゃないから。・・船田くん、やっぱり本気で考えてると思う。わたしを殺してでもアンバードールにしたい。わたしを小さくしてガラスに閉じ込めて、机に飾りたいって思ってる。・・違う?」
    ああ、見抜かれてしまった。
    僕はどう答えたらいいのか分からず、目をぱちぱちさせる。

    斎藤さんは僕の顔を微笑みながらしばらく眺めて、それから言った。
    「あのね、わたし、そんな船田くんのこと、ぜんぜん拒んでないんだよ」
    え?
    じゃ、じゃあ。
    「じゃあ、つまりこういうこと? ・・斎藤さんも本気で思ってる。僕のために死んでもいい。アンバードールになって、ガラスに閉じ込められて、僕の机に飾られたっていい」
    斎藤さんはにっこり笑った。
    「ずっと、そう思ってたんだよ。この鈍感っ」

    胸がいっぱいになった。
    僕は今まで、斎藤さんをだます計画ばかり考えていた。
    なのに、彼女は。

    19.
    「見せつけるねー」
    「昼間っから堂々とイチャつきやがって」

    後ろかから声を掛けられた。
    振り返ると、同じ中学の悪タレ連中が3人立っていた。

    「教室じゃ偉そうな顔してるくせに、女とは乳繰り合うのか」
    「僕たちは何もふしだらなことはしていない!」僕は立ち上がりそいつらに向かって言った。
    「すっかり夫婦きどりかよ」

    「船田くん、こんなの相手にしちゃ駄目」斎藤さんも立ち上がった。
    「行きましょっ」
    先に立って歩き出した。僕もついて歩いた。

    「おい、待て!」
    そいつらが追いかけてきた。

    「走るわよっ」「え」
    斎藤さんが駆け出した。僕も駆けた。

    斎藤さんはテニス部にいただけあって足が速かった。
    僕はついて行くのが精一杯だった。
    たちまち悪タレ連中を引き離した。
    そいつらはすぐに追いかけるのを諦めたようだ。

    斎藤さんは止まらなかった。
    公園の芝生を走りながら僕の方に顔をむけて笑いかけた。
    夕日の中で斎藤さんの笑顔が輝いて見えた。
    制服のスカートがひるがえって、白いパンツがちらりと見えた。
    去年、学校の教室で見た、斎藤さんの太ももとお尻のイメージがかぶった。

    「・・・・あぶなーい!」
    叫び声が聞こえると同時に、斎藤さんがよろめいた。
    そのまま、もんどりうって倒れ、芝生の上で転がって動かなくなった。
    近くに野球の硬球が転がっていた。

    何が起こったのか分からなかった。
    人々が集まってきた。
    悪タレ3人も走ってきて、斎藤さんを助けるのを手伝ってくれた。
    斎藤さんは救急車で病院に運ばれ、翌朝、意識が戻らないまま息を引き取った。

    20.
    斎藤さんは野球のボールが頭に当たって死んだ。
    何て珍しい死に方だろう。
    あれだけいろいろ作戦を考えていたのに、彼女の方で勝手に死んでしまった。

    僕はまる二日学校を休んだ。
    それから斎藤さんの両親に迷惑をかけたことを謝りに行った。
    僕は本当に斎藤さんのことが好きだったのだ。
    斎藤さんの家に行くと、お葬式が済んで、斎藤さんの遺体はアンバードールの材料として引き取られた後だった。
    斎藤さんの両親は、アンバードールを愛して献体した娘の意志を尊重してくれたのだ。

    斎藤さんは、アンバードールになるのか。
    その瞬間、ぼくの中に斎藤さんの言葉が蘇った。
    ・・ずっと、そう思ってたんだよ。この鈍感っ。

    僕は急いで家に帰り、イスラエルのサイトにアクセスした。
    『AmberDoll Inspection Service』
    ここは、世界中のアンバードールの動きをチェックしてくれる。
    個人のプライバシーを侵す可能性があるから、一部の国では認められていないサービスだ。
    アンバードールの登録番号、献体者番号、そしてDNAの管理ID。
    あらゆる識別情報を基にアンバードールに関わるイベントを監視できるのだ。

    僕は斎藤さんの健康診断の合格証の写真から、献体者番号を拾い出した。
    サイトの設定画面にその番号を入力し、「イベント:公開広報」として設定した。
    これで、斎藤さんのドールが完成すれば、僕にメールが届くことになる。
    新しいアンバードールが市場に出るときは必ず管理局の公開広報に載るからだ。

    それから僕はアンバードール信用協会と売買代行サービスの会社に申し込んだ。
    信用協会は、破産や逮捕歴、国籍などの理由でアンバードール購入に必要な信用情報を持てない人に有償で信用を担保してくれるところ。
    そして代行サービスは、本人に代わってドールの売買やオークションを引き受けてくれる会社だ。
    どちらも僕のような中学生が使えるところじゃないけれど、それくらい詐称して申し込むことはいくらでも可能だ。

    最後に、アメリカのドール名義サービスにも申し込む。
    これはドール所有免許が失効したり、一時的に持てない人向けにドールの所有権を一定期間レンタルしてくれるサービスだ。
    これも日本では犯罪の温床になると批判されている。

    今回、僕は、信用協会で買った信用を使い、ドールを売買代行サービスを通じてアンバードールを買う。
    そうして高校生になってドール所有免許を取得するまでの間、ドール名義サービスの名義でドールを手元に置くのだ。
    これらの方法は『アンバードールを手に入れよう』のサイトや、ネットで集めた情報でわかったことだ。
    ただの中学生の僕でもここまでできるのだから、気楽な国だと思う。この国は。

    21.
    冬休みになり、僕の手元にアンバードールがやってきた。
    クリスタルガラスの中に、身長30センチの斎藤さんが浮かんでいた。
    生きていたときと何も変わらない斎藤さんだ。
    テニスのユニフォームを着て、右手にラケット、左手にテニスボールを持って、微笑んでいる。
    もちろん斜め下から見上げれば、短いスコートの下には綺麗な太ももとパンツもばっちり鑑賞することができる。

    僕が使った Amber Doll Inspection Service はとてもよくできていて、斎藤さんが公式の広報に掲載される前、献体者一覧に登録された段階で通知してきてくれたのだ。
    おかげで僕は売買代行サービスを通じて、他の誰よりも早く斎藤さんの身体を押さえ、希望の衣装でアンバードールに加工してもらうことができた。
    今まで貯めたお金はすっかり使い果たしたけれど、もちろん悔いはなかった。

    斎藤さんは、僕のためにガラスの中で永遠にポーズをとり続けてくれるだろう。
    思わぬ事故で命を失った斎藤さんは本当に残念だったけど、同級生のアンバードールを持つ中学生なんて、他には絶対にいないはずだ。
    この中に入っているのは、僕の恋人だった女の子。
    そう考えるだけでぞくぞくした。
    ・・一生大事にしてあげるよ。
    クリスタルガラスを撫でながら、僕は斎藤さんに声をかけるのだった。

    22.
    春になって、僕は志望の高校に入学した。
    県で一番賢い生徒が集まる学校のはずだけど、僕には脳みその足りない連中ばかりに思えた。
    特に女子生徒。
    極端に短いスカートにぶっとい生足をさらけ出す姿は醜悪で、自分のバカさ加減をアピールしているようにしか見えなかった。
    せめて斎藤さんみたいに綺麗な太ももだったら許せるのに。

    と、一人の女子に目が行った。
    名前は、駒井さやかさん。
    ブスばかり集まっておしゃべりする中、彼女だけが光って見えた。
    斎藤さんと同じポニーテールで、笑顔が可愛い。
    すらりと伸びた足は十分鑑賞に耐える。肌の色は斎藤さんよりも少し白い。
    駒井さんをアンバードールにして斎藤さんと並べて飾ったら、僕の部屋はいっそう楽しくなるだろう。

    ぼくの中で、むずむずと湧き起る感情があった。
    そうだ。
    次はあの子だ。駒井さんだ。

    高校を卒業するまでに、1億円貯めてやろう。
    それで駒井さんを僕のコレクションにする。
    僕ならできる。きっとできる。

    教室の隅の席で、僕はただ一人ほくそ笑み続けた。



    ~登場人物紹介~

    僕(船田): 主人公。月200万稼ぐ中学生ゲームプログラマー。同級生をアンバードールにしようと狙う。
    斎藤つかさ: 主人公に狙われたクラスメートの女生徒。
    駒井さやか: 主人公が高校に進学してから、次のターゲットに決めた女生徒。

    コレクターという外国映画をご存知でしょうか?
    蝶の採取が趣味だった男が、女子大生を誘拐して飼うお話です。
    本話はそれにインスパイアされたものです。
    アンバードールの構想を考えたときから、書こうと思っていた題材でした。

    偉そうな語り口の主人公は、お金も稼いでいますが、所詮は中学生。
    彼の立てた計画は本人が思っているほど大したものでなく、ただ相手の女の子に適性があったという幸運で事態は進みます。
    おそらく次のターゲット(駒井さん)ではひどい目に合うのではないでしょうか。

    そして博物館の日本女性初アンバードールは、アンバードール設定の『7.日本のアンバードール』に書いたエピソードを受けています。
    あのエピソードはそれだけでお話が一本書けるレベルですが、作者には時代物の小説を書く造詣がありません。
    残念ながら本話以外で登場することはないでしょう。

    最後に挿絵は今回も無しです。
    アンバードールのイラストは私がどう描いても同じようにしかならないので、少し悩んで諦めました。
    もっと上手な人なら、綺麗なイラストを掛けるのでしょうけどね。

    ではまた。
    ありがとうございました。




    アンバードール第5話・百年人形(1/2)

    # PART.1 #

    その老人は仕立てのよいスーツを着ていて品があった。
    背筋をぴんと伸ばして座った姿は、70才を超えているようには見えない。

    「これです」

    老人は高さ30センチほどの褐色の筐体を出してテーブルに置いた。
    それはクリスタルガラスではなく本物の琥珀だった。
    その中に山吹色の着物を纏った黒髪の少女がたたずんでいる。

    「これは年代物のアンバードールですね」
    「およそ100年前のものと思われます」
    「すばらしい。どこで入手されたのですか?」
    「これは父の遺品です。亡くなって20年になりますが」
    「なるほど。・・おや、この左手は?」

    ドールの袖から覗く左手は白木で作られていた。
    それは精巧に彫られていたが、塗装されない木の風合いのままなので違和感がある。

    「肘から先が木で継がれているようです。どうしてこうなったのか分かりません」
    「お父上から何もお聞きにならなかったのですか?」
    「父も詳しくは知らないし、知っていてもあまり話したくないようでした。・・ただ、」
    「ただ?」
    「この人形は自分の母親であると言われました。つまり、私の祖母だから、大切に守って欲しいと」

    私は目の前のドールを見直した。
    物憂げに半目を開いてやや斜め下を見つめる少女は14~5才くらいと思われた。
    こんなに若い女の子が、この老人のおばあさん?

    「・・では、ご依頼の内容は」
    「この人形の由来を明らかにして欲しいのです」

    依頼主であるその老人、上元康彦氏は言った。
    私は個人で探偵事務所を開いている。
    アンバードールの調査は、私の得意とする仕事だ。

    アンバードールのDNA管理が義務化されたのは、ほんの15年ほど前のことである。
    それ以前に製作されたドールはDNAで追跡することはできないし、今もなおDNA登録されない非合法ドールが作られているのも実情だ。
    そういったドールは、最初の所有者の手を離れ、複数の愛好家の間を転々とするうちに、由来があいまいになる。
    あらぬ逸話や素材になった少女のでたらめな出自が付加されて、ドールの美術的価値とは関係のないところで売買価格が高められたりもする。
    作者や製作時期の詐称などは日常茶飯事と言っていい。

    そういったドールを鑑定する専門家もいる。
    彼らは持ち込まれたドールの価値を鑑定し、可能であれば作者を推定する。
    しかし、極端に古いドールや無名のドール作家の作品である場合、一般の鑑定士では手に余ることが多い。
    そういった状況になると、私のような探偵の出番なのだ。

    「念のためにお聞きしますが、どこかの鑑定機関で調べてもらいましたか?」
    「はい。しかし何も分かりませんでした。それで貴方を紹介されて来たのです」
    「事情は分かりました。調査の目処がついたらご連絡します」

    ・・

    上元氏の父親は80才で死亡したという。
    このドールの少女が上元氏の父親を産んだのなら、彼女がドールになったのは大正時代の初めということになる。

    誰がこの少女をアンバードールにしたのか?
    ドールの作品としての出来は悪くはなかった。
    初期のドールによく発生する縮小部位のばらつきは見られないし、顔面や指先の仕上げも丁寧だった。
    木に彫られた左手が惜しいが、それでもオークションに出せばいい値段がつくだろうと思われた。

    私は次にドールの眼球をチェックする。
    網膜まで精巧に再現された現在のアンバードールの眼球とは違って、この時代のドールの眼はただのガラス玉に着色したものである。
    眼球の背後に、作者の号が刻まれていることが多いのだ。
    顕微鏡で調べると、そこには『弥』の字が見えた。
    名の知れた作家でそんな号を使った人はいない。

    アンバードールの縮小技術がドイツで誕生したのは1901年、つまり明治34年である。
    その技術が日本に伝わった年代は諸説あるが、大正時代はアンバードールが日本でも本格的に製作されるようになった時期だ。
    有名無名のドール作家たちが競ってオリジナルのアンバードールを作り、それを富豪層が購入した。
    このドールは、おそらくそんな作家の一人によって作られたのだろう。

    上元氏が依頼した鑑定士もここまで調べて諦めたと思われる。
    しかし私の仕事はここからである。
    まずは、上元氏の父親の経歴を辿ること、そして『弥』の号の作者を見つけること。
    ほんの100年前の出来事だ。
    日本のどこかに、きっとその痕跡が残っている。

    ・・

    3ヶ月後。私は依頼人に調査結果を報告した。
    「このアンバードールは原田弥助という人が作りました。ドイツでドール職人として働いた人です」
    「ドイツで修行した人ですか」
    「はい。ローテンブルクという古い町の工房に記録がありました。この時代のドール作家はヨーロッパで技術を身につけて戻った人がほとんどなのです」

    私は手帳を見ながら説明を続ける。
    「弥助は帰国してからS県に工房を開き、1913年から16年、つまり大正2年から5年にかけて10数体のドールを製作しました」
    「この人形はその一つですか」
    「ええ。どうやらこの人は、貧困農家から口減らしに身売りされた娘を女衒(ぜげん)から買い取って、ドールの材料に使っていたようです」
    「・・」
    「これは彼に限ったことではありません。今のように献体制度もない時代ですから、どんな作家の作品であっても望まずにドールにされた娘がいるとお考え下さい」
    「わかりました」
    「そうして弥助に囲われた娘の一人が男の子を産みました。父親が誰かは分かりません。女衒の一人か、弥助自身なのか」
    「その男の子が私の父という訳ですね」
    「はい。男の子はしばらく弥助の元にいましたが、近くに住む小学校の元校長先生に引き取られました。とても聡明な男の子で、帝国大学まで上がりました」
    「そこから先は知っています。中山飛行機製作所で戦闘機のエンジンを設計しました。それから上元家に養子に入って、私が生まれました」
    「そうです」
    「母親は、どうなりましたか?」
    「男の子を産んでから、ドールの材料になりました」
    「そうですか」
    「ただ、無理やりドールにされたのかどうか、分からないのです」
    「と、いいますと?」
    「あなたの父上を引き取った校長先生が日記を残しているのです。工房にいた娘たちは皆とても明るかった、そして琥珀人形になることを誰も嫌がっていなかったと」


    # PART.2 #

    1.
    大正3年3月、東京。
    狭い食堂のテーブルに連れてこられた娘は、痩せていて、片方の腕を体格のいい男に掴まれていた。
    先に来て座っていた男性が娘の顔を黙って見た。
    40才くらい。背広にネクタイ姿、頭にはハンチング帽をかぶったままである。

    「歳は?」
    「13でさぁ。一番の美人ですぜ、旦那」
    「ふむ。この子を買おう」
    男性は胸元から皮の財布を出し、札を数えた。

    「800円? 約束は千円ですぜ?」
    「お前、この子を殴っただろう? 乱暴は加えず綺麗な身体の娘、が条件だったはずだ。それにお前たちには800円でも大儲けではないのか?」

    娘の腕を掴む男は短く考えた。
    目の前の客に娘を売る値段、それとも娘を娼妓として売りに出す手間。
    男は欲望に負けて娘に手をつけてしまっていた。
    遊郭で検査を受けて生娘でないと分かったら、次からは買ってもらえない。

    「850円でさぁ」
    「強欲な奴だ」
    男性は金を払うと娘を連れて食堂を出た。
    街は、つい先週から大きな博覧会が開かれているためか、人と馬と車でにぎわっていた。
    この国もまもなく第一次世界大戦に巻き込まれる運命にあったが、そんなことは誰も知らずに大正の春を楽しんでいるようだった。

    「怖い思いをしたようだね。名前は何というの?」
    しばらく歩くと男性は振り返って娘に話しかけた。
    先ほどとは打って変わって優しい声だった。

    「はい。あたしは、"みよ" といいます」
    「そんな薄着じゃ寒いだろう」
    男性は鞄から子供用のコートを出して、みよに着せた。
    見たこともない高級なコートだった。内側に毛皮が張られていてとても暖かかった。

    「あ、これは・・」
    「向こうに着くまでそれを着てなさい。そうそう、私は原田弥助という。弥助さんとでも呼んでくれればいい」

    弥助さんというのか。
    みよは思った。きっと、ものすごいお金持ちだ。
    850円なんて、うちじゃ一生見ることもない金額があたしのために払われた。
    そういえば、お父っさんが人買いから受け取ったお金は200円だった。
    その差はいったい何なんだろう。

    2.
    長い時間汽車に揺られて、ひなびた村の駅で降りた。
    みよの故郷と変わらない田舎だった。

    村からさらに残雪の残る山道を2時間歩いて、小さな家に着いた。
    山中にぽつんと建つ古びた一軒家だった。
    みよは、弥助のことをお金持ちだと思っていたので、その家のみすぼらしさにかえって驚いた。

    「お帰りなさい! 弥助さま」
    娘が三人出てきて頭を下げた。
    弥助の子供だろうか?
    畑仕事でもしていたのか皆の手と顔に土がまみれていたが、よく見るとどの娘も綺麗な顔だちをしていた。

    「あんた、新しい子だね。名前は?」一番年嵩の娘が聞いた。
    「みよです」
    「みよちゃんか。あたいは、"かのこ" だよ」
    「おらは、"ともの"」「うちは、"はつ"。よろしくね」
    「あ、あたしこそ、よろしくお願いします!」

    慌てて頭を下げるみよの隣で弥助が言った。
    「この子はまだ何も知らないから、いろいろ教えてくれるか」
    「はい!」
    娘たちは一斉に返事をした。

    「よかったっ。次の子が早く来て」
    「これでまた四人やね」
    「うん、せんちゃんが減って寂しかっただ」
    三人は、弥助とみよの前でも遠慮なくおしゃべりをしていた。
    とても仲がいいみたいだけど、それぞれ話し言葉が違う。姉妹ではないのか。
    それに、せんちゃんって誰?

    3.
    その夜。弥助と四人の娘が囲炉裏を囲んで座った。
    16才のかのこを筆頭に、14才のはつ、ともの、そして13才のみよである。
    皆、実の親から人買いに売られ、それを弥助が金を払って引き受けた娘たちだった。

    彼女たちは、弥助の家で共同生活を送っていた。
    弥助に妻はいなかったが、決して娘たちに手を出さず、また家の中に閉じ込めることもなく、彼女たちが自由に過ごせるようにしていた。
    娘たちもそんな弥助を敬っていることが、みよにも分かった。

    「今夜は、みよちゃんを迎えるお祝い」はつが言った。
    「いっぱい食べてね」とものが言った。
    「ありがとうございます」
    囲炉裏を囲むお膳には、暖かい食事が並んでいた。

    「みよちゃんはまず栄養をとらないといけないね」リーダー格のかのこが言った。
    「そうだな。みよは、もう少し太って、肌に艶をつけることが必要だ」弥助も言った。
    みよは痩せていて、故郷で農作業と水仕事のためにずいぶん荒れた肌をしていた。
    それにしても、どうして弥助さまは自分のために高いお金を出してくれたのだろうか?
    自分はこれといって取り柄もない、ただの田舎娘なのに。

    「あの、あたしはどうして、弥助さまに買われたのでしょうか?」
    みよは質問した。
    三人の娘たちが互いに視線を交わして意味ありげに微笑んだ。
    「"ハンナ" を持ってきてもいいですか?」かのこが弥助に聞いた。
    「うむ。見せてあげなさい」弥助が応えた。

    かのこは木の箱を両手に抱えて運んできた。
    箱を開け、中から高さ一尺(約30センチ)ばかりの琥珀の直方体を出した。
    ・・うわあっ!
    みよは、それを見て歓声を上げる。
    琥珀の中には、白いドレスを着た西洋人形が浮かんでいた。

    「これは琥珀人形っていうんだ。弥助さまが作っただよ」
    「弥助さまが?」
    「弥助さまは人形師なんや。これは独逸(ドイツ)で修行したときに作ったって」
    「ほら、近くでよく見な。めんこいだろ?」

    みよは顔を近づけて琥珀を覗き込む。
    囲炉裏の炎に照らされて、人形の金髪が輝いた。
    青い目、透き通るような肌。そしてフリルがたくさんついた豪奢なドレス。

    「綺麗です。まるで生きているみたい」
    「そうだろ? これは人形だけど、人形じゃないんだ」
    「?」
    「これはね、本モンの人間の女子(おなご)を小そうして琥珀の中に埋めたものなんやで」
    「ええっ?」

    みよが驚いていると、弥助が説明した。
    「独逸で発明された技術だ。無水セイロ溶液の中で人体を縮小させる。時間をかければ、五尺の娘も一尺まで小さくなる」
    「じゃあ、この人形は本当に人なんですか?」
    「うむ、これは独逸人の娘だ。歳は確か17だったか」

    信じられなかった。
    人間をこんなに小さくできるなんて。

    「弥助さまはね、この人形に、ハンナって名前をつけて大事になさっているんだ」かのこが言った。
    「元の女子の名前なんですよね」はつが言う。
    「まあ、そうだ」弥助が照れくさそうに笑って答えた。

    みよは、ハンナ、と呼ばれる琥珀人形を見つめていた。
    じっと動かない白人の美少女が微笑んだような気がした。
    とても美しくて寂しい微笑みだと思った。

    「独逸に行くと、こんなめんこい娘っ子を人形にして売ってるんだって」とものが言った。
    「弥助さまはね、この国でも琥珀人形を作って広めようとしてるんだ。日本の女子を使った日本の琥珀人形をね」かのこが言う。
    「弥助さまは、どんな女子も綺麗な琥珀人形にしてくれるんやで」はつも言った。

    「・・じゃあ、皆、ここにいるのは」
    「そうだよ」三人が揃って頷いた。
    「人形になるんだ。みよちゃん、あんたもね」
    そうか。みよは理解した。
    自分が高額で買われた理由を。

    「心配しないで。あたいらもびっくりしたけどね。今は綺麗な人形になれるって喜んでる」
    「大丈夫。ちっとも苦しないから」
    「何十年も、何百年も、めんこいままで残るんだ」

    黙ったままのみよに弥助が言った。
    「怖くなったのかい? どうしても嫌というのなら、返してやってもいいが」
    「いいえ」みよは答えた。
    「怖いかどうか、自分でも分からないです。でも、あの人買いのところには帰りたくありません。それに、あたし、弥助さまに助けてもらった身ですから、人形になります」
    「よくわきまえた娘だな、みよは」

    4.
    翌朝、みよが起きると、弥助は出かけていなくなっていた。
    弥助は外出が多く、不在の間は娘たちだけで家を守っているのだった。

    先輩の娘たち三人が、みよを裏の離れに連れて行った。
    ここに琥珀人形を作る作業場があるという。
    中に入ると、そこは土間になっていて、中央に四角い棺桶のような箱があった。

    「ここには今、せんちゃんがいるんだ」
    「人形になる途中やで」
    え、せんちゃんって、昨日名前を聞いた子だ。
    この中にいるの?

    はつととものが、箱の蓋を開けた。
    箱の中は、緑色の液体が一杯に入っていた。
    そして、その中に、ぶよぶよになった茶色い物体が沈んでいた。
    きゃ。
    みよは、悲鳴を上げて隣のかのこにしがみついた。
    三人の娘たちが一斉に笑った。

    「まぁ、驚くよね。初めて見たら」
    「さ、埃が入るから、さっさと済まそ」
    「うん」

    三人は竹の棒で緑色の液体を攪拌した。
    こぽこぽと泡が浮かび上がり、茶色の物体が揺れた。
    それは、少女の身体だった。
    長い髪が広がってまとわりつき、眼球のあるはずの場所は黒い空洞が開いているが、確かに人間の娘の身体だった。
    ただし、その背丈は二尺(約60センチ)ほどしかなかった。
    娘たちは緑色の液体を丁寧に混ぜ終わると、再び箱に蓋をした。

    「これを毎日二回やるんだ。みよちゃんも当番に入ってもらうからね」かのこが言った。
    「混ぜ合わせをどんだけ丁寧にするかで、出来が違うんだ」とものが言った。
    「せんちゃんを綺麗なお人形にするためや。手え抜いたらあかんよ」はつも言う。

    "せん" はみよが来る前に、この家にいた15才の娘だった。
    今は琥珀人形になるために縮小液槽の中にいる。
    これからまだ何週間もかけて、身の丈一尺まで小さくなるという。

    縮小が済んだら、校正、仕上げの工程を経て人形になる。
    娘たちは弥助の仕事を手伝っている。
    それは、縮小槽の世話だけではなく、縮小前の外科的作業から、衣装の縫製、琥珀の流し込みなど人形製作の全般に及んでいる。
    完成した人形が売れれば、すぐに次の人形の製作が始まり、娘の一人が使われる。
    そしてまた新しい娘が買われてきて、仕事を引き継いで覚えて行くのである。

    「みよちゃんにも、人形作りの仕事を覚えてもらうよ」かのこがみよに向かって言った。
    「次の子に教えられるようにね」
    「あの、次に人形になる人はどうやって決めるんですか?」
    「簡単さ。古い娘から順番だ」
    「なら・・」
    「うん。次はあたいの番だ」かのこはさらりと言った。

    続き




    アンバードール第5話・百年人形(2/2)

    5.
    縮小液槽の世話。琥珀人形に着せる衣装の製作。
    そして生活のための、畑仕事、炊事、洗濯。
    この新しい生活に、みよはすぐに慣れた。

    せんの衣装は、赤い振袖と決まっていた。
    小さな布片と装飾を組み合わせて着物を縫い上げて行く。
    みよは手先が器用で、指導するかのこも驚く程丁寧で速い仕事をした。
    「あたいの着物もみよちゃんに頼むよ」かのこはそう言って笑った。
    みよは故郷で自分に裁縫を教えてくれた、もう会うことも適わない母親に感謝した。

    琥珀人形の製作にはおよそ三ヶ月。セイロ液による縮小はその半分の期間を要する。
    せんを液槽に入れて六週間が過ぎた。
    弥助は縮小状態を確認し、一尺以下まで縮んだせんの身体を引き上げた。

    続く校正作業は、縮小した人体を観賞用に補正する作業である。
    髪を括って形を作る。爪や歯のゆがみを修正する。
    お腹の中は縮小前に内臓を抜き出してあるが、そこへ綿を詰めて体形を整える。

    作業はできるだけ迅速に進める必要があった。
    校正を進める間にせんの身体は空気に触れて乾燥し、次第に柔らかさが失せて行くのだ。
    弥助は徹夜で仕事を続け、娘たちがそれを交代で手伝った。
    校正が済めば、数日間か陰干しにして、最終仕上げの段階に進むのである。

    ある日、みよは吐き気に襲われ、激しい嘔吐を繰り返した。
    食欲がなくなって、代わりに梅干ばかり欲しがるようになった。
    かのこが、みよに対して、もう初潮を迎えていたこと、そして女衒に乱暴されたことを確認し、みよの妊娠が判明した。
    みよはお腹の子供を堕胎することを拒んだ。そんなことは考えられなかった。
    みよは人形になる前に子供を産むことを望み、弥助はそれを認めた。

    6.
    せんの琥珀人形が完成した。
    きらきら輝くガラスの眼球に赤い口紅。赤い振袖を来て琥珀の中に浮かぶ姿を見て、みよは心から美しいと思った。
    弥助は娘たちと一緒に簡単なお祝いをすると、人形を桐の箱に入れて顧客の富豪に売り払った。
    人形師として弥助の腕は評判がよく、人形が出来上がったらすぐに買いたいという客が何人も待っているのである。
    その売値は一万五千円と聞いてみよは驚いた。
    一万円なんて家が建つお金だ。
    弥助さまが千円で買ってきた娘が、お人形になって一万円以上で売れる。
    故郷では一円二円のお金で苦労していたのに、何という違いだろう。

    7.
    弥助は新しい琥珀人形の製作に取り掛かった。
    次の素材は、かのこだった。
    かのこは、冷水を浴びて身体を清め、そして仲間に別れを告げた。
    弥助が用意したモルヒネを服用し、眠るようにして逝った。
    みよは、かのこのために少しだけ泣いた。

    弥助はかのこの身体から内臓と眼球を取り出し、離れにある作業場の縮小液槽に入れた。
    再び、娘たちが交代で縮小槽を世話する日々が巡ってきた。
    少しずつ小さくなるかのこを見ながら、みよは心をこめて液槽を攪拌するのだった。
    そしてまもなく、かのこが抜けた後を次ぐ娘、まつこが弥助に買われてやってきた。
    彼女は15才で、あの独逸人の琥珀人形に負けぬほど肌の白い美人だった。
    まつこは皆とすぐに打ち解け、新しい仲間になった。

    すっかり夏になっていた。
    かのこの背丈は十分に小さくなり、弥助と娘たちの手で琥珀人形に仕上げられた。
    その衣装はこの頃人気を集めていた仏蘭西(フランス)カンカンの踊り子の衣装だった。
    みよたちは、この衣装をかのこが生きているときから相談して決めていたのである。

    かのこの琥珀人形が売れた後、次にはつが別れを次げて、縮小液槽に入った。
    みよはもう泣かずに、はつが綺麗な琥珀人形になれるよう祈った。
    新しい娘、しげが仲間になった。
    娘たちは、三ヶ月毎に一人ずつ人形に変えられて行く。
    そして新たな娘が一人加わり、技術と意志が受け継がれる。
    この家にいる限り、それが当前のことなのだ。

    この頃になるとみよのお腹は膨らんで安定期に入り、誰の目にも子供がいると分かるようになった。

    8.
    「字を覚えたい?」弥助が聞いた。
    「はい。村に出かけても字が読めないと難しいので」
    みよは娘たちの中で最も年下だったが、物覚えがよく利発だったので、日常の雑務に加え生活費の管理なども任されていた。
    村まで出かけて買物や郵便物の受け渡しまでするようになっていたのである。
    そんなときに困ったのが文字を読めないことだった。
    弥助に買われた娘たちは、ほとんど学校に行ったこともない娘ばかりだった。

    「いいだろう。字を習いたいと言った娘は、お前が初めてだよ」
    弥助は娘たちのために週1回の家庭教師を依頼してくれた。どこか面白がっているようだった。
    家庭教師として来たのは、引退した尋常小学校の元校長先生だった。
    この人は余計なことは口外しないという約束で来たが、自分が教える娘たちが琥珀人形の材料であることに驚いた。
    そして娘たちが、その運命をごく自然に受け入れていることにも驚いた。
    それでも親身になって文字を教えてくれ、娘たちも楽しく勉強を続けたのだった。

    9.
    はつの琥珀人形が完成し、次にとものが命を捧げて縮小液槽に入った。
    そして新しい娘、たきが買われてきたときには、もう年の暮に差し掛かっていた。
    みよの臨月が近づいていた。
    娘たちは、産婆を呼ばず自分たちだけでみよを出産させることにしていた。
    生まれる子供は、もし女の子なら弥助に迷惑をかけずに自分たちで育てて、年頃になったら琥珀人形に使ってもらおうと相談した。

    「男だったら、どうするの?」「武者姿の人形とか、どうけ? 尾上柳之助みたいな」
    尾上柳之助とは、当時評判の活動写真俳優である。
    「え、しげちゃん、活動見たことあるの?」「うん、一回だけ」「いいなぁ~!」
    「素敵よねぇ~、柳之助さまあっ」
    娘たちはころころ笑いながら語り合った。

    もちろん皆が理解している。琥珀人形に使えるのは女だけである。
    女だとしても、人形になれまで無事に育てられるかどうか、誰にも分からない。
    男の子でも女の子でも、生まれる子供の将来を知っているのは神様だけだ。

    ・・本当に、あたしの産む子は、どうなるんだろうか。
    ときどき、みよは不安になった。
    ・・あたしが人形になった後、幸せに育ってくれるかしら。
    不安ではあるが、幸せ不幸せは本人の感じ方で決まることだ。
    実際、みよは自分のことを不幸だと思っていない。
    この子はこの子なりに、運命が決めた道を歩むはずだ。
    そう思えば、少しだけ気が楽になった。

    10.
    大正4年1月。みよは男の子を産んだ。安産だった。
    娘たちはもちろん、弥助も喜んでくれた。

    生まれた子供の世話に大わらわになっている最中、とものの琥珀人形が完成して売られていった。
    次に人形になったのは、まつこだった。
    本来の順序であれば人形になるのはみよであるが、赤ちゃんにはお乳を与える母親が要るでしょ、と言って代わってくれたのである。
    みよは、まつこを抱きしめて感謝した。他の娘もまつこを抱きしめ、そしてまつこは送られていった。

    人形製作と育児の日々が続いた。
    しげも、たきも、みよより先に人形になって旅立っていった。
    結局、みよは男の子が数えで二つ(満1才)になるまで育て、それからすべての人に感謝して、15才で琥珀人形になった。


    # PART.3 #

    「この人形の左手は、どのような事情でこうなったのでしょうか?」
    依頼人の上元氏が質問した。
    琥珀の中に浮かぶドールの左手は、白木に彫られた作り物だった。

    「詳しくは分からないのですが、原田弥助があなたのおばあさんを加工する際に、左手を折ってしまったようなのです」
    「何か事故があったのでしょうか」
    「弥助は確かな腕を持っていたので考えにくいことではありますが、当時はすべて手作業でしたから、そのようなトラブルもないとはいえません」
    「・・あの、このようなことは考えられませんか?」
    「はい?」

    上元氏は遠くを見るような目をして、ゆっくり話した。

    「当時、弥助が囲っていた娘たちは人形の製作を手伝っていた。無理やり手伝わされたのではなく、積極的に参加していたと言った方がいいかもしれません」
    「・・」
    「そして、その一人が不慣れだったために、何かの作業で失敗したのだ、と」
    「さすがに、それは。娘たちは、アンバードールの材料として集められたのですよ」
    「それは確かにそうですね」

    私は息をついて説明を続けた。
    「弥助は止むを得ずドールの左手を代用品で作りました。しかし、これは売れなかった。片腕のドールを買う客はいなかったのです」
    「それで、私の父の元に」
    「はい。お父上を引き取った元校長先生に託されました」
    「その後、弥助はどうなりましたか?」
    「大正5年以降は作品も途絶え、消息も不明です。弥助の工房があった場所にも行ってみましたが、すっかり開けた町になって何も残っていませんでした」
    「分かりました。それで十分です」

    上元氏は、アンバードールを丁寧に布で包んで箱にしまった。

    「詳しく調査いただき、ありがとうございました」
    「いえ、お役に立てたなら幸いです」

    氏は事務所を出て行きかけて立ち止まり、そして振り返った。

    「最後に、ひとつ」
    「何でしょう?」
    「この子、私の祖母の名前は、もしかして、みよ、でしょうか?」
    「ああ、それは残念ながら、校長先生の日記でも分かりませんでした」
    「そうですか」
    「どうして、その名前をお考えになったのですか?」
    「信じてもらえないかもしれませんが」

    上元氏は、ドールの入った箱をゆっくり撫でた。

    「彼女が教えてくれました」
    「彼女とは?」
    「この、琥珀人形自身です」
    「・・」
    「長年、私は彼女を見つめていました。彼女の美しさに心を奪われ、自分の祖母なのにまるで恋人のように思ってきました」
    「ドールに恋をするのはよくある話ですよ」
    「それである日、私は彼女と話せるようになりました」
    「え」
    「彼女は100年前のことを語ってくれました。私はそれが真実なのか、それとも琥珀人形に囚われた老人の妄想なのか知りたくなったのです」
    「それで、結果はどうでしたか?」
    「満足のいくものでした」

    ・・

    依頼人が帰った後、私は事務所の椅子に座って考えた。
    アンバードールへの愛情が深くなると、そのドールと会話できるようになると言われている。
    私はそれを否定しないが、あくまでそれはドールに接する人間の思い込みによるものだ。
    ドールに固有の意志や記憶など、あるはずがない。
    もし本当にドールが自分の記憶を語り出したら、私はおまんまの食い上げではないか。
    まあ、いい。この仕事はこれでクローズだ。

    私は金庫から古いアンバードールを出してデスクに置いた。
    100年以上昔の作品だ。
    白いドレスを着た、金髪の少女が琥珀の中に立っていた。年齢は17才くらいか。
    琥珀の底には、『HANNAH』 と刻まれている。
    これはドイツ人の名前だ。この少女はハンナというのだろうか。

    探偵を始めてまだ駆け出し頃、私はこのドールに惹かれて購入した。
    たしかS県の小さな古物商だった。
    どのような由来のドールなのか知らないが、私はわざわざそれを調べようとは思わない。
    アンバードール調査を請け負う私が、正体の分からないアンバードールを持っていてもよいではないか。
    依頼された仕事を一つ終えたとき、私は彼女を前にしてしばらく時間を過ごすのが楽しみだった。

    じっと動かない美少女が微笑んでくれたような気がした。
    とても美しくて寂しい微笑みだと思った。



    ~登場人物紹介~
    私(探偵): 100年前に作られたアンバードールの調査を請け負う。
    上元康彦: 71才。調査の依頼人。
    前田弥助: 40才くらい。大正時代のアンバードール作家。
    みよ: 13才。アンバードールの素材になった少女。依頼主の祖母。
    かのこ、はつ、ともの、せん、まつこ、しげ、たき: 弥助の元にいたアンバードール素材の娘たち。

    新年おめでとうございます。
    アンバードール世界の設定では、日本で女性の身体を縮小して作るドールが広まり始めたのはおよそ100年前です。
    この頃は献体の制度もないので、いろいろな手段で集められた少女がドールの材料になりました。
    本話では身売りされた娘たちが使われています。
    こういう運命の女の子がドールになるお話は萌えます。彼女たちへの思い入れが深くなりすぎないようにお話をまとめるのが大変でした。
    念のために書きますと、現実にあった身売りは、一律に無法な人身売買ではなく10年とかの年期がついた身売りだったようです。
    もちろんそうでないケースもあったでしょうし、年期があけるまでに命を失うことも珍しくない時代でしたから、悲惨であることに変わりはありませんけどね。

    本話では大正初めの金銭価値は現代の1000倍としました。
    つまり、当時の200円は今の20万円、1万円は1千万円と換算して下さい。
    また、"みよ" の名前は、彼女の誕生年が明治34年になることからつけています。
    これはお遊びではなく、この時代にはそんな理由で命名された人が実際にいたためです。
    最後に今回、挿絵イラストは力不足で省略しました。ご容赦下さい。

    さて私は来週からしばらく寒い国と暑い国へ出張します。
    ネット接続は可能なはずですが、個人PCは鞄に入らないので、またもや慣れないタブレットで次のお話を書くつもりです。
    例によってぎりぎりの更新となるでしょうが、のんびりお待ち下さい。

    ありがとうございました。




    アンバードール設定

    [ご注意]
    これは、アンバードールの世界の歴史設定集です。
    この世界は、私たちの住む世界とは、ほんの少し社会倫理観と科学技術の進度が異なる、別の世界です。
    だからもし、私たちの世界とよく似た歴史上の事件や人物が書かれていたとしても、それは別の世界の無関係な出来事や人物なので、どうぞ混同されないよう、ご注意下さい^^。

    なお、本シリーズの各小説は、この設定集をお読みでなくても楽しんでいただけるように書いております。
    以下の設定集は、どうぞ、面白いと思った方だけお読み下さい。

    アンバードールの歴史
    (クリックすると拡大表示します)


    1.アンバーセイント
    琥珀の中に人体(主として聖職者)を封じ込めて固めた宝石をアンバーセイントと呼ぶ。
    古代からバルト海沿岸地方で豊富に産出される琥珀を利用して製作され、宗教的用途に用いられてきた。
    その寿命は長く、丁寧に製作されたものであれば数千年以上はオリジナルの姿を保つことができると言われる。
    アンバーセイントは、棺桶状の箱の中に人体と溶解させた琥珀を入れて固化させて製作する。
    1体の製作には大量の琥珀を準備せねばならず、かつ琥珀が十分に固化して安定するまで10年近くを要した。
    このため製作される数は少なく、絶対的な権力を持つ支配階級のみがアンバーセイントを所有できた。
    アンバーセイントは男体女体どちらも製作されたが、後年のアンバードールブームで専ら女体のアンバーセイントのみが珍重された結果、男体のアンバーセイントは残っていない。
    現存する最古のアンバーセイントは、紀元前2世紀頃に製作されたとされる「女司祭マリアノス」で、推定年齢は20~25才である。
    彼女が生きたまま琥珀に封入されたのか、または死亡してから封入されたのかは不明である。

    2.アンバードールの誕生
    8~9世紀、偶像崇拝を禁じる宗教の広がりに伴いアンバーセイントは次第に作られなくなった。
    替わって生まれたのが、崇拝ではなく鑑賞の対象として、琥珀の中に美少女(まれに美少年)を生きたまま封入したアンバードールである。
    当初、アンバードールの製作方法はアンバーセイントと同じであったため、その数は少なく、保有していることが支配階級のステータスであった。
    13世紀の終わり、プロイセンの鍛冶屋職人が人形型を用いるアンバードールの製作方法を考案した。
    少女の体形に合わせて作った人体形状の型に少女を封印してから、型と人体の間の空間に琥珀を注入する方式である。
    琥珀は少女の周囲数センチの厚みに形成されるだけなので、その必要量は大幅に少なくなり、また琥珀の安定に要する期間も2~3年程度まで短くなった。
    この結果、当時の王族や貴族の間でアンバードールの製作が大流行することとなった。

    3.アンバードールの素材
    ドールの素材に選ばれるのは、一族の中でも際立って美しい娘で、処女であることが求められた。
    どれほど美くても被支配層の少女が使われることは稀であり、あくまで自分達の血筋から選ぶことに拘った。
    少女たちにとっても選出されることは美しさの証であり、また琥珀の中でその美しさを永遠に保てることから、アンバードールになることを自ら望む者も多かった。
    アンバードールの指名を受けた少女は、数ヶ月にわたり栄養のある食事と運動を行い、また内面の精神的な素養も高めるように努めたといわれる。
    少女を人形型に封印し琥珀を流し込む作業は数日をかけて行われた。
    垂直に立てた型に溶融琥珀を少量ずつ注ぎ込み、足元から順に固化させて行くのである。
    このため内部の少女は少なくとも顔面が覆われるまでは存命し、型の内壁に自分の身体が触れないように注意していた。
    こうして型内を琥珀で埋めると、気温の安定した地下室や洞窟などで数年にわたって保管した。
    15世紀頃の王家の城には、ほとんど例外なくアンバードールの人形型を保管するための地下室があった。
    数年後、型から出す際には一族が集まって盛大な型割式を行い、美しいアンバードールの誕生を祝った。

    4.アンバードールの認知
    16世紀になり商工業者を中心とする市民階級が勃興するとアンバードールは支配階級だけでなく市民階級の間にも広がり始めた。
    産出地が相次いで発見されたことによる琥珀価格の低下、さらに人形型を工夫して様々な形態のアンバードールを製作する業者の登場もアンバードールの普及に拍車をかけた。
    しかし当時の教会の教義ではアーバンドールは人間の命を身勝手に扱う行為と見なされており、これが人々の不満となっていた。
    1517年、ルクテン・マターによる宗教改革が起きる。
    マターはアンバードールは神が創った人間の美しさを最大に生かすものであり御旨(みむね)に叶うと主張したため、多くの人々が新宗教に従うことになった。
    1555年ローマン教皇がアンバードールは神の意志に従うと宣言し、ここにアンバードールは公的に認知された。

    5.アンバードールの問題
    アンバードールは市民の間に広まりつつあったが、同時に次の三つの問題も深刻であった。
    第一に、品質の問題。
    琥珀の中に理想的な状態で埋め込めば、ドールは安定して千年以上その状態を保つことができる。
    しかし生産量が増えて粗製濫造されたドールが出回ると、残留雑菌による腐敗、琥珀の固化不十分による折損などの事故が発生するようになった。
    第ニに、取扱の問題。
    多くの人がアンバードールを保有するようになると、それまでは考えられなかった取扱上の問題が発生するようになった。
    例えば輸送中の転倒折損や破壊。不適切な手入れが原因で発生する汚れや酸などによる表面の汚濁など。
    第三に、素材となる少女の供給が不安定であること。
    当時、自ら献体を望む少女は少なくなかったが、高品質のドールを完成させるためには外観の美しさだけでなく、肉体面と精神面、両方の適性が必要である。
    これらに十分配慮せず不適切な少女を使用した結果、琥珀が固化するまで型の中で体勢を維持できなかったりパニックを起こしたりして、鑑賞に耐えないドールができてしまうことも少なくなかった。
    このような背景は、美少女を誘拐してドールにする犯罪組織や、貧しい家族を救うため身売りしてアンバードールになる少女の斡旋組織が暗躍する理由になった。

    6.シュリンク技法の発明
    1901年 マクスターがシュリンク技術を完成し、これにより琥珀に埋め込む人体を身長わずか2~30センチまで縮めることができるようになった。
    これにより前記三点の問題は大幅に改善され、現在ではアンバードール=縮小人体と解釈されるまでになった。
    人体縮小の手順は概ね、[1]洗浄検査、[2]事前加工、[3]縮小、[4]校正、[5]硬化、[6]仕上 の手順による。
    [2]の事前加工は、眼球や内臓など縮小に適さない部位を除去し、代わりに充填材で埋める作業である。
    [3]の縮小工程は、無水セイロ液槽の中で人体を体積比で200~300分の1まで小さくする作業である。この工程には4~5週間を要する。
    このとき、必ずしも一様には縮小しないので、技師がつきそって補正することが必要である。
    縮小が完了したら、[4]の校正工程でポーズや表情などを整え、さらに[5]で乾燥させて硬化させる。
    その後、[6]の仕上工程で、眼球や性器、肌と頭髪などを整え、衣装を着せるのである。
    シュリンク技法はアンバードールの小型化を果たしたが、それ以上に大きなメリットとされるのが、校正と仕上げによってドールを美しく仕上げられる点である。
    従来は、ドールの表情やポーズは素材となる少女自身の意志に頼っていた。また生きたまま琥珀に封印するので必ず目と口を閉じている。
    これに対して、シュリンク技法はいわば死体加工なので、 職人の手によって様々な表示やポーズが可能である。
    まるで生きているかのように明るい笑顔や、動きのあるポーズを作り出すことができる。
    従来の等身大ドールの重厚さ、神秘性は損なわれるが、少女の生き生きと輝く瞬間を切り取ることができるのである。
    これが、シュリンク技法の発明がアンバードールの革命と呼ばれる所以である。

    7.日本のアンバードール
    江戸時代中期、オランダ通商で入手した文献にアンバードールの記載があったが、現物を知る者はいなかった。
    日本人が初めてアンバードールの現物を目撃したのは、1854年ベリー来航のときである。
    2度目の来航となるこのとき、ベリーは将軍への贈り物としてアンバードールを献上した。
    それは17才の米国人少女を琥珀の中に埋めたドールで、シュリンク技法のない時代であるから当然等身大であった。
    江戸城内では大変な注目を集め、初めて見る白人美少女と彼女が纏うドレスの美しさが評判になった。
    日本からも返礼すべきという声が上がり、協議の結果、永戸藩江戸家老太田重盛の娘、まつをアンバードールとして米国大統領に贈呈することが決定した。
    当時まつは14才。江戸で評判の美人であった。
    ドールにして贈るといっても国内には技術がなく、ベリー側にも技術者や設備はなかったため、まつは付き添いの女中と共にベリーの蒸気船で米国に渡り、それからドールに加工された。
    まつは船内で賓客として歓待されたという。 また米国各地を巡り、訪問先で舞や琴などさまざまな芸事を披露して評判になった。
    彼女がドールになったのは、渡米してから1年以上過ぎた1856年である。
    日本から持参した振袖を着ては人形型に収まることができず、止むを得ず洋風のドレスを着用した。
    凛として臆することなく型に入り、琥珀の中に埋もれたという。
    現在、まつは、日本女性最初のアンバードールとしてワシントンのAD博物館に展示されている。
    ちなみに、将軍に寄贈された米国人少女のドールは上野の国立博物館で展示されている。彼女の素性は不明である。

    8. 現代のアンバードール
    研究用などの特殊な場合を除き、縮小加工によって製作される。
    素材となる女体は、少なくとも合法的に供給されるものは、すべて献体されたものである。
    縮小技術は、マクスターのシュリンク技法の原理に従うが、さまざまな改良が施されている。
    最も複雑な無水セイロによる縮小作業は、全体に圧力を加えて短時間で偏りなく縮小する液槽が、特許を有する米国ADI社と欧州のシュリーレン社から供給され、事実上のスタンダードとなっている。
    また縮小後の校正と仕上げ工程では、顕微鏡とマイクロマニュピュレーターを使用するのが一般的である。
    さらに、1980年頃から琥珀に代わり、鑑賞性と耐久性に優れた透明クリスタルに埋め込むものがほとんどになった。
    ドールが着用する衣装も多様化し、一般的なドレス・着物だけでなく、映画やアニメのキャラクターに合わせたコスチュームドール、極端に露出の大きいセクシードールなども製作されるようになった。
    昔ながらの琥珀を使用した趣あるアンバードールもごく少量ながら製作されている。

    9.法運用体制の整備
    1948年の世界人権宣言で、本人の意志に背く強制的なドール化は禁止された。
    アンバードールの製作と販売は各国の法令により制約を課せられている。
    あらゆる少女をアンバードールに使用するためには、本人(および本人が未成年の場合は保護者)の同意と、当人のDNAを各国管理局のデータベースに登録することが必要である。
    使用可能な少女の年齢範囲は、日本では14~19才。(国により12才または初潮後~19ないし21才)。
    年齢の上下限が国より異なるのは、各国の経済事情と倫理観による。
    美女が多いといわれる国のアンバードールは重要な輸出産業になっており、一般にそれらの国では年齢範囲が広い。
    DNAの登録は犯罪の防止と、ヤミ品の排除によるドール価格の安定を目的とし、1998年に国連アンバードール委員会で勧告され、各国で義務化された。
    ドールを公正市場で売買し、所有できるのは、アンバードール取扱倫理の教習検定に合格した16才以上の者だけである。
    購入者には、ドールの年齢以外の生前個人情報は原則として公開されない。
    ドールを購入あるいは贈与されると、ドール本体と所有者のDNAを合わせて1枚のカードチップに記録した所有証明書が発行される。

    10.クローン体
    2005年頃から、主に日本と北米でクローン人体を使用したアンバードールが出回るようになった。
    クローン体ドールは比較的安価であり、計画的に生産して需要に応えることができるので、たちまち低・中級クラスのドールの主流となった、
    これに合わせて法令も改定され、たとえクローンでもDNA登録と、DNAを提供する女性の同意書が義務化された。
    また、当該クローンがオリジナルであるかクローンであるか登録番号によって容易に識別できるようになっている。
    クローン体は、オリジナルの女性から作成したクローン胚芽に促成ホルモンを投与することで製作される。
    成長の速さは、最速で本来の約10倍に達し、これは例えば年齢16才(月齢192月)の少女を作るのに、19ヶ月しか要さない計算になる。
    この結果、オリジナル女性より年齢が上のドールや、同じ女性の各年齢をシリーズで揃えたドールなども製作されて人気を集めている。
    アンバードール用クローンで重視されるのは、顔立ち、スタイルなどの外観のみである。
    わずかな自律神経系機能を除き、脳や脊髄など中枢神経系の成長がないまま肉体だけが促成されるので、クローンには知覚や思考の機能は存在しない。
    免疫系の機能もきわめて貧弱なので、多くは外気に触れるだけでウイルスや細菌に感染して死亡する。
    このようなクローン体のドールは、人間の女性を使用した本来のアンバードールと同列に扱えないのは明らかである。
    主に欧州の研究者から、クローン体を使用したドールはアンバードールと称するべきでないという意見が提示されている。
    また、人の子の娘として生きたことのない女を飾ることは神への冒涜であると考える宗教関係者もいる。

    11.未来のアンバードール
    スタンフォール大学のキムドン教授は、透明なゲル素材に封入するアンバードールを研究している。
    これによって、ドールのポーズを自由に変えることが可能になるという。
    日本の泡沫工業は、2013年のADフェスで、プロジェクションマッピングの技術を利用して着せ替えができるアンバードールを発表した。
    これはクリスタルの中に全裸のドールとマイクロプロジェクターを埋め込むことで、ドールの肌に様々な衣装を投影するものである。
    また米国ADI社は、人間が生きたままアンバードールになるLAD( Living Amber Doll )構想を発表して話題になった。
    呼吸可能な透明固形ジェルの中で数時間~数日間のドール体験やパートナーのドール化が可能になる。今後10年以内に商品化するという。

    以上




    アンバードール第4話(1/2)・ドール工房の恋

    1.
    ドール工房の朝は早い。
    僕は6時までに出勤して、冷蔵室と液槽室、二つの作業室の掃除をする。

    冷蔵室は、ドール素材になる女体の一時保管場所だ。
    法律的には工房に搬入される段階で人間ではなく『素材』だけど、ウチの親方は『ご遺体』と呼んで大事に扱わせている。
    これがクローン体の場合は最初から『素材』だから、僕も慣れるまでとまどったものだった。

    液槽室は、無水セイロの縮小液槽が並ぶ、工房で一番大きな部屋だ。
    ここで、素材の女体を体積比で約1/200~1/300に小さくするのだ。
    液槽は全部で3基。
    1体を縮小するのに約1週間かかるから、ウチの工房の処理能力は月あたり平均13体ということになる。
    大きな工房だと液槽を10基以上置いて、月産50体なんて誇るところもある。
    でも親方は、これ以上は品質を保証できないからと、液槽の増設を認めない。
    仕上げの工程をもっとツネさんに任せれば、品質を落とさずに増産できると思うけど、親方は全部のドールを自分で見ないと我慢できないのだ。

    二つの作業室は、単に西の部屋、東の部屋と呼ばれている。
    西の部屋は、縮小前の素材加工をするための部屋だ。
    ここではちょっと血なまぐさい仕事をする。
    知らない人が見たら病院の外科手術室に見えるかもしれない。
    一方、東の部屋でするのは縮小後の作業。
    こっちはマイクロマニュピュレーターを使う精密加工の世界だ。
    親方はほとんどこの部屋にいてドールの仕上げをしている。

    2.
    「おはようございます!」
    「おはよー。・・新しいご遺体さんだね」
    「はい。昨夜遅く届きました」
    冷蔵室に入ると、髪をポニーテールに括った小柄な女の子が先に来て、床を掃いていた。
    彼女は親方の姪っ子で胡桃子(くるみこ)ちゃん。
    ドール職人を志望して土日だけ工房のアルバイトをしていたけれど、去年、高校を2年で中退し正式な見習職人になったのである。

    僕は昨夜届いたという『ご遺体さん』を見る。
    「綺麗な子だね」
    「ええ。まるでモデルさんみたい」

    ガラスケースの中に、全裸の美少女が眠るように横たわっていた。
    小さな顔。腰まで届く栗色の髪。股間の茂みも同じ色だった。
    手足も細くて長くて、本当にモデルのように見えた。
    身体はまだ十分成熟していなくて、胸の膨らみも腰の張りも十分ではないけれど、それこそがミドルティーン少女の魅力だ。

    ・・えっと、15才。身長153、体重は44キロか。

    僕はケースに貼られたメモにちらりと目をやる。
    もちろん、そこには名前とか学校とか、少女のプライバシーに関わることは書かれていない。

    ・・中3か高1。これだけ美人ならモテただろうな。でも男付き合いはしていない。この胸はまだ誰にも揉ませてないね。もちろんバージン」

    「周防さんっ、いけないこと考えてるんじゃないですか!?」
    胡桃子ちゃんが言った。
    この子は感がいい。いつもすぐに僕の妄想を見抜いてしまうのだ。
    「ダメですよっ。これは大切な素材なんですからね!」
    「ごめん」
    僕は素直に謝った。
    「え、すぐに謝るんですか?」
    「おかしいかい?」
    「そうは思わないけど、もうちょっと否定するかと」
    「否定したら、どう言うつもりだったの?」
    僕は胡桃子ちゃんに迫る。
    「えっと」
    彼女は少し言いよどんだ。
    「その・・、えっちなことだったら、・・あたしを相手に、って」

    僕は笑って、胡桃子ちゃんの腰に手を回して引き寄せた。
    胡桃子ちゃんは抵抗しない。
    ご遺体さんの入ったガラスケースの横で、僕たちは抱き合ってキスをした。

    3.
    本日の工程作業、午前。
    入荷した素材の洗浄と検査。担当は春木さん。補助は僕。
    先週、縮小槽に入れた素材の引き上げと校正。担当はツネさん。補助は胡桃子ちゃん。
    そして前日から続けているドールの最終仕上げ。担当は親方。

    ウチの工房は、親方を含む正職人3人と見習2人で回っている。
    鶴田ドール工房の代表で親方の、鶴田興利さん。
    親方に次ぐベテランの通称ツネさんこと、東恒夫さん。
    そして中堅の職人、春木宗太さん。
    そして見習職人の僕、周防勉と、本郷胡桃子ちゃんだ。
    工房の経理は親方の奥さんが見てくれている。

    僕は、あの栗色の髪の少女をアルコール洗浄した後、春木さんと一緒に検査にかかった。
    検査とは、素材の身体に残る傷痕、痣、ホクロから、歯の治療跡、処女膜の有無まで徹底的に調べて記録をとることだ。
    もし不都合な箇所があれば、発注元ドールショップの意向に合わせて、除去や隠蔽の処理を行う。
    部位ごとに春木さんがチェック項目を読み上げて、僕が確認する。

    「項番19。左側乳房」「はい」
    「19の1、切開、治療痕」「なし」
    「19の2、病巣、しこり」僕は柔らかく膨らんだ胸を撫でて確認する。「異常ありません」
    「19の3、体毛」これは産毛(うぶげ)のチェックだ。
    10代の女の子にも体毛が濃い子がいる。その場合は、肌を傷つけないように注意して脱毛処理を行う。
    「ランクC。大丈夫です」
    「よし。19の4、ピアス、タトゥー」「なし」
    「19の5、変色、黒ずみ」「なし」
    「19の6、ホクロ、痣」「ホクロ1個。側面下です」
    「大きさは」「直径3ミリです」「大きいな。見せてみろ」
    春木さんはペンライトと拡大鏡を手に、少女の横乳のホクロを調べる。
    「これは目立つな」「除去しますか?」「うんにゃ。こういうのは喜ばれるんだ。一応ショップに確認」「はい」
    「次、19の7。掻きキズ、虫刺され・・」

    大の男が二人、全裸の少女の身体を舐めるように調べる。
    滑稽な光景だけど、見落としを防ぐためには重要な作業だ。
    この業界で検査見落としの話は結構あって、最近でも大手のS工房が盲腸手術の痕を見過ごしたまま納品して、職人仲間の間で話題になった。
    ウチの工房でそんな事故を出す訳にはいかない。

    検査で分かったのは、この少女が処女でなかったこと。
    胡桃子ちゃんに教えてあげようかと思ったけれど、また「余計なことに興味を持っちゃいけませんっ」と叱られそうな気がして黙っていることにした。

    4.
    本日の工程作業、午後。
    午前に検査した素材の事前加工と縮小液槽投入。担当は引き続き春木さんと僕。
    校正したドールの硬化処理。担当はツネさん。
    そして仕上がったドールのクリスタルモールディング処理。担当は親方と胡桃子ちゃん。

    春木さんと僕の前には引き続き、あの栗色の髪の少女が横たわっている。
    素材の縮小前加工は、まず血抜きから始まる。体内の血液の75%以上を排出させる。
    それが済むと、春木さんが手慣れた手つきで無造作に眼球を取り外した。
    ぽこんと空いた眼窩には吸水性樹脂でできたダミー球を入れてくぼみを防止する。
    縮小槽の無水セイロ液は、人間の皮膚や筋肉はもちろん、頭髪や骨格、歯の一本一本に至るまで縮小してしまうけれど、眼球は綺麗に縮小できないから外してしまうのである。
    取り出した眼球は溶剤の入った専用ボトルに入れ、ガラス眼球の製作業者に見本として送る。
    元の眼球と網膜や虹彩までそっくりに作られた縮小サイズの眼球は、仕上げの工程でドールの眼にはめ込まれるのだ。

    昔は、眼球だけでなく、内臓も縮小状態が安定しなかったので除去していた。
    親方やツネさんに聞いた話では、内臓の取り出しはメスでお腹を開かないといけないから神経を使った。
    内臓を取り出した後、開腹箇所は人体用接着剤で塞ぐけれど、どうしても痕が残る。
    だから、ドールになって着せる衣装に合わせて、正面や脇、背中などメスを入れる場所を決める。
    腹部の露出が大きな衣装で、どうしても開腹できない場合は、お尻から内臓を掻き出すなんてグロテスクなこともしたらしい。
    今は、内臓まで一気に縮小してしまう加圧式の縮小槽を使うから、そんな作業は不要だ。
    衣装でドールの肌を隠す必要はなくなり、ビキニやヌードのドールが簡単に作れるようになった。

    ドールショップから、横乳のホクロの処置について回答があった。
    やはり、これはドールの価値を上げるから残して欲しいとのこと。
    他に必要な処理は、首筋の剃毛と、膝小僧にあったすり傷の除去だけ。
    手間のかからない素材で助かった。

    「よっしゃ。縮めてあげよう」
    「はい」
    素材を縮小槽に収めた。
    ハンドルを締めて蓋をシールし、スイッチを入れる。
    ポンプが始動して、少女の身体は無水セイロの濃褐色の液体の中に沈んだ。
    槽内は自動的に加圧され、縮小過程のモニタリングシステムがスタートした。
    後はそのまま置いておけば全自動で縮小されるけれど、決して機械任せにはしないのがウチの工房のルールだ。
    縮小中の女体は毎日チェックして、わずかでも異常があればすぐに引き上げて手直しをする。

    5.
    定時後。
    僕はドールの校正と仕上げの訓練。指導は親方。
    胡桃子ちゃんは縮小槽の操作訓練。指導はツネさん。

    僕は工房に入ってもう5年だ。そろそろ見習から卒業しないといけない。
    ここのところ、仕上げ作業を親方に見てもらっている。
    ドールの仕上げは、アンバードールの製作で最も緻密な作業だ。
    この工程の出来がドールの品質と工房の評判を決めるといってよい。

    僕は顕微鏡とマイクロマニュピュレーターを使って、ドールの顔にメイクを施した。
    親方がそれをチェックする。
    素材は、練習用のクローンだ。
    本物の人間の少女を使ったドールはまだ一度も触ったことがない。
    製品の仕上げはいつも親方がやっていて、ツネさんでも滅多に担当させてもらえないくらいだから仕方ないんだけどね。

    「あかん」
    親方がうめいた。
    「お前のドールは綺麗やけど生気がない。マネキンと同じや」
    「すみません」
    「もっと本物の女を観察せぇ。それから直接触って確かめるんや」
    「はい」
    「お前なぁ、抱ける女はおるんか」
    「抱ける女ですか?」
    「そや。女の息遣いと柔らかさが身に染みるまで抱け。もし決まった女がおらんのやったら、商売女でもええから抱け」
    「・・はい」
    「最初は助平な気持ちで構へん。いっぺん突き抜けたら、お前はそこそこ行けるはずや」

    ふぅ。スケベな気持ちか。
    胡桃子ちゃんを抱いた感じを思い出して仕上げたらいいのかな。
    彼女の身体をイメージする。
    揉み心地のいい胸。すべすべした腰。むっちりして柔らかい太もも。
    うん、いいぞ。
    僕は手にしたドールの顔を見た。
    それは、親方の奥さんの若い頃の顔だった。
    実は、工房で使っている練習用クローンのDNAは、親方の奥さんのものなのだ。
    モデルを頼んでクローンを作ると高くつくためである。
    テンションが下がった。
    これが胡桃子ちゃんの顔だったらなぁ。

    6.
    「やっぱり男の人って、ドールを作るときエッチな気持ちになるものですか?」
    胡桃子ちゃんが聞いた。
    「よく分からないんだ。親方はそれでいいって言うんだけど」
    「あたしも、それでいいと思います」
    彼女は裸の胸の前に腕組みをして言う。
    「・・男性のエロのエネルギーってすごく純粋ですごいって思いますし、世の中それで発展してきたと思いますし」
    「面白いことを言うね」
    「そうですか? うふふ」
    二人揃って非番の日で、僕たちはホテルで一つのベッドの中にいた。

    「胡桃子ちゃんはどうなの? ドール職人を目指す理由に、エッチな要素はある?」
    「あります」
    僕の質問に、胡桃子ちゃんは素直に答えてくれた。
    「あたし、セクシーなドールを作りたいんです。ただ綺麗なだけじゃなく、女でないと作れない、男の人を挑発するようなドールを。・・そんな風に考えてる女性の職人さんは多いんですよ」
    「セクシーなドールか」
    「はい。・・ねぇ、周防さん、もっとギラギラした目で女を見てもいいんじゃないですか?」
    「そんな目で見たら、すぐに叱るじゃないか」
    「あれば、ギラギラじゃなくて、むっつりスケベな目をするからですっ」
    「そうなのか」
    「そうです!」

    僕たちは笑って抱き合った。
    そのままベッドに倒れ込んで、もう一度愛し合った。

    「・・本当はまだ内緒なんですけど」
    胡桃子ちゃんが僕の腕の中で言った。
    うっすら汗をかいていて、ピンク色に染まった頬が可愛いかった。
    「練習用のクローン、もうすぐ別のに変わります」
    「あれが変わるの?」
    だって、あのクローンは親方の奥さんが若いときに何十体も作ったって。
    「そろそろ品切れになるそうです。それに、親方さんが古女房のクローンばかりじゃ若い職人に嫌われるからって」
    そうなのか!
    「さてここで問題です。そのクローン、いったい誰のものでしょうか」
    「有名人?」
    「ぶーっ。ヒントその1。あまりお金をかけずに作れる人です」
    「うーん、誰だろう」
    「じゃあヒントその2。周防さんがよく知っている女の子です」
    胡桃子ちゃんはにっこり笑った。
    「まさか、僕の目の前にいて、笑っている女の子?」
    「はい、正解ですっ」

    やった!
    僕は胡桃子ちゃんをぎゅっと抱きしめた。
    胡桃子ちゃんのクローンでアンバードールが作れる!
    「きゃん!」
    胡桃子ちゃんは小さな悲鳴を上げて、僕の胸の中でもがいている。

    この身体。この柔らかさ。
    この目、この頬、この唇!
    僕は胡桃子ちゃんのあらゆる箇所を味わいながら、彼女を抱きしめ続けた。

    7.
    次の日、皆の前で親方が練習用クローンが胡桃子ちゃんのものに変わると発表した。
    胡桃子ちゃんは職人志望で、自分自身がドールになりたい訳ではない。
    けれど、工房のクローンに自分を使って欲しいと申し出てくれていた。
    高1のとき同意書にサインして、DNAを採取しクローンを作成した。
    その最初のクローン体がもうすぐ18才の身体に成長するのだ。

    僕は親方の話を聞きながら、胡桃子ちゃんの顔をちらりと見た。
    僕は胡桃子ちゃんのクローンを触れるから、もちろん嬉しい。
    彼女はどんな気持ちかな? 自分で自分のクローンを加工する気持ちは。
    でも彼女は、今までと変わらずずっとにこにこ笑っているだけだった。

    8.
    あの栗色の髪の少女の縮小と硬化の工程が完了した。
    小さなドールになった彼女は、人間だったときと変わらず綺麗だった。
    僕と胡桃子ちゃんは、親方の仕上げ作業を見学させてもらった。

    親方は顕微鏡を覗きながら、マイクロマニュピュレーターの操作スティックとキーボードを魔法のように操った。
    ドールの肌を磨き、髪を揃える。指の間や股間の狭い空間も丁寧に仕上げて行く。
    最後に小さなガラスの眼球をセットすると、まるで生きているような美少女のドールができあがった。

    「色っぽーい!!」胡桃子ちゃんが叫んだ。
    僕も同じ気持ちだった。
    親方の腕は、本当にすごい。

    このドールのために用意された衣装は、ホルターネックの黒いドレスだった。
    長い髪をアップにしてまとめ、大きく背中を露出させている。
    アピールポイントになると言われた乳房のホクロもちゃんと見えるようになっていた。
    15才の女の子なのに、これだけの色気。

    「こんなセクシーなドール、あたしも早く作りたいです!」
    胡桃子ちゃんが言った。

    黒いドレスのアンバードール

    無事に完成したアンバードールは、透明クリスタルの中に埋められて製品になった。
    納品先のドールショップでも、購入してくれたお客さんも、予想以上の仕上がりに驚いたという。
    お客さんから特別に礼金の話があったようだけど、親方は職人として当たり前の仕事をしただけと、きっぱり断った。

    9.
    10月になって、胡桃子ちゃんの18才の誕生日になった。
    同じ日に、彼女の最初のクローン体が着荷した。
    皆が集まってきた。

    ガラスケースの中に全裸の胡桃子ちゃんが入っていた。
    髪は足の先まで伸びてぼうぼう。
    手足の爪も異様に成長して捩れている。
    でも、それはまさしく胡桃子ちゃんだった。

    この素材は、クローン工場の培養槽から出して、機械洗浄しただけで運んできたものだ。
    クローン体はとても弱い存在で、外の空気に触れるだけで死んでしまう。
    だからこの胡桃子ちゃんのクローンも、もう生きていなかった。
    ごくまれにまだ息のあるクローンが届くこともあって、そんなときはちょっと可哀想だけど頚椎の後ろに針を刺してシメてあげることになる。

    クローン素材をケースから出して西の部屋の作業台に寝かせた。
    僕と春木さん、ツネさんまで飛びついて、あちこち調べ始めた。
    調べながら、横に立つ胡桃子ちゃんの顔をときどき見た。
    「同じですね」僕が言った。
    「そう、面白いな」春木さんが言った。
    「同じで当然なんだけどね」ツネさんが言った。
    皆、ドール職人として興味深々の顔でクローン体を調べていた、

    「あの、皆さん」
    胡桃子ちゃんが恥ずかしそうに言った。
    「覚悟してますけど、さすがに本人の前で、そこは許してもらえませんか」
    僕たちは拡大鏡を使ってクローン体の性器の中を覗こうとしていた。
    親方が、ぶわぁはははっ、と吹き出した。

    僕は、クローン素材の事前仕上げを志願した。
    クローン体は普通の女の子なら必ずやっている身体の手入れをしていないから、髪や爪だけなく、あちこち荒れていて汚いのである。
    肌の色もメラニン色素が十分沈着していないから、普通に生活していた人間と比べて青白い。
    だから、まず本物の人間並みに綺麗にして、体色も整えてから、縮小させる必要があるのだ。
    その調整の作業は、他の人には任せたくなかった。
    これは、胡桃子ちゃんのクローンなんだ。
    絶対に僕がやってあげたかった。

    「なんだ、お前、胡桃子が好きなのか」
    親方が大きな声で言った。
    胡桃子ちゃんは真っ赤になってもじもじしていた。
    皆が笑った。
    僕たちが付き合っていることが、たちまち知れ渡ってしまった。

    続き




    アンバードール第4話(2/2)・ドール工房の恋

    10.
    西の作業室には、俺と胡桃子ちゃん、そしてクローンの胡桃子ちゃんだけがいた。
    僕はまずクローン体の髪と爪を丁寧に切り揃えた。
    髪にスプレーとブラシをかけて括り、爪をワックスで磨いた。
    髪型はもちろん胡桃子ちゃんと同じポニーテール。
    次は身体。

    僕は胡桃子ちゃんに頼んだ。
    「身体を見せてくれる」
    「はいっ」
    胡桃子ちゃんはすぐに服を全部脱いで、クローン体の隣に横たわってくれた。
    彼女も分かっていた。
    僕がクローンの素材をオリジナルとそっくりに仕上げるつもりであることを。

    僕は胡桃子ちゃんの身体を見て、そしてときどき触って確認しながら、クローン体を手入れした。
    荒れた肌を専用オイルでクレンジングし、保湿クリームを塗る。
    ムダ毛も処理して、つるつるにする。

    僕がクローンの両足の膝を持って開くと、胡桃子ちゃんも黙って自分で膝を立てて両足を開いてくれた。
    「ありがとう」
    僕はお礼を言って、クローンと胡桃子ちゃんの股間を観察する。
    クローンの方は、濃い目の体毛がびっしりと肛門の後ろまで茂っていた。
    それを脱毛クリームで除去して。胡桃子ちゃんの量と形に合わせる。

    性器の中も指で開いて確認した。
    当たり前だけど、このクローンはバージンで、胡桃子ちゃんはそうでなかった。
    クローン体の素材を製品に使うとき、処女膜のような機敏な部位はショップや購入者の意向を確認する。
    オリジナルが処女でなくても、クローンに処女を求めるお客は多い。逆にその反対を望むお客も少数ながらいる。
    今、胡桃子ちゃんのクローン体について判断するのは僕自身だ。
    僕の方針は、すべてをオリジナルと同じにすること。

    僕はクーパー(手術用ハサミ)を使い、その場所を胡桃子ちゃんと同じになるよう丁寧に切除した。
    そして全体をオイルを含ませた脱脂綿で拭いたら、胡桃子ちゃんのそこよりもずっと薄いピンク色になった。
    ここは、後で色素をのせて調整しよう。

    「くちゅんっ!」
    胡桃子ちゃんがしゃみをした。
    「あ、ごめん!」
    僕は慌てて毛布を彼女にかけた。
    クローンの仕上げに夢中で、胡桃子ちゃんが全裸でいてくれたことをすっかり忘れていたのだ。

    「しばらく休もうか」
    「大丈夫です。周防さんが続けられるなら、続けて下さい」
    「でも」
    「あたし、周防さんのお手伝いをしたいんです」
    胡桃子ちゃんはじっと僕を見て言った。
    「・・ありがとう」
    僕は彼女の頬を両手で押さえてキスをして、それからまたクローン体に向き合った。

    性器の処理が済んだら、次は青白い体色を調整する。
    肌の色を濃くするといっても、紫外線ライトで日焼けさせるようなことはできない。
    クローンは生きていないから、そんなことをしたら皮膚がただれるだけだ。
    だからここは、専用の顔料をエアブラシで吹いて、胡桃子ちゃんの肌と色味を合わせるのである。
    僕はマスクをして、隣で横たわっている胡桃子ちゃんにもマスクをつけてあげて、ブラシのノズルを握った。

    11.
    本物の胡桃子ちゃんと、瓜二つの胡桃子ちゃんができあがった。
    18才になったばかりの胡桃子ちゃんと、18才の身体に作られたクローンの胡桃子ちゃん。
    胡桃子ちゃんは、服を着てから、自分の分身をじっと見つめた。

    「すごく不思議ですね」
    「そうだろうね。自分とそっくりな女の子がもう一人いるんだから」
    「いいえ。そういう意味じゃないんです」
    「?」
    「不思議なのは、周防さんがこの子をあたしと同じにしてくれたことです。あたしの恥ずかしい場所も、何もかも」
    「え」
    「ものすごく不思議で、それから、ものすごく嬉しいです」
    「・・そうか」
    「約束して下さいね。この子を素敵なドールにしてあげること」
    「うん。約束する」

    12.
    もうすっかり暗くなっていた。
    工房の中は誰もいなかった。みんな先に帰ったらしい。
    僕と胡桃子ちゃんも帰ることにした。
    一旦別れて帰って、それから僕の部屋に胡桃子ちゃんを呼んで誕生パーティをすることになっていた。

    「じゃ、また後で!」
    二人は工房の前で別れた。
    僕は胡桃子ちゃんの姿が見えなくなるまで手を振って、それからスクーターに乗って帰った。

    13.
    その夜、胡桃子ちゃんは僕の部屋に来なかった。
    彼女のスマホにコールしても、圏外の応答が返るばかりだった。
    心配していると、深夜になって親方から連絡があった。
    胡桃子ちゃんは自宅の近くで轢き逃げにあったという。
    暗がりに倒れているところを発見されたのだ。

    急いでスクーターで病院に行くと、彼女はもうこの世の人ではなくなっていた。
    頭を強打したのが致命傷だった。
    突然の出来事に僕は何も言えなかった、

    胡桃子ちゃんの家族、工房の人たちも集まっていたけれど、やがて僕らを二人きりにして部屋から出て行ってくれた。
    その気遣いに感謝しつつ、僕は黙ったままだった。
    これからどうしたらいいんだろう。
    胡桃子ちゃんがいなくなった工房で、僕は何をすればいいのか。

    14.
    気がつくと、僕は冷たくなった胡桃子ちゃんの手を握って眠っていた。
    時計を見ると明け方が近い時間になっていた。

    ふう・・。
    ため息をつく。
    その瞬間、頭の中に閃くものがあった。

    僕は廊下に出て左右を見回した。誰もいなかった。
    外に抜け出して、スクーターで工房に行った。
    冷蔵室のガラスケースを運び出し、工房のトラックに載せた。

    病室に戻ると、背負っていた裸の女の子にベッドで寝ていた女の子の服を着せた。
    そして二人を入れ替え、服を脱がせた女の子を背負って、再び病室を出た。
    どちらの女の子も胡桃子ちゃんだった。

    まったく奇跡的なことだけど、僕は病院で死んだ胡桃子ちゃんとクローンの胡桃子ちゃんを誰にも出会わずに交換することができた。

    15.
    1年後。
    僕は見習職人を卒業して、一人前のドール職人になっていた。
    一人前といっても、一番下っ端であることに変わりはない。
    親方は相変わらずドールの仕上げを誰にも任せずにやっていたし、ツネさんと春木さんもそれぞれ自分の仕事をやっていた。

    卒業試験で、僕はアンバードールを作った。
    事前加工、縮小、校正、硬化、仕上げ、そしてクリスタルのモールディングまで全部の工程を一人でやった。
    仕上げのとき、親方は僕に「お前、エロいぞ」と言ってくれた。
    きっと、褒めてくれたんだろう。

    そのときに作ったドールは、今、僕の部屋に飾られている。
    それは胡桃子ちゃんの姿をしていた。
    クローンではなく本物の胡桃子ちゃんを使ったアンバードールだ。

    クローンでないことは、僕だけが知る事実だ。
    あの夜、入れ替えたクローンはお葬式の後で火葬されてしまったし、僕が作ったドールが本物かクローンか調べる手段は何もない。
    DNA証明書も作っていないし、仮にDNAを調べたところで当然本物とクローンが識別できる訳もない。

    胡桃子ちゃんは、透明クリスタルのキューブの中で、髪型だけは生きていたときと同じポニーテール。
    でも衣装はビキニのブラとデニムのローライズショートパンツだ。
    揉み心地のいい胸。すべすべした腰。むっちりして柔らかい太もも。
    僕が思う胡桃子ちゃんの魅力を強調する衣装だ。
    綺麗なだけでない、男を挑発するような、セクシーな姿で、ポーズをとって笑っている。
    生前の胡桃子ちゃんはいつもジーンズとTシャツの地味な格好だったけど、きっとこの方が彼女の気持ちに適っていると僕は信じている。

    工房の方は、仕事の評判がよくてドールの発注が続いているから、嬉しい悲鳴だ。
    今度、新しい見習職人が入るようだ。可愛い女の子だったらいいなと思う。
    おっと、またむっつりスケベをすると胡桃子ちゃんに叱られる。
    いつか一人立ちして自分で工房を持つまでは、彼女の機嫌を損ねないで真面目に頑張ろうと思う。



    ~登場人物紹介~
    周防勉 (すおうつとむ): 23才。ドール工房の見習職人。
    本郷胡桃子 (ほんごうくるみこ): 18才。見習職人。親方の姪で、周防の恋人。
    鶴田興利 (つるたおきとし): 53才。親方。鶴田ドール工房の主人。
    東恒夫 (あずまつねお): 47才。ベテランのドール職人。通称ツネさん。
    春木宗太 (はるきそうた): 35才。ドール職人。

    アンバードールのお話もいよいよ本命のドール工房の登場です。
    ドール工房には、量産志向の大手工房と、職人気質の小規模工房とがあります。
    日本は小規模工房の比率が高く、それぞれ独自の仕上げで勝負していて諸外国から高い評価を受けています。
    本話の主人公とヒロインはそんな工房で働く見習いの職人としました。

    本シリーズにはクローン体の製造工場も登場します。
    労働集約型のドール工房に対し、クローン工場はほぼ機械化されています。
    クローン体はアンバードールだけのために作られる訳ではなく、医療・医薬用、研究用、または人体の一部を原料とする工業資材の生産などが主目的です。
    食肉用にクローンを作ることは、日本では法律で禁止されていますが、禁止されていない国もあるようです。
    (この辺はアンバードールとは関係ないですね。また書き過ぎてしまいました^^)

    アンバードールの作り方は例によってすべてファンタジーです。
    無水セイロって何ですか? とか真面目に質問しないで下さいねー。

    さて、製造方法まで登場したので、アンバードールの設定 を公開しようと思います。
    主に、この世界における、アンバードールの歴史です。
    こちらも作者の趣味に走った突っ込みどころ満載ですが、細かい設定をたくさん盛り込みましたので、お好きな人だけお楽しみ下さい。

    ありがとうございました。




    アンバードール第3話・女優のドール

    1.
    [配信記事]
    女優・霧島芽衣(20)が、自分自身のクローンで作ったアンバードールを発表した。
    14・17・19才の姿を完全再現。DNA証明書付。
    富裕層のファン向けに販売し、既に問い合わせが殺到しているという。

    昨年、映画 『Blue』 で大胆な姿を見せ、日本映像アカデミー賞主演女優賞に選ばれた霧島芽衣は、今、最もセクシーでノっている女優と言われる。
    近年アンバードール人気の高まりと共に、女性有名人のクローンと称する非適法のアンバードールが数多く出回っているが、人気女優が公式にDNA証明書のついたドールを発表するのは初めてのことである。
    今後、他の女優や歌手による同様なビジネスが広まるかどうか注目される。


    2.
    アンバードール発表会見の席。
    ライトを浴びながら、目の前に並んだドールたちに目をやる。
    きらきら輝くクリスタルのキューブの中に浮かぶ身長30センチほどの女の子たち。

    一番小さな子は、可愛らしいビキニの水着。
    これは14才のとき、初めて出した写真集で着ていた水着だ。
    隣の子は、超ミニスカートの制服姿。
    これは17才のときドラマで女子高生役をしたときの衣装。
    そして大きな子は、おへその出たTシャツとショートパンツ。
    これは、去年19才で主演した映画の衣装だ。

    どれも私にそっくり。いいえ。私自身だった。
    3体のドールたち。それぞれの私の時代。

    「霧島さん。笑って下さい!」
    おっと、いけない。
    私は最高に妖艶な笑みを作ってカメラの方を見た。
    シャッター音が一斉に響いた。

    3.
    「芽衣ちゃんの身体、アンバードールに使わせてくれない?」
    「アンバードールですか? 別に構いませんけど」
    「うふ。ありがと!」

    吉本さんに言われたのは18才になったばかりのときだった。
    私が所属する芸能事務所の女社長。
    中学2年生で『国民的萌えっ子コンテスト』の第4位になったとき、芸能界入りを誘われた。
    それから私は言われる通りにして頑張ってきた。吉本さんは私をここまで育ててくれた恩人だ。
    だから、いまさら吉本さんの指示することに逆らうつもりはなかった。

    もちろんアンバードールが何かくらい私だって知っている。
    本物のアンバードールを先輩の女優さんの自宅で見せてもらったことがあるのだ。
    金髪で真っ白なドレスを着た美少女で、まるで生きているみたいに綺麗だった。
    1億円もすると言われて驚いたのを思い出す。
    本当の人間の女の子を小さく縮めて作ったものだから、高価なのは当然なんだけど。

    ・・そのアンバードールに私がなるのか。
    どんな衣装を着るのかしら。
    やっぱりセクシーな露出多めの衣装かな、
    私は自分の身体が好きだった。特に自信があるのは胸と足だ。
    吉本さんも分かってくれていて、テレビやインタビューなどではいつも胸と足を強調した衣装をあつらえてくれている。

    水着もアリね。
    私は写真集を3冊出していた。
    どれも発売してすぐに売り切れになり、ネットオークションで高価で売買されていると聞いている。
    私はドールになった自分の姿を想像した。
    透明なクリスタルの中で、セクシーなポーズをとっている私。
    いいんじゃない? 結構。

    そこまで妄想してから気がついた。
    アンバードールになったら、私、生きてられないじゃない。

    4.
    吉本さんは私の質問を聞いて笑った。
    「うふふ。アンバードールが何億円で売れたとしても、芽衣ちゃんがいなくなったら大損害だわ」
    それから真顔で言った。
    「アンバードールになるのはね、芽衣ちゃんのクローンよ」

    それから私は『アンバードール同意書』にサインをし、健康診断を受けた。
    合格と診断されると、すぐにその場で採血された。
    血液の中に含まれる体細胞成分を使ってクローン体を作るとのことだった。
    クローンのドナーって、どんな目にあうのかと思っていたから、あんまり簡単で拍子抜けだった。
    お医者様に聞いたところでは、昔は女性の乳腺の体細胞を使っていたから、女性のクローンしか作れなかったそうだ。
    今は血液から作る技術ができたので男性のクローンもできる。
    でも女性のクローンを作るのと比べたら成功率は格段に低いらしい。

    採取された体細胞は、細胞核を取り出し、その核をボランティアの女性から取り出した未受精卵に移植する。
    それを人工子宮で培養して赤ちゃんが生まれたら、次は促成ホルモンを投与して大人の身体に成長させる。
    それでもアンバードールに使えるまで育つのには約2年。
    ふう・・。ずいぶん長くかかる企画ね。

    5.
    20才の誕生日を迎えたとき、私はテレビや映画の人気者になっていた。
    初めての主演映画は大ヒットして、立派な賞をもらうことができた。
    今は、テレビのレギュラーが週に4本。来年からのドラマの撮影。そしてその合間にグラビアやコマーシャルなどのお仕事。
    ちょっとお色気系のお仕事が多いのが玉にキズだけど、それも悪い気分ではなかった。
    私の身体を見て、皆が喜んでくれている。
    そう思うと、どんなお仕事も楽しくて苦にはならなかった。

    もうすぐクローンができあがると聞いて、私は吉本さんと一緒にクローン工場を見学した。
    ずらりと並ぶ箱型のタンク。まるで棺桶が並んでいるみたいだった。
    それぞれの上面はガラスの蓋になっていて、その中に薄緑色の液体が見える。
    液体の底に裸の女の子が眠っていた。
    長く伸びたぼうぼうの髪。ぶよんと膨らんだ皮膚。
    あんまり可愛くなかった。
    でも、それは私だった。
    髪をカットして、肌も乾かして綺麗に整えたら、私になる。
    あの子も、この子も、私だ。
    身動きもせずに眠り続けているのは、すべて私だった。

    私そっくりの女の子は6人いて、それぞれ2人ずつ大きさが違った。
    ホルモンの成長レベルを調整して14才と17才、19才に育てられているのだった。

    私は手前のタンクの蓋をノックして挨拶した。
    「おはようございますーっ」
    反応がないので、隣のタンクの子にも挨拶する。
    「もしもしっ、・・もしもし?」

    「駄目よ。そんなことをしても起きないわ」吉本さんが言った。
    「このクローンに知性はないもの」
    「知性がない? こんなに大きく育っているのに?」
    「促成培養だからね。免疫もないから外気に触れるだけで死んでしまうんだって」
    「そんな、どう見ても普通の人間なのに」
    「外観だけの人間モドキよ。DNAは芽衣ちゃんだけどね」
    「じゃあ、この子たちは、どうなるんですか?」
    「ホルモンを止めれば成長も止まるわ。後は活きのいいうちに小っちゃくして、アンバードールに使う」

    一瞬、可哀想、と思ったけど、すぐに考え直した。
    私たちと同じ価値観はこの子たちには無意味かもしれない。
    安らかに眠り続けて、その後、永遠に美しいドールになれる。
    ちょっと羨ましいかも、とすら思った。

    6.
    [配信記事]
    女優・霧島芽衣(20)が所属する恋々エイジェンシーは、霧島芽衣のアンバードール3体を完売したと発表した。
    販売価格は非公表だが、1体あたりおよそ8千万円から1億円で販売されたと推測される。
    なお、恋々エイジェンシーでは霧島芽衣のクローン体をさらに保有しているので、引き続きアンバードールの販売を受け付けるとのこと。


    7.
    私のクローンはあと3体が工場のタンクの中に残っている。
    その3体もアンバードールに加工することが決まった。
    最初のドールは個人のお客様が即金で買ってくれたから、まだまだ売れると吉本さんは強気だ。
    本来、クローン品のアンバードールは、本物の女の子を使った正品のドールと比べたら半分以下の値段になるそうだ。
    それが正品と変わらない値段で売れるのは、霧島芽衣のブランド力、ということらしい。
    「いいこと? スキャンダルだけは気をつけてね。もし今、芽衣ちゃんの価値が下がったら、ウチは大損害だからね」
    「それは大丈夫です」
    自分の価値が認められるのは嬉しかった。

    8.
    第2弾のアンバードールが出来上がった。
    吉本さんは、撮影中だったドラマのロケ現場までわざわざ訪ねてきて、ドールを見せてくれた。

    「きゃ、すごい!」私は自分自身のドールを見て驚いた。
    最初に販売したものより、ずっと露出がアップしていた。
    14才のドールは、ビキニの下だけを着けて胸を両手で隠していた。
    17才のドールは、制服がぼろぼろに破れて、胸と腰がかろうじて隠れているだけだった。
    そして19才のドールは、何も着ていなかった。両手を腰に当てて自慢のバストとヘアを誇示していた。

    「こんなの、売ってもいいんですか?」
    「うふふ。"表" では売らないわ。ちゃんとアテはあるのよ」
    吉本さんが笑った。
    今度のアンバードールは前とは違って、"つて" を通じた非公開の販売にするのだと言われた。
    どうやら政治家とか会社の経営者とかに売り込むつもりらしい。

    「値段は最初のドールの倍以上にするわ」
    「ば、倍って、2億円!?」
    「それ以上よ」
    「え~っ!!」
    もう想像を超えた金額だった。
    そんなお金を払ってくれる人がいるのか。
    私は目を回しながらドールたちを見た。
    ・・あなた達、すごいお客さんのところへ行くのね。

    そのときだった。
    一番手前の19才の私がこちらを見たような気がした。
    その隣で17才の私が私に向かって微笑んだ。
    そして一番奥の14才の私にいたっては、はっきりウインクをしたのだ。

    !!
    ・・生きてる?
    私はもう一度ドールたちを見た。
    彼女たちは、微動だにしないでクリスタルの中でポーズをとったままだった。

    そうよね、まさか動けるはずはないよね。
    「動くことはできないけど、気持ちを伝えることはできるわよ」
    え?
    「そう。私たちの気持ちは、あなたの気持ちなのだから」
    「言っとくけど、こんな格好でいるの、すごく恥ずかしいんだからね」
    それは一斉に伝わってきた。
    あぁ、みんな、私なんだ。
    私自身なんだ。

    吉岡さんは、どうやってアンバードールを売るかまだずっと喋り続けていた。
    私はそのお喋りを止めさせて、お願いした。
    この子たちを一晩、ホテルの私の部屋に貸して欲しいと。

    9.
    その夜はにぎやかだった。
    私は、部屋にやってきた3体のドールたちとお喋りをした。

    ・・14才の私。
    あれは、最初の写真集の撮影だった。
    こんな水着があるのかと驚いた極小のマイクロビキニに恥ずかしがる暇もなかった。
    要領も何も分からないうちに撮影は進み、私は求められるままに次々と大胆なポーズをとった。
    そうしてやがて、上半身裸のセミヌードになるように言われた。
    今もその瞬間をはっきり覚えている。
    撮影ディレクター、カメラ、撮影助手、メイク、スタイリストさん、その他たくさんのスタッフに囲まれて、恐るおそるブラを外した瞬間。

    「でも、イヤじゃなかったでしょ?」
    クリスタルの中から14才の私が言った。
    そうだ。私はそのとき最高に恥ずかしかったけれど、最高に興奮したのだ。
    皆が私を見ている。私のあらゆる部分を見ている。
    私はその瞬間から、モデルをするのが大好きになった。

    アンバードールはまさにその瞬間を再現していた。
    まだ成熟していない肉体。
    やや内股になって立ち尽くし、両手で胸を押さえたポーズ。頬は赤く染まっていて、どうしたらいいのか困りきった表情。
    初々しい美少女だった。
    この時間に戻って、もう一度同じ思いを味わいたいと思った。

    ・・17才の私。
    テレビドラマで、レイプされる女子高生を演じた。
    意志が強くて頑張りやさんで、そしてみじめな運命に堕ちる女の子の役だった。
    レイプのシーンで、私は全力で抵抗し、押さえつけられて、奪われた。
    私も相手の男優さんも、キズだらけになって頑張った撮影だった。

    「みじめな役って、気合が入ったよね」
    17才の私が言った。
    その通りだった。私は、堕ちて行く女の子の気持ちに興味があった。
    そんな女の子を体当たりで演じた。

    私はぼろぼろの制服をまとったアンバードールを見た
    きっとした表情でこちらをにらみつけている。
    膨らんだ胸。まだ小さなお尻と細い足。
    大人になりきっていない青い身体がまぶしかった。
    それはまさに17才の私だった。

    ・・19才の私。
    去年の主演映画だ。私は勝気な娼婦になった。
    物語のクライマックスで恋人を睨みつけるシーン。
    台本では下着姿だったけれど、何も着ない方が自然だと思った。
    私は自分から監督に申し入れて全裸に変えてもらった。
    それは私の初めてのヘアヌードのシーンだった。

    19才のアンバードールは、そのときの姿を再現していた。
    何もかもさらけ出して、自信に溢れた姿。
    くびれたウエスト、その下に綺麗な曲線を描くヒップと太もも。
    「うふふ。綺麗でしょ?」

    彼女に言われるまでもなかった。
    惚れ惚れするくらいに、いい女だと思った。
    私は、自分の映画でこのシーンが一番好きだ。

    10.
    吉本さんの自信とは裏腹に、アンバードールの買い手はなかなか決まらなかった。
    ドールたちはずっと事務所の金庫に保管されていた。
    私はそれをよいことに、何度も彼女たちを借りて自分の部屋でお喋りをした。

    あのクローン工場でタンクの中に眠っていた彼女たち。
    その彼女たちに意識が芽生えたのは、私が「おはようごさいます」と声をかけたときだと、彼女たちは教えてくれた。
    自分たちが女優・霧島芽衣の血液細胞からコピーされたクローンであることが分かった。
    そしてまもなく、命を奪われ、縮小されてアンバードールになることも理解したのだという。

    「不満なんてないわ。だって永遠に綺麗なアンバードールになれるんだもの」
    「心配しないでね。あなたが歳をとっても、私たちはずっとこのままよ」
    「あなたの輝いた瞬間をずっと保ってあげるわ」

    はっとした。
    そうだった。彼女たちは、自分にはない美しさを維持しているのだ。
    二度と取り戻せない、輝いた瞬間の美しさを。
    そして、私がこれから失って行く美しさを。

    私は吉本さんに少し仕事を減らしたいとお願いした。
    自分を鍛えるのだ。
    歳をとって失われる美しさを、少しでも維持するのだ。

    私は生活を改めた。
    食事に気を遣い、フィットネスで身体を鍛えた。エステに通う回数も増やした。
    個人レッスンで、演技の勉強もやり直した。
    お仕事でも、肌や髪に悪いことはできるだけ避けるようになった。
    ちょっと神経質ではと言う人もいたけれども、私は気にしなかった。
    女優が自分の美しさに気を遣うのは、当たり前のことでしょ?

    11.
    私は22才になっていた。
    お仕事はあまり順調ではなかった。
    グラビアのお仕事はなくなって、コマーシャルやドラマも減っていた。
    このところドラマや映画の世界では、ジュニア雑誌の読者モデル出身の15才の子が話題を集めていた。

    事務所の金庫には相変わらずアンバードールが置かれたままだったから、私は彼女達を定期的に借りていた。
    日々の出来事やお仕事の内容について、とりとめもなくお喋りするのである。
    知らない人が見たら、驚くだろう。
    女優・霧島芽衣が誰もいない部屋で一人アンバードールに向って話しているのだから。

    その夜も私は自分の部屋でドールたちと一緒にいた。
    美肌効果があると言われるオリーブオイルを肌に塗りながら、その日のドラマ撮影の様子を離していた。
    今日は話題の15才の子と初めて一緒になったのだった。
    「・・その子ったら、挨拶もちゃんとできないのよ。若いから甘やかされているんでしょうね」
    私はぶつぶつ文句を言う。
    「それに、初めての現場へあんな格好で来るんだから」
    「どんな格好?」17才の私が聞いた。
    「普通に立ってるだけで下着が見えそうなミニスカートに生足よ。それで男の人の眼を引こうとするなんて、いくら若いからって、あざといわよね」

    くすくす。
    ドールたちが笑った。
    「どうしたのよ?」
    「私達を見て」
    私は彼女たちを見た。
    そこには、ビキニの下だけで手ブラの私、胸と腰だけを隠すぼろぼろの制服を着た私、そして何も着けないヘアヌードの私がいた。
    どれも、私が本当になった格好なのだった。

    私が黙り込むと、14才の私が言った。
    「ねぇ、無理してないで、一度お仕事休んだら?」
    「え?」
    「前にも言ったでしょ? あなたの若さと美しさは私たちが守るから、あなたは歳相応にできることをすればいいのよ」
    19才の私が言った。
    「そうよ。後から来る子は絶対にあなたより若くて綺麗なんだから」
    17才の私が言った。
    「な、」
    私は激高した。
    「何を言うのっ。無理なんかしてないわよ。私はまだまだ若いわっ。こんなに綺麗だし、演技だって負けないわ!」
    「言いたくないけどね」19才の私が言った。
    「確かに霧島芽衣は22才の女性としては綺麗よ。でもよく鏡を見なさい。目じりのしわ、肌のハリ、15才の女の子に勝てるって本当に思ってる?」

    私はその場に立ち上がった。
    「い、いくら、私だって、私に向かって言ってはいけないことがあるわ!!」
    頭に血が上って、何をしようとしているのか分からなかった。
    「あんたたちなんてキライ!」
    オリーブオイルの瓶を投げつけた。
    それは17才の私のクリスタルに当たって、クリスタルは床に落ちた。
    「キライ!」
    私はマグカップや雑誌、お化粧の道具など、次々投げつけた。
    床に落ちたクリスタルを拾い、両手で頭の上にかかげると、鏡台に向かって思い切り投げた。
    「キライ! キライ!!」
    鏡が割れ、椅子が倒れる。
    もう一度クリスタルを拾い上げ、そこに傷ひとつついていないことを見ると、私はその場に座り込んで泣き出した。
    まるで赤ん坊のように泣きながら、手の届くものを何でもかんでも拾っては周囲に投げ続けた。

    12.
    [配信記事]
    女優・霧島芽衣(22)が所属する恋々エイジェンシーは、霧島芽衣が自分探しのため芸能活動を休養すると発表した。
    休養の期間は未定。
    なお、記者が恋々エイジェンシーの代表取締役社長・吉本染子氏に対し、かつて追加販売を発表した霧島芽衣のアンバードールの状況を問い合わせたところ、現在は販売を中止しているとの回答を得た。
    ,


    13.
    [配信記事]
    大手芸能事務所・ハイキックスは、ジュニア雑誌読者モデル出身で同社所属の女優・みずき環那(15)のアンバードールを販売すると発表した。
    従来の倍速にあたる約1年で女性のクローンを促成できる新技術を採用。
    法律で認められる14才~19才の全年齢のクローン体をすでに準備したという。※
    もちろんすべてのアンバードールにはDNA証明が添付され、みずき環那本人であることが保証される。

    有名女優の公式アンバードールは、先日休養を発表した霧島芽衣(22)の事例があるだけだ。
    今回は若い15才のみずき環那を素材とし、しかも本人よりも年齢の高い、いわば未来のみずき環那までアンバードールにして販売しようとする意欲的なプランだ。
    芸能人女性のアンバードールが富裕層向けのビジネスとして定着できるかどうか、大注目である。

    ※ クローンの女性はオリジナルの女性とDNAが一致しますが、オリジナルよりも高年齢である場合、その外見はオリジナルの女性が当該年齢に成長したときの姿と一致する訳ではありません。
    この点は販売元のハイキックスからも告知されていますので、ご注意下さい。




    ~登場人物紹介~

    霧島芽衣(めい): 自分のクローン体をアンバードールにする女優。
    吉本染子 : 霧島芽衣の所属事務所の女社長。
    みずき環那(かんな): 名前だけの登場。ライバルの芸能事務所からデビューした若手女優。

    とうとう、前回更新から1ヶ月以内をオーバーしました。
    挿絵も間に合わないので省略させていただきます。
    申し訳ありません。

    さて、アンバードールの第3話は、第1話で少しだけ話題にしたクローンの女性を材料にするお話です。
    実はもっと高齢の大女優が自分の若い頃を再現するためにアンバードールを製作する、という構想もあったのですが、結局は書き易い20才過ぎくらいの女優さんになりました。

    クローンを扱うときに、よく題材にされるのはクローンの人権かもしれません。
    人間と変わらないのに虐げられる、などですね。
    このシリーズではその点は割り切り、アンバードール用のクローン体は、体組織がヒトと同じだけで、あとは何もできない明らかに人間でない存在としました。
    この設定なら倫理観に悩むことはないので、食用のクローン少女なんてのもあって不思議ではありません。(しませんよーww)
    作者としては、ドナーとなったオリジナル少女の気持ちの方に興味があり、できればあと1回くらいはクローンのお話を書きたいと思っています。

    クローンの製造はまったく適当です。
    棺桶のようなタンクの中で眠り続けて運動もできないのに、どうして筋肉がつくのか等、私自身にも不思議です。
    (医学的/科学的な突っ込みはご勘弁ヨロシク!)

    さて、次の更新はいよいよKSの最終回です。
    昨今の状況から1ヶ月以内の更新すら自信ありませんが、既にある程度執筆しておりますので必ず掲載します。
    お待ち下さい。

    ありがとうございました。




    アンバードール第2話・ショップ『乙女椿』の宝物

    1.
    「社長、予約なしのお客様です」内線電話で受付の浦乃ちゃんから連絡があった。
    「すぐ行くわ。初めての方?」
    「初めてです。『乙女椿』には」
    ああ、BLのお客か。
    BLとは、ベーコン&レタスでもボーイズ・ラブでもない。ブラックリストだ。
    どんな業界にも存在する注意人物のリストである。
    アンバードール専門店にやってくるのは品のいいお金持ちだけとは限らない。
    投機・転売目的のブローカー。
    DNA証明書のない怪しいドールや盗品を売り込みにくる人。
    あることないこと文句をつけて安くさせようとするクレーマー。
    断りなくドールの写真を撮ってネットに公開するマニアの人達。
    だから私のお店でも他のショップと同様、必ずお客様の信用情報をチェックしてからお話を聞くようにしている。

    2.
    応接室に行くと、女性のお客様がガラス棚に飾ったアンバードールを見ていた。
    地味なワンピースを着ていて、ちょっと疲れた感じのする人だった。

    「それは、100年以上昔のアンティークなんですよ」

    声をかけると女性はこちらを向いて会釈した。笑えばそれなりの美人ね。
    「あ、どうぞそのままご覧になっていて下さい」
    私は女性の横に立って一緒にドールを見る。
    「シュリンク技法が発明されて間もない頃、イギリスで製作された品です。使われているのもイギリス人の女の子ですね」
    「すごいですね。本当にお人形みたいに可愛い」

    その女の子は薄い黄褐色の筐体の中に浮かんでいた。
    パフスリーブのエプロンドレスを着た、金髪の美少女。
    まだクリスタルガラスに封印する技術のなかった時代、本物の琥珀の中に固めたアンバードールである。

    「私達はこの子をアリスと呼んでます。ほら、どことなく不思議の国のアリスみたいでしょう?」
    「本当だ♥」
    「さて、このアリス、いくつだと思いますか?」
    「そうですね。ずいぶん幼く見えますけど・・、10才くらい?」
    「8才です」

    女性は少し驚いた顔をした。

    「ルイス・キャロルが描いたお話のアリスは7才だったそうですから、この子は少しだけお姉さんですね」
    「8才の子がドールになったんですか」
    「現代の日本の法律では14才から19才が献体できる範囲ですね。でも、この頃そんな決まりはありませんでした」
    「・・」
    「実際のところ、この子が自分で認めてドールになったのかどうかすら、分かっていません」
    「え」
    「この時代、ドールになった女性の多くは、本人の意志とは無関係に、ただ美しいからという理由で選ばれたと言われています。中には、製作者が自分の好みの美少女を誘拐して使った例もあるとか」
    「ひどいこと」
    「年代もののアンバードールはとても貴重で、その価値はそういった背景とは別のものです。でも評価が高い作品ほど、そんな女性が使われているのも事実なんです。私は、同じ女性として彼女たちのことを忘れずに、受け継がれたアンバードールを守っていきたいと思います」

    はぁ~・・。
    その人は両手を胸に当てると、目を閉じて大きく深呼吸した。
    私はアリスを紹介するとき、必ずこの話をする。
    相手の反応でその人を知ることができると思うからだ。
    「本当にそうですね。何だか胸がいっぱいになりました」
    女性はそう言って微笑んだ。
    ・・貴女は優しい人ね。

    「さあ、こちらにお掛け下さい。ショップ『乙女椿』へようこそ。私は社長の椿瑠衣子(つばきるいこ)と申します」
    「あ、関口といいます」
    お客様をソファに座らせた。
    私はテーブルを挟んで向かい側に座りながら、浦乃ちゃんが回してくれた資料に目を通す。
    『関口保奈美さん、事務員、19才、献体希望、2店で拒否』
    ・・19才?
    このお客様は19には見えなかった。どう控えめに見ても24~5だろう。

    「本日はアンバードールをお求めでしょうか?」
    「いいえ。あの、こちらでは献体を受け付けてもらえるでしょうか」
    「はい、承りますわよ。どのようなお嬢様でしょう?」
    「あの・・」
    彼女は少し言いよどんでから、意を決したように続けた。
    「実は、わたしなんです」
    「失礼ですが、関口様のご年齢は」
    「19です。外見は大人びていると言われますけど、本当なんです」
    「そうでございますか。ご本人がどうしてこのようなお申し出を?」
    「はい。末期の膵臓ガンで余命半年と言われました」
    「それはお気の毒に」
    「薬で延命もできるそうですが、お金が掛かりますし、髪の毛が抜けると聞きまして」
    「無理な抗ガン剤治療はせずに、綺麗なままドールに、ということですか」
    「はい。わたし、人に自慢できるとしたら、この髪くらいしかありませんから」

    病気の話は本当だろうと思った。
    それに、この人の髪は確かに綺麗だった。
    ツヤがあって量も多い。今は後ろで括っているけれど、伸ばせば腰の近くまであるだろう。
    黒髪の日本人女性を使ったアンバードールは海外でも根強い人気がある。
    もしこの人がドールになれば、この髪はいい値付けの理由になるだろう。
    ドールになれれば、だけど。

    「ドールに献体いただくためには、同意書と健康診断が必要ですが・・」
    「知ってます。以前書いたものを持ってきました。診断書もあります」
    「拝見できますか?」

    彼女が取り出した診断書はコピーだった。
    年月日の『年』の欄が怪しい。明らかに修正されている。
    「原本をお持ち下さいますか。こちらで登録内容を確認しますので」
    「・・原本は、ちょっと見つからなくて」
    「では、もう一度診断を受けて下さい。ご病気が献体に支障ないかどうかも分かりますし」
    「とりあえず、もう一回原本を探してきます」
    「わかりました。見つかりましたら、またご来店下さい」

    3.
    それからこの人がお店に来ることはなかった。
    他のショップに行ったのか、それとも献体を諦めたのか。
    法の下では、19才を越えた女性は事情によらずドールになることは認められない。
    だから、まっとうなアンバードール専門店なら法定年齢を過ぎた女性を使うことは決してない。

    そもそもドールへの献体が19才以下の女性に制限されているのは、アンバードールの価値と希少性を維持するためである。
    若い女体の方が加工が容易という一般的な傾向はあるものの、19才以下でなければならない医学的・技術的な理由はない。
    つまりあの関口さんだって、ちゃんと加工してあげればアンバードールになれるのだ。
    アンダーグランド、いわゆる裏社会なら、そういうことを引き受ける業者もいる。
    でも私は、そこまでしてまで彼女を手引きしてあげるつもりはなかった。
    法を犯して、よいことは絶対にない。それがビジネスパーソンとしての私の見解だ。
    事情は気の毒だし、あの黒髪も惜しいとは思ったけれども。

    4.
    2週間前にドールを納めたばかりのお客様からクレームが入った。
    身体に傷があるという。
    急いでご自宅を訪問する。

    「これですわ。ヘソの下辺り、よう見てくれますか」
    私は鞄から虫眼鏡を出して、クリスタルガラスの中を調べる。
    それはマイクロビキニの下だけをつけたグラマラスなドールだった。
    こぼれそうな胸を片腕で隠し、反対の手で髪をかき上げる扇情的なポーズ。
    最近人気を集めているセクシータイプのドールである。

    お客様が指摘したのは、盲腸手術の痕だった。
    よく観察しないと分からない程度だが、アンバードールでは許されることでない。
    どうしてこんな品物が納められたのか。
    通常、素材の女体は加工前に検査を受ける。
    それは、身体のあらゆる表面、髪の中、耳、鼻、口はもちろん、肛門や性器の奥まで調べる徹底的なものだ。
    もし傷などがあれば、縮小工程の前に修復される。
    その作業が漏れて、完成品検査でも見過ごした以上、これは明らかにこちらのミスだ。

    「申し訳ございません。修正が可能かどうか、工房の方に確認してまいります」
    「頼みますで。・・正直、ボク自身はそれほど気にならん、ちゅうか、むしろこれくらい生々しい方が色っぽいと思うんやけど、家内がねぇ」
    「ご立腹なんですね」
    「このドールはエロすぎる、ちゅうてウケがよろしくないんですわ。その上、傷があると分かったら、叩き返せ、言うて」
    「奥様は違うドールをご希望でしたか?」
    「アレは和風の日本人形みたいなんがよかった言(ゆ)うとります。そやけど家内の好きなドールをもう二つも持っとるんやから、今度はボクの好きなモンにしてもよろしいと思いませんか?・・」

    ご主人がよろしくても、奥様と、そして私も許すことはできない。
    とりあえずドールを引き取り、製作したドール工房に調べさせることにする。
    一般に、クリスタルガラスの中に封印してしまったドールを取り出して修復することはほぼ不可能だ。
    ただし、局所的に肌の色を調整する程度の修正ならレーザー加工で対応できる場合もある。
    それで手術の痕を消せるだろうか。
    こちらのお客様は、今までドールを2体もご購入いただいたお得意様だ。
    修正できない場合は、別のドールを提供してお詫びするしかないだろう。
    気が重くなった。

    5.
    お店の応接室。
    浦乃ちゃんが真新しいドールの箱を持ってきた。
    待っていたお客様のご夫婦の前で蓋を開け、中からアンバードールを取り出した。
    「ほぉっ」「まあっ」同時に上がる歓声。
    いつもの誇らしい瞬間、この商売をしていて良かったと思うときだ。

    球形に仕上げたクリスタルガラスの中で、水色のチア・コスチュームを着た少女がジャンプしていた。
    両手にポンポンを振りながら高くジャンプした瞬間を切りとった構図である。
    元気いっぱい、はじける笑顔。
    しなやかに伸びる手足と、セパレートのコスチュームの間にのぞくお腹がまぶしい。
    そこに置くだけで部屋の中が明るくなったように思わせるドールだった。

    チア・コスチュームのアンバードール

    「素晴らしい。昔の妻を思い出します」
    「私はこんなに可愛くなかったでしょう?」
    「そんなことはないさ。これ以上に可愛かったよ」
    このご夫婦は、結婚25年の記念にアンバードールを購入されたのだった。
    二人は昔、同じ大学の応援団とチアリーダーで知り合い、結婚されたという。
    このことから、記念のアンバードールには、お二人が最初に出会ったときの奥様と同じ18才の女の子を使い、さらに、当時のチアのユニフォームを着せて健康的で元気あふれるイメージにして欲しい、と指定されていたのである。

    アンバードールのカスタム品を製作する場合、よい材料、つまりイメージ通りの女の子を用意できるかどうかが、お客様のご満足の鍵となる。
    お申し込みを受けた直後に、条件に適う女の子の献体があれば理想だけど、現実にはそんなに都合よくいく筈がない。
    このため、カスタムドールは納品まで1年以上お待ちいただくことが珍しくない。
    どこのドールショップでも、常に献体情報のアンテナを張っている。
    いい女体の出物があれば、各ショップの営業担当が殺到して問題になることがあるくらいだ。

    このチアのドールも約8ヶ月かかってようやく完成した品である。
    材料には、指定された通り18才の女の子を使用した。
    実は私はその彼女が生きていたときに会っていた。
    アンバードール献体の説明会で出張講師をしたときに、受講生として参加していた女子大生。
    ミニスカートから伸びる素足がとても綺麗で、この子がドールになるなら絶対に足を出さないともったいないわね、と思ったことを覚えている。
    高校時代はチア部に所属していて、今はダンスが趣味だと話してくれた。。
    「・・夢はプロのダンサーになることです。同意書にサインしたのはちょっとしたイタズラかなぁ。別にそんな理由でもいいんですよね?」
    そう言って明るく笑っていた彼女。
    その彼女は、わずか一ヶ月後に交通事故で亡くなった。
    ダンススクールに通う途中の交差点で、転んだお年寄りを助けようとして自分がトラックにはねられたのである。
    私は連絡を受けて、驚きながらもすぐにご家族に献体を確認し、チア・コスチュームのドールへの加工を手配したのだった。

    ダンサーの夢は叶わず、わずか18年で人間の女の子としての生涯を閉じた彼女。
    でも私は確信している。
    アンバードールに生まれ変わった彼女は、これから何十年、何百年も、元気いっぱいのチアリーダーとして愛され続けるだろう。

    引渡しを無事に終えてから、ふと、以前来店した関口さんのことを思い出した。
    ガンを宣告されてアンバードールへの献体を希望した女性である。
    チアのアンバードールになった彼女と何が違うのだろうか。
    一方の彼女は素敵なドールになってお客様に喜ばれ、一方は年齢制限で適わず命尽きるのを待つ運命。
    この仕事を長くしていると、ときには人間として生きていたより、ドールになった後の方が幸せではないかと思う女性に出会うこともある。
    でもそれは決して口に出して言ってはならないことなのだ。

    6.
    工房から調査結果が届いた。
    やはりドールの手術の痕は消せない。お詫びに次回の製作を無償で行うと。
    仕方ない。
    私は代替のドールを探したが、ご主人の好みに合うお色気たっぷりのアンバードールは見つからなかった。
    セクシードールは登場して日が浅いから、持ち主が手放して市場に流通する可能性は低いだろう。
    どうやら新しいドールを作らせるしかなさそうだ。
    製作そのものはドール工房が無償でやってくれるとしても、素材の女体はこちらで確保しなければならない。
    私は大幅な出費を覚悟する。

    7.
    「お忙しいのにすみません、椿さん」
    病室に入ると、関口さんは笑って迎えてくれた。
    会いたいと連絡があって、私は彼女が入院している病院にやってきたのだった。
    彼女は個室に一人きりだった。身寄りは誰もいないという。
    ガンが進行して痩せ細っていたが、あの黒髪は美しいままだった。
    それどころか、彼女自身が以前よりずっと綺麗になっているように思えるのだった。

    「・・椿さんのお店のアリス、あの子を見せてもらえないでしょうか」
    真剣な表情で頼まれた。
    「死ぬ前に、もう一度、会いたいんです」
    私はその希望を聞いてあげることにした。

    8.
    『乙女椿』定休日。
    関口さんの車椅子を押してお店に入った。
    応接室のガラス棚にアリスが飾られている。
    100年以上も昔から琥珀の中に浮かぶ美少女。
    アリスと向かい合うようにして車椅子を止めた。
    「ゆっくり、好きなだけご覧になって下さいね」
    「ありがとうございます」
    関口さんは小さな声でお礼を言って、アリスを見上げた。
    「・・本当に綺麗」
    じっと見つめる。その目から涙が一筋こぼれた。

    静かに時間が過ぎる。
    私も関口さんも、何も言わなかった。
    どれくらい過ぎただろうか。

    「え?」
    関口さんが不思議そうな声を上げた。
    「あなた、お話しができるの?」
    そうしてにっこり笑った。
    「はい、こんにちわ。・・そうなの。わたし、もう長くないのよ」
    アリスに向って話し始めた。

    アンバードールは愛情を持って接すると、魂が宿って人間と会話できると言われている。
    その人にだけ、ドールの声が聞こえるのだという。
    「ありがとう。そう言ってくれるのはあなただけだわ」
    今、関口さんには、アリスはどんな女の子に見えているのだろうか。
    自分がなりたかったアンバードール。
    もしかしたら、彼女ももドールになったつもりで話しているのかもしれない。

    私はそのまま関口さんを残して部屋を出た。
    アリスと二人だけで過ごさせてあげようと思ったのだ。
    「・・うふふ。そう、あなたには好きな男の子がいたのね。私にもいたわよ、すいぶん昔のことだけど」
    彼女はとても楽しそうに話していた。

    しばらくして戻ると、関口さんは黙って目を閉じていた。
    床に大量に吐血していた。
    私は救急車を呼び、その夜、彼女は還らない人になった。

    9.
    霊安室で呆然としていると携帯電話が鳴った。
    「・・もしもし、椿はん? 修繕の具合はどないなりましたか」
    あの傷のあるドールのお客様だった。
    いけない。ご連絡するのを忘れてた。
    その瞬間、まるで天啓が下ったかのように私の中にイメージが浮かんだ。
    ほっそりとした和服のドール。つやつやとした黒髪が美しいドール。

    「残念ながら、傷は修正できませんでした。はい。誠に申し訳ありません。・・実は」
    私は携帯電話の相手に喋りだした。
    「奥様にお喜びいただけそうな美少女を入手できたのですが、これをドールにして納めさせていただくことで、お詫びにならないでしょうか? ・・はい、19才です。奥様お望みだった日本人形風のアンバードールに最適と存じます」
    お客様を騙すつもりではなかった。たとえ年齢を偽ったとしても、関口さんなら、きっとご満足いただけるドールになると確信してのお勧めだった。
    「よろしければ3D写真をお送りします。・・ただ、非公式に献体された素材なのでDNA証明がありません。ご不安でしたら所有権は当店のままとして永久貸付の形にもできます。はい。是非ご検討下さい」
    お客様の了解を得ると、私はすぐに遺体引取りの手続きとドール工房への搬送を手配した。

    ・・大丈夫、貴女をドールにしてあげる。永遠に綺麗なアンバードールに。
    私は心の中で関口さんに話しかけながら、段取りを進めたのだった。

    10.
    関口さんは紫陽花の柄の着物を纏った日本人形になった。
    痩せた身体は着物の下に隠れ、反対に自慢の黒髪がやわらかく広がる、清楚なアンバードールに仕上げることができた。
    お客様はドールをひと目見て気に入って下さった。
    特に奥様の喜びようは大変なもので、お部屋の一番よい場所に飾って下さったとのことだった。
    関口さんは、いいえ、今は別の名前で呼ばれる日本人形のアンバードールは、この先、長く飾られて愛されることだろう。

    私は、お店を持って以来とうとう非適法ドールを扱ったことになる。
    浦乃ちゃんにはずいぶん叱られてしまったけれど、悪いことをしたとは思っていない。
    たとえ法を犯したって、すべきことはある。それが一人の人間としての私の意見だ。

    11.
    アンバードール。女性を小さくしてクリスタルガラスに封印した永遠の美術品。
    人間が人間の女を人形にして飾る。
    究極の美しさと評され、多くの人を魅了して止まないアンバードールは、冷静に考えればとても不条理な存在だ。

    ある雑誌が女子中高生を対象に調査した結果によると、アンバードール同意書を出した、または出したいと思う女の子の3人に1人は、すぐにもドールになってよいと答えたという。
    この業界の関係者としては、喜ぶべき状況かもしれない。もし本当にそうなったら、女体の不足など簡単に解消するだろうから。

    しかし、はたして彼女達は理解しているのだろうか。
    アンバードールの不条理を。自分の身体を加工され、永遠の鑑賞物になることの意味を。
    私はどんな女の子にも、それぞれの人生を幸せにまっとうして欲しいと思う。
    その上で、ただの憧れや、ドMなどと称する軽薄なノリではなく、本当にドールを愛し、ドールを愛する人のために尽くしたいと考える女の子が献体してくれることを望んでいる。

    かく言う私自身、少女の頃は、人としての命を捨ててアンバードールになりたいと願っていた。
    幸か不幸か、その願いは叶わず、人間の女のまま四苦八苦しながら生きている。

    12.
    今日もアリスは応接室の棚で琥珀の中に浮かんでいる。
    彼女は『乙女椿』の宝物だ。
    「おはよう!」
    毎朝私はアリスに呼びかけているけれど、まだ返事をしてもらったことがない。
    すぐにお話しできた関口さんがちょっと羨ましかった。
    とても愛しているつもりなんだけどな。
    ・・仕方ないわね。
    これからもアリスに愛情を注ぎながら頑張っていこう。
    いつかは彼女が私にも挨拶してくれると信じて。



    ~登場人物紹介~
    椿 瑠衣子(つばきるいこ):43才。アンバードール専門店『乙女椿』社長。
    関口保奈美:26才。ガンの宣告を受けた女性。アンバードールになることを望んでいる。
    浦乃ちゃん:29才。乙女椿の従業員。

    アンバードールの第2話をお届けします。
    自分の趣味のままに描いたら、案外濃ゆいお話になりました。
    この甘じょっぱい空気。皆様についてきてもらえるかしらん^^.
    乙女椿と紫陽花について調べたら、どちらも匂いが控えめな花として知られているようです。
    本話に登場する二人の女性、椿さんと関口さんはどちらも強烈な色香を放つタイプではないので、似つかわしい気がします。

    この度の更新ではキョートサプライズ(KS)を掲載する予定で書いていましたが、ストーリーが膨らみすぎて整理がつかなくなりました。
    このため、アンバードールの方をアップすることにします。
    KSをお待ちだった皆様には大変申し訳ありませんが、もうしばらくお待ち下さい。

    ありがとうございました。




    アンバードール第1話(1/2)・メグと聖羅

    1.
    物心ついたときからアンバードールに憧れていた。
    クリスタルの中に浮ぶ身長2~30センチほどの美少女。
    3Dホログラムみたいに精巧で今にも動き出しそうだけど、虚構のものではなく現実の人形なのだ。
    私はアンバードールの絵本や写真集を眺めては溜息をついた。

    その透き通るような肌。つやつやした唇。さらさらの髪。
    彼女たちが纏う衣装も素敵だった
    お姫様のようにきらびやかなイブニングドレス。
    ふわっと広がるフリルいっぱいのスカートとパニエ。
    脚線美を強調するセクシーなタイトミニスカート。
    一体一体の雰囲気に合わせた衣装が着せられていて、ドール素体の美しさを引き立てていた。

    私は両親にアンバードールを買って欲しいと何度お願いしたことだろう。
    でも父様と母様はその度に必ず「子供が持つ物ではありません」と言って許してくれないのだった。
    確かにアンバードールはとても高価で貴重だった。
    どうしてかと言うと、それは本物の人間の女の子を小さく縮めてクリスタルの中に封印したものだからだ。
    生きていたときとそっくり同じ姿だから、とても精巧なのは当たり前だった。

    2.
    ドールを持つためには免許が必要だった。免許は16才以上にならないと取れない。
    「聖羅(せいら)が16になるまで、いい子でいたら持たせてあげる」
    そう言われたのは小学1年生のときだった。
    16才なんて、まだ10年も先じゃないの。
    あまりの未来で気が遠くなりそうだったけど、私はいい子になるように頑張った。
    学校の勉強も、水泳教室も頑張った。
    お部屋のお掃除だって、お手伝いさんにばかりまかせないで、自分でするように努めた。
    お本もたくさん読んだし、退屈なクラシックの音楽だって両親と一緒に聞いた。

    中学校に上がると、私は男の子からお手紙をもらうようになった。
    どうやら、私は学校の女の子の中でかなり可愛い方らしい。
    お手紙には友達になって下さいとか、付き合って下さいとか書いてあった。
    母様に見せると笑って「聖羅が綺麗だからよ。素敵な男の子がいたら家に連れてきなさいな」と言われた。
    私に興味があるのはアンバードールだけだった。
    男の子なんてどうでもよかったけれど、無視して苛められたりしたら嫌だから、お手紙にはどれも返事を書いて返した
    そのせいか男の子からの誘いは少しも減ることはなかった。
    中でも同じクラスの墨田くんからは直接告白されて、断りきれずに一度だけデートした。
    でも一緒に歩いていても何を話していいのか分からず、私は途中で墨田くんを置いて逃げ出してしまった。
    それから私は男の子と話すのがすっかり苦手になった。

    3.
    私は学年トップの成績で中学を卒業して、県下一番と言われる私立の進学女子高に進んだ。
    高校では私以外にもアンバードール好きな子がいて、友達がたくさんできた。
    クラブはもちろんアンバードール研究会。
    その研究会で1年生がまず目指すのが、ドール所有免許の取得だった。
    合格率は2割くらいらしいけれど、私は頑張って1回で合格するつもりだった。
    仲間たちとあれこれドールの話をしながら受験勉強をするのはとても楽しかった。

    ちょっと驚いたのは、お家の人にアンバードール購入を約束してもらっているのは自分だけだったこと。
    免許を取ったら、当然みんなドールを持つものと思っていたのに。
    「・・聖羅さんの家はお金持ちだからよ」友人の一人が言った。
    確かに、アンバードールは高価だった。高級自動車が何台も買えるくらいに。
    「あたしたちは、いつかドールを持てるようにお金を貯めるわ」
    「そうなの? じゃあ、私がドールを持てたら皆に見せてあげる!」私は調子にのって要らない約束をした。
    「ええ? 本当!」「じゃあ、見せてね!」
    本当は『ドールはむやみに人に見せたり自慢しないこと』とされていて、免許の教則本にもちゃんと書いてあったのに。

    1学期の間、16才の誕生日を迎えた仲間が二人受験してどちらも合格しなかった。
    私の誕生日は9月。
    次は私の番だ。絶対に合格するわよ!

    夏休みの前の日。
    研究会の部長が1年生部員を集めて『アンバードール同意書』という書類を配った。
    「これは強制ではありません。でもドールを愛する人なら、是非登録してほしいと思います」
    それは、もし自分が脳死状態などになったら、ドールとして身体を提供してもよい、という意志表明書だった。
    法律上、アンバードールの材料になるのは14才から19才までの女の子だけだ。
    今まで意識していなかったけれど、私はドールになれるんだ。
    「・・同意してくれる人は、夏休みの間に保護者のサインを、それから健康診断を受けてきて下さい」
    部長が説明していた。

    4.
    父様と母様は『アンバードール同意書』を見て驚いたようだった。
    「すぐにドールになりたいって意味じゃありません。万一、何かあって、そのときに私の身体が綺麗で残っていたら、ドールを愛する人たちのために献体したいってことなんです」
    私は一生懸命説明していた。
    「一時の気の迷いじゃありません。本当にアンバードールが好きだから、登録しておきたいの」
    両親はしばらく黙っていたが、やがて顔を見合わせて笑った。
    「これは仕方ないなぁ、母さん」
    「ええ。学校でも家でも本当にいい子にしてるから、これくらいは聞いてあげてもいいわね」
    私は両親のサインをもらえた。

    次の週、私は県の保健センターへ健康診断を受けに行った。
    優しそうな女医さんが検査をしてくれた。
    「・・健康上の問題はまったくありません。あなたなら、きっと素敵なアンバードールになれるわ」
    「ありがとうございます」
    「いいこと? ドールの価値は肌のツヤとハリで決まるのよ。日頃から睡眠を十分に、食事は栄養バランスを考えて。無理なダイエットなんて禁物だからね」
    「はいっ」
    私は元気に返事した。
    まるで私がすぐにでもドールになるみたいな言い方がちょっとおかしかった。

    『合格』の診断をもらうと、隣接するスタジオで写真を撮った。
    そこでは衣装を着替え、まるでモデルさんみたいにメイクをして本格的なポートレート写真を撮ってもらった。
    健康診断そのものよりも時間がかかった。
    この写真は、もし私がドールになることがあれば、その資料になるのだという。
    健康診断書とポートレート写真の有効期限は1年間だった。
    つまり、健康診断と写真撮影は毎年行わないと、同意書のサインも無効になってしまうということだ。

    夏休みの間は免許試験の勉強、そして学校の復習と予習をきっちりやった。
    将来、大学に行くための勉強も始めていた。
    もちろん、家事のお手伝いも。
    もうすぐドールを持てる。そう思うと何をするのも楽しかった。

    5.
    9月の終わり。
    「免許が取れたわよ!」
    私はアンバードール研究会の1年生で最初にドール保有免許を取得した。
    わぁ!!
    仲間たちが集まって祝福してくれる。
    「聖羅さん、いよいよドールを買うの?」
    「ええっ。もう胸が破裂しそうだわ!」

    父様がアンバードール販売店の人を家に呼んでくれた。
    お店に行って選ぶんじゃないのね?
    「とても貴重なものだからね。カタログから候補を選んで、それから店で準備してもらうんだ」
    「・・これは、年内にご提供可能なドールのカタログです。もしお気に召したものがなければ、次は12月にお選びいただくことになります」
    12月ですって? そんなに待てないわ。

    分厚いカタログには、女の子一人一人の全身写真とバストアップの写真が載っていた。
    どの子も、衣装もメイクもばっちり決めて、明るく笑っていた。
    ・・そうか。これ、健康診断のときに撮ったポートレート写真だ。
    みんな元気に生きていたときの姿。
    少しだけ胸の動悸が大きくなった。

    あたしは迷いに迷ったあげく、3人の女の子を選んだ。
    一人はショートヘアで、足が長くてスタイルのいい子。
    一人は大きな目で、さらさらロングヘアの、少し小柄な子。
    そしてもう一人は、ゆるいくせ毛で、眼鏡をかけた、ちょっと知的な雰囲気の子。
    カタログの写真には撮影時の年齢だけが載っていた。
    それ以外の個人情報は、一切公開されないのだという。
    「・・名前もないんですか?」
    「名前は、持ち主のあなたが自由につけて下さい」
    ええ? いいの!?
    私が選んだ子たちは、みんな16才だった。
    年齢を見て決めた訳ではないけれど、偶然同い年ばかりになって少し嬉しかった。

    6.
    私は両親と一緒に東京へ行った。
    大きなビルの一番上のフロアにそのお店はあった。
    シャンデリアの灯る豪華な応接室で、私は3体のアンバードールと対面した。
    アンバードールをこの目で直接見るのは初めてだった。
    いったい何と表現したらいいだろう。
    透明なクリスタルガラスのキューブの中にドールたちが浮んでいた。
    とても精緻で綺麗だった。

    ショートヘアの女の子は、テニスラケットを持って立っていた。
    ショートパンツを穿いた足には短ソックスとテニスシューズ。
    スコートじゃなくてショートパンツというのが、綺麗な足によく似合っていた。

    二人目の、目の大きな女の子は、白いキャミソールドレスを着ていた。
    黒髪だと思っていたロングヘアは濃い目の栗色で、そよ風にそよぐようにふわっと広がっていた。
    口元は優しく微笑んでいて、少し頬を赤らめているように見えるのがとても可愛らしい。

    そして、くせ毛の女の子は、ストレートパーマをかけたのか、ショートボブになっていた。
    チェックのブラウスと膝上丈のデニムのスカート。
    小さな眼鏡と左手に持った赤いノートもすごく精巧にできている。
    少し驚いたような顔で前を見ていた。

    私は白い手袋をはめて、一つ一つを持たせてもらった。
    クリスタルガラスのキューブはずっしりと重くて、きらきら輝いていた。
    三人とも私と同い年。
    今は微動だにしない姿でいるけれど、みんな何ヶ月か前まで普通の女の子だったんだ。
    どの子も魅力的だった。
    この中からたった一人に絞るなんて、どうしたらいいんだろう。

    1時間眺め続けても、私は決めることができなかった。
    両親もお店の人も、にこにこ笑っているだけで私に催促することはなかった。
    ついに私は言った。
    「どうしたら決められるんでしょうか」
    店の人が助けてくれた。
    「話しかけてみてはどうでしょう? 運命のドールならきっと答えてくれると言われてますよ」
    「話をするんですか?」
    「はい。声に出しても、出さなくても。お客様の想いを伝えて下さい」

    私はテニスラケットの子を手に持って話かけた。
    こんにちわ! あなた、スポーツが得意なの?
    私は運動は得意じゃないけど、あなたの好きなスポーツを教えてくれたら嬉しいな。

    ロングヘアの子を持って話かけた。
    ねえ、私と友達になってくれる?
    大きな目で何でも見通してくれるの?

    眼鏡の子を持って話しかけた。
    ねぇ、本が好きなの? 私も好きよ。
    あなたの好きなお話を教えてくれるかしら?

    しばらく話して、私は三体のうちの一つを指差して父様と母様に言った。
    「この子にします」
    それは長い髪が広がる、大きな目の子だった。

    メグ

    7.
    アンバードールがお部屋に来て、私の生活は一変した。
    私は彼女に『メグ』という名前をつけ、ベッド横のサイドテーブルに飾った。
    生活の中でメグは一番大事な存在になった。

    メグは私と話ができた。
    あのお店で話しかけたとき、メグだけが「お友達になりましょ」と応えてくれたのだった。
    クリスタルの中で彼女が生きているのか、それとも私の一人芝居なのか、そんなことは重要ではなかった。
    メグは私と会話ができる。それだけで十分だった。

    「おはよう!」毎朝声をかけると、メグも「おはよう。今日も元気そうね」と答えてくれた。
    学校から帰って一日の出来事を話すとメグは「よく頑張ったわね!」とか「それは失敗だったわね」とかコメントをくれた。
    ときには会話を止めて、じっとメグを見つめて過ごした。
    メグはいつも綺麗だった。
    彼女の美しさが永遠のものだと思うと、妬ましくすら思えた。
    見ているだけで我慢できなくなると、クリスタルのキューブを胸に抱いて一緒に寝た。
    手袋をしない手で直接触れたり、まして胸に抱いたりするのは、汚れやキズがつくからよくないのだけれど、私はそうしないではいられなかったのだ。

    メグは友人としてもいい子だった。
    たわいのない雑談にだって付き合ってくれた。
    好きな服の話、お菓子の話、男の子の話。
    中学生のときに申し込まれた交際を全部断ったと言うと「信じられないわ。私だったらお付き合いするのに」と言われた。
    「じゃあ、メグは生きてるときは男の子と付き合ったの?」
    「当たり前でしょ。私、こんな美少女だもん。えへへ」
    「そうか。そうだよねぇ。・・じゃあ、じゃあ、やったの?」
    「やったって、何を?」
    「そ、その、男の子と、キス、とか」
    「個人情報は秘密」
    「あーっ、いじわるぅ!」
    「ウソウソ。聖羅にだけ教えてあげる。私は最後までいったわ」
    「え、最後まで!?」
    「そう」
    「じゅーろくさいで、せ、せっくす」
    「えへん」
    「ど、どんな感じだったの?」
    「それはねぇ、痛いけど、とっても大切なものをもらった気持ち」
    「うわー!!」
    私は思わず、クリスタルを逆さに倒して、メグのスカートの中をのぞくのだった。
    メグは白いドレスの下にピンクのショーツを穿いている。
    ここに男の子のアレが・・?
    「こらぁ、どこを見てるのーっ。聖羅のえっち!」
    メグが叫んでいる。
    うふふ。キミは動けないんだから、私の思うがままになるんだよ。
    「仕方ないなぁ。・・いいわよ、聖羅なら好きなだけ見てくれて」

    8.
    ある日、母様に聞かれた。
    「お勉強はしてる?」
    「はい。やっています」
    「そう? ドールを買ったからといって、お勉強の手を抜いたら駄目よ」
    そういえば、この頃お勉強をサボりぎみだった。
    学校の復習、しなきゃ。
    机に向かって教科書とノートを開く。
    ぜんぜん熱が入らなかった。

    続き




    アンバードール第1話(2/2)・メグと聖羅

    9.
    「皆さん、くれぐれも手で直接触らないで、大事に扱って下さいね」
    「は~いっ」
    アンバードール研究会の仲間たちがお部屋に集まっていた。
    私はドールを買ったら見せてあげると約束していた。それを守るために呼んであげたのだ。
    同学年の子たちだけでなくて、先輩も何人かいた。
    「じゃあ、ご覧になって下さい」
    私は手袋をした手でメグを箱から出して見せた。
    「きゃあ~!!」「素敵!」「美少女~っ!!」
    一斉に歓声が上がった。
    皆がメグを囲んで喜んでいるのが、ちょっと誇らしかった。

    私は1枚のカードを出して見せた。
    「アンバードール所有証よ」
    それはメグと私のDNAを生体チップに埋め込んだプラスティックカードだった。
    つまり、このカードとDNA照合装置があれば、いつでも私がメグの正当な所有者だと証明できる。
    「いいなぁ」
    「登録番号を読んでくれる?」先輩が言った。
    「番号ですか? えっと、3920230・・・・の、R01」
    「本物ね!」
    「どういう意味ですか?」
    「クローンだったら『R』じゃなくて『C』になるの。つまりこのドールは正真正銘、オリジナルの女の子って意味よ」
    「うあぁ、すご~い!」
    私も知らなかった。
    そうか、クローンで作ったドールがあるのか。
    メグがオリジナルでよかった。

    がちゃん!
    落下音。
    「どうしたの!!」
    「ごめんなさい! 落としちゃった」
    床にメグのクリスタルが落下していた。
    「メグ!」
    私は走り寄って拾い上げた。
    割れてはいない。
    「メグ!」
    床に座り込んでクリスタルを抱きしめた。
    「メグ!」
    しばらくしてから私はきっと顔を上げて、周りを見回した。
    「大事に扱ってって言ったでしょ!!」
    「ご、ごめんなさいっ」
    「・・も、もう、帰って!!」
    皆はしゅんとなって、口々に謝りながら帰っていった。

    「ああっ、メグ!!」
    私はメグを抱きながら、ぼろぼろ泣いた。
    もう絶対に人には見せまいと思った。
    幸い、クリスタルガラスの表面にキズなどはついていなかった。
    「心配しないで、聖羅。私はこれ程度では壊れないわ」
    メグが言ってくれた。
    「ごめんね。もしメグに何かあったら、私、行きてられない」
    「いいの。聖羅がそう言ってくれて嬉しいわ。・・でももう、あの人たちとは仲良くしない方がいいかもしれないわね」
    「そうね」

    次の週、私はアンバードール研究会を辞めた。

    10.
    私はメグと一層親密になった。
    冬休み中、ほとんどお部屋でメグと過ごした。
    3学期になって、学校にメグを連れていけないのが残念だった。
    その代わり、授業中にメグの姿をノートに描いた。
    寝ても覚めてもメグのことを考えていた。

    学校の成績が下がり始めた。
    両親から、メグと過ごす時間を減らすように言われた。
    「はい」と返事したけれど、応えるつもりは全然なかった。

    11.
    「どうしてメグはアンバードールになったの?」
    「聖羅と同じよ。アンバードールが大好きだったから」
    「私はアンバードールを見るのは好きだけど、自分がなりたいとは思わないかも」
    「同意書にサインしたんでしょ?」
    「したけど、あれは義務みたいなものだと思って」
    「そうかしら? きっと聖羅だってドールになりたいって思うはずだわ」
    「そうかなぁ」
    「ほら、私を見て。・・私の顔を。手を、足を」

    私はメグを見た。
    身長20センチの美少女。
    ふわっと広がる髪。
    膨らんだ胸、しなやかな腰つき。細い腕。綺麗な足。
    手足の指の先には、一本一本丁寧に塗られたピンクのネール。
    「素敵でしょ?」
    うん、素敵。
    メグって女の子の憧れを全部持ってるんだね。

    アンバードールは人間の女の子をそのまま縮めたものだけど、どうしても小さくできない部分はあって、そういう箇所には人工のパーツが使われている。
    例えば、メグの大きな目。
    その眼球はガラス製だ。
    でも、瞳の中の瞳孔や虹彩、網膜のパターンまで、彼女が生きていたときとそっくりに再現された眼球だから、本物と同じなんだ。
    メグのきらきら光る目を見ていると、それだけで時間を忘れそうになる。

    「メグはどうして死んだの?」
    「忘れたわ。でも身体は綺麗に残ったからアンバードールになれたのよ」
    「そうね。身体に傷がついたらドールになれないもんね」
    「自分で死ぬときは注意するのよ、聖羅」
    「え?」
    「飛び降り自殺なんか絶対に駄目よ。身体がぐちゃぐちゃになるから。首吊りも首の周りに消えない痕が残るらしいわ」
    「メグ、何を言ってるの?」
    「あなたが自殺するなら、の話よ。深く考えないで」
    「そうなの? なら、いいけど」
    私たちは、自殺するとき、どんな方法なら綺麗に身体が残ってドールになれるか相談した。
    たぶん薬物系の自殺がいいだろうという結論になった。

    12.
    学年末試験はとうとう学年で200番にも入れなかった。
    1学期の期末試験では4番だったのに。
    担任の先生に呼び出されて帰ってきた父様と母様はとても怒っていた。
    そして私はメグを取り上げられた。

    13.
    私はお部屋で泣き明かした。
    いくら泣いても、メグは返してもらえなかった。
    食事も取らずに三日三晩泣いた後、私は意を決してお部屋を出た。

    真夜中だった。
    父様も母様も、お手伝いさんも、皆眠っているはず。
    廊下を歩いて2階の父様の書斎に入った。
    書斎の奥にある耐火金庫。きっとメグはこの中にいる。

    金庫の鍵は、父様のデスクの引き出しの中に見つかった。
    その鍵を金庫の錠に挿して回す。
    次はテンキー錠。
    番号はほんの3回試しただけで、開けることができた。
    父様、無用心すぎるわ。
    母様と初めてデートした日付を暗証番号に使うなんて。

    金庫の扉を開けると、そこにはメグの入った化粧箱があった。
    化粧箱の蓋を少し開けて中をのぞく。
    「メグ!」
    「聖羅、来てくれたのね」
    「一緒に行こうっ」
    私は箱を金庫から出して抱えた。

    その瞬間。家じゅうにベルの音が鳴り響いた。
    防犯装置!?
    私は廊下に飛び出した。階段を駆け降り、玄関で靴を履いて外に出た。
    庭を回り込んで裏の門から出る。
    振り返ると、家じゅうの窓に灯りが点いていた。
    私はそのまま街へ走り出した。

    14.
    無茶苦茶走って駅の裏の路地まで来た。
    薄暗い街灯の下には誰もいなかった。
    脇に抱えたメグの箱が重い。
    私はその場に座り込んだ。
    しばらく呼吸を整えないと動けそうにない。

    着ているのは部屋着だけ。
    メグを持ち出したらお部屋に戻るつもりだったから、家出の荷物もお金も持ってない。
    でも、もう家には帰れないんだ。
    帰ればまたメグを取り上げられる。

    やがて私はメグの箱を抱えて立ち上がった。
    しっかりしなきゃっ。自分を励ましながら歩き出した。
    そのとき、後ろからエンジンの音がした。ヘッドライトが眩しくて右手を目にかざした。
    !!
    「聖羅ちゃん? こんな時間にどうしたの?」
    中学でクラスメートだった墨田くんがバイクに跨っていた。
    私は何も言えなかった。
    両目にぼろぼろ涙があふれ出すのが分かった。
    メグの箱だけは取られまいと、両手に強く抱えて立ち尽くしていた。
    墨田くんはしばらく黙って私を見てから、バイクの後ろに掛けていたヘルメットを渡してくれた。
    「後ろに乗って」

    15.
    墨田くんはバイトの帰りだと教えてくれた。
    最初は私を家に送ろうとしたけれど、それだけは絶対にやめてと言うと、正反対の方角に走ってくれた。

    街から2時間以上も走って、山の中にやってきた。
    自動販売機のある場所で止まり、墨田くんは暖かいココアを買ってくれた。
    「寒くない?」
    「ありがとう・・」
    私はそれを少し飲んだ。
    飲んでいるうちに、また涙がこぼれてきて、私は墨田くんに抱きついてわんわん泣いた。
    彼は私に何も聞かなかった。

    やがて日が昇り、今いる場所が見えるようになった。
    そこは渓谷に沿った高い断崖の上で、小さな展望台のある駐車場だった。
    「お腹すいた?」
    「少し」
    「途中にコンビニがあったから、そこで何か買ってくる。清羅ちゃんはここで待ってて」
    墨田くんは私を展望台のベンチに座らせると、すぐにバイクで行ってしまった。

    ベンチに座ったまま周囲を見回した。
    早朝の展望台と駐車場には誰もいない。
    前の道路を通りすぎる車もほとんどない。

    「・・メグ。連れまわしてしまってごめんね」
    私は箱からメグを出して膝に置いた。
    「いいのよ。今の男の子、去年、聖羅に交際を申し込んだ人でしょ?」メグが言った。
    「分かった?」
    「どうしてあんなにいい子をふったの?」
    「だって」
    「仕方ないなぁ。彼が戻ってきたら、今日のお礼を言って、それから昔のことを謝るのよ」
    「うん」
    「・・そうねぇ」メグは楽しそうに続けた。
    「全部あげちゃえば? 聖羅」
    どきん!
    「えっ。あげるって?」
    「まずキスくらいは許してあげなさい。でないと、彼、可哀想だわ」
    「そ、そうかな。・・うん、そうだよね」
    「それから、彼が望めばだけど、触らせてあげるの」
    「触らせてあげるって、何を?」
    「決まってるでしょう? 聖羅のおっぱいよ」
    「えぇ!!」
    「後は成り行きかなぁ」
    「ちょ、ちょ。メグぅっ。そんな、私、心の準備が」
    「うふふ、大丈夫よ。みんなそうやって経験するんだから」
    頭の中に、隅田くんに胸を揉まれている自分の姿が浮んだ。
    あぁ、私・・。
    「駄目だよ~。冗談言ってぇ」
    「冗談じゃないわよ。女の子はね、男性に捧げた方が綺麗になるんだから」
    「本当?」
    「もちろんよ。ほら、私を見て。綺麗でしょ?」

    私は膝の上のメグを見つめる。
    こうして見つめるのは、何百回目だろうか。ううん、何千回目だろう?
    本当に、綺麗で、可愛くて。
    とっても柔らかそうで、抱き心地がよさそうで。
    メグは男の子に抱かれてこんなに綺麗になったんだろうか?
    なら、私も・・?

    16.
    「見つけたよ」
    後ろから声をかけられた。
    振り向くと父様がいた。その後ろには父様の会社の人も何人か。
    墨田くんは?
    慌てて見回したけど、墨田くんはまだ戻っていないようだった。

    「こんなところまでヒッチハイクでもして来たのか?」
    「と、父様こそ、どうして」
    「その箱には防犯用GPSがついてるんだ。苦労させられたぞ」
    父様は手に持つスマホの画面を示した。そこには地図らしい画面が映っていた。

    「家に帰ろう、聖羅」
    「いや!」
    メグを抱える両手にぎゅっと力が入った。
    と、そのメグを父様はやすやすと取り上げてしまった。
    ああっ!

    「聖羅のためと思ってアンバードールを買ったが、まだお前には早すぎたようだ」
    父様は展望台の柵に歩み寄ると、メグを持って振りかぶった。
    まさかっ。
    「やめて!!」
    大声で叫んだけれど、遅かった。

    父様はメグを崖の下に向かって投げてしまった。
    朝日を受けてクリスタルのキューブがきらきら輝きながら落ちていった。
    ガチャン!!
    激しく岩に当たる音。
    メグ!!!

    「これで諦めもつくだろう。・・さ、車に乗りなさい」
    「いやぁぁぁー!!」
    私は両脇を二人がかりで持たれて、展望台から駐車場まで引きずられた。
    停めてあった車に乗せられそうになる。
    無我夢中で暴れると、一瞬、私を押さえる力が緩んだ。
    私はするりと抜けて、走り出した。

    何も考えなかった。
    まっすぐ展望台まで走り、柵を乗り越えた。
    メグが落ちた崖をほんの1~2秒だけ見下ろし、そのまま空中に飛び出した。

    落ちながら、飛び降り自殺なんか絶対に駄目とメグに言われたことを思い出した。
    いけない。これじゃあ、私、アンバードールになれない。
    ごめんね、メグ。

    ・・・
    ・・・

    17.
    気がつくと、そこは透明な世界だった。
    明るい光に包まれていて眩しかった。
    「あぁ、これはよく似ていますね」父様の声がした。
    「本当、聖羅にそっくり」母様の声だった。
    「当り前ですよ。これはお嬢様そのものなんですから」
    この声は・・? そうだ、アンバードールのお店の人だ。

    どうやら私は固いクリスタルガラスの中にいるようだった。
    身体のどこも動かせなかった。
    手も足も、目も口も、指先までも、ぴくりとも動かせなかった。
    でも苦しいとは感じなかった。

    「・・では、これはお買い求めにならないのですね?」店員さんが聞いた。
    「はい。手元に置いても悲しいだけですから」
    「それよりは、娘のようにアンバードールを愛する人に持ってもらった方がいい」
    「分かりました。ではこの先、このドールがどのような方の元へ行くのか、法律により一切知ることはできません。よろしいですね?」
    「結構です」

    ああ、そうか。
    私はアンバードールになったのか。
    「そうよ。聖羅は私と同じになったの」
    「メグっ」
    隣にメグのクリスタルがあった。
    「無事だったの?!」
    「このクリスタルはとても丈夫なのよ。聖羅こそ無茶するんだから。あれで五体無事だったのは奇跡なんだから」
    「ごめん」
    「でもよかった。・・ドールになった聖羅、すごく可愛いわ」

    動けなくても、自分の姿が分かった。
    私は学校の制服を着ていた。
    両手を前に揃えて学校鞄を持ち、少し首をかしげて笑っているようだ。
    お気入りだったピンクのシュシュでセミロングの髪を束ねている。
    身長20センチに縮んだ私。
    うん。我ながら可愛いぞ。
    私、ずっとこの姿でいられるんだ。

    「そうよ。あなたも私も永遠に美しいままなの」メグが言った。
    「うん」
    「どう? 同意書にサインしたこと、後悔してる?」
    「ううん」私は笑った。
    「私、幸せよ」

    18.
    16~7才くらいの女の子が私を持って目を輝かせている。
    「あたし、この子がいいわ」
    ああ、あなたが私の持ち主になるのね。

    私はもう聖羅ではなかった。
    新しい名前は、この女の子がつけてくれるだろう。
    メグは、・・いえ、彼女もメグではなくなったはずだ、彼女にも新しい持ち主が決まったようだ。
    彼女に再び会うことは二度とないだろう。
    でも、もう私は平気だ。

    アンバードールになった私にはすっかり分かっていた。
    今、この身体に残る、聖羅という女の子の残滓はもうすぐ消えてしまうのだ。
    すっかり消えて真っ白になる。
    そして今度は、まったく別の感情が生まれるだろう。
    かつてメグと呼んだドールに宿ったキャラクターが聖羅という持ち主による想像の産物であったように、私にも持ち主の女の子が思い描く性格が宿るだろう。
    そうして何年か何十年か過ごして、持ち主が替ればまた変わる。
    それがアンバードールだ。
    永遠の姿を保つ、アンバードールの生き方なのだ。



    ~登場人物紹介~
    聖羅(せいら): 16才。本話主人公。アンバードール『メグ』の持ち主。
    メグ: アンバードール。人間だったときは16才。
    墨田: 聖羅の中学のときのクラスメートの男子。

    新しいシリーズを始めます。
    アンバードールとは、人間の女の子の身体をそのまま小さくして硬質クリスタルガラスに封印した人形です。
    いわゆるシュリンカーとか縮小娘とかのカテゴリーですね。ただし、生きてはいません。
    時代は現代ですが、アンバードールが社会的に受け入れられた別の世界です。
    この世界ではアンバードールは高級美術品・嗜好品としてとても人気があります。
    極めて高価なので、一般庶民が簡単に持てるものではありません。
    アンバードールを所有することはステータスの証であり、「私だっていつかアンバードールを持ちたい」という憧れの対象でもあります。

    アンバードールの素材となるのは、公式には、本話のように、事故や病気などで命を失った少女たちからの献体です。
    人体を縮小する方法は、魔法ではなく技術的工業的なものです。
    ドールになって永遠の美しさを得たいと願っている女の子はたくさんいます。
    また、止むを得ず命を失うなら、アンバードールになれることが祝福される社会でもあります。
    クリスタルガラスで封印しているのに、どうしてアンバー(Amber:琥珀)と呼ぶのか、それは今後のお話の中で。

    このシリーズは、いろいろな登場人物による一話完結の形式で進めます。
    今までのお話とは違って、直接的な緊縛や拘束の描写はできるだけ出さないようにするつもりです。
    耽美モノというのかな?
    まあ、開始時に抱いていた作品のイメージが途中で全然変わってしまうことは始終なので、あまりぎちぎちに考えず、キーボードを叩く指のおもむくまま、楽しみながら書いて行くことにしましょう。

    ありがとうございました。




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    Author:82475
    女性の拘束に関わる小説/SSと
    落書きを書いてます。

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